Monday, December 31, 2007

2007年最後の数時間

 早いもので、あっという間に今年最後の日になってしまった。年越しを数時間後に控え、年賀状(年賀メール)も書いていない。友人宅での今夜の年越しパーティに持っていくサラダだけはなんとか作ったものの、お正月料理の準備など、当然していない。(明日の朝はいつもどおり、パンと紅茶である。)部屋はいつも通り散らかっているし、たまった書類仕事は、大掃除の予定と一緒にこのまま年越しである。なんていったって、5時まで普段通りに仕事をしていたのだから。

 気がついたら、最後にブログを更新したのは2ヶ月半も前だった。こんなに長いこと放っておくつもりはなかったのだが、9月から立て続けに新しい仕事が始まったり、本業以外の仕事に時間がとられてしまい、なかなかブログまで辿り着けなかった。

 9月から、本来の精神科リハビリテーションの業務以外に、2つの異なるクリニックを週に1セッションずつ始めた。どちらも以前から準備していたのだが、偶然に、同じ時期に始めることになった。

 10月と11月は、たまたま、論文の投稿や再投稿のための準備が重なった。研究費の申請などというおまけまでついてきた。

 12月からは、青天の霹靂で、これまでの仕事に加えて、週に2セッション、Assertive Outreach Service(AOS)の仕事がまわってきた。(このサービスについては、稿を改めて書きます。)ついでに、ひどい風邪もひいた。

 新しいことを始めるのは決して嫌いではないが、始める前や始めてすぐの頃につきまとう不安感は嫌いである。慣れるまでの間、精神的疲労が普段の2倍、3倍になるのは、さらに重荷である。そんな調子だったので、毎日仕事が終わる頃には、ものを書くためのエネルギーはどこにも残っていないという状態になってしまった。

 不思議なもので、いったん間隔があいてしまうと、書こうかなと思っても、そこから実際に書き始めるまでの閾値がやたらに高くなってしまった。次の週末こそと思っても、週末になるとついつい他のことに目が向いてしまう。(こんな状況なのに、ジムに通い出したり、タンゴを始めたりしたのだから、しょうもないといえばそのとおりなのだが。)

 年も変わることだし、やっぱり締めだけはしておこうかと、ようやくコンピュータの前に座っているのである。

 この1年間、読んでいただき、どうもありがとうございました。こうして書いていく上で、私自身の知識が増え、理解が深まっていくのは、楽しいことです。また、このブログを通じて知り合った方達と直接あるいはメールを通じて交流できたことも、素晴らしい経験でした。来年もまた、細々とながら、書き続けていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

Monday, October 15, 2007

Dr Crippen is back!

 Dr Crippenが、約2ヶ月半の充電期間を終えて、「NHS Blog Doctor」を再開した。

 Dr John Crippenは、NHSで働く上級家庭医で、イギリスで一番有名な医療系ブログである「NHS Blog Doctor」を書いている。

 毎日更新される(時には1日に2回以上)通常記事の内容は、NHSや医学教育など、医療全般にわたる。政府の医療政策に批判的で(批判的でない医師はあまりいないのだが)、政治家や政府の方針に従う高名な医師たちに対し、舌鋒鋭く、容赦のない意見を展開する。

 MMC/MTAS騒動の際に、MTASのセキュリティ・ホールに関する情報を最初にキャッチし、Channel 4に情報提供したのは、Dr Crippenであった。

 時に、医師以外の特定の職種(Nurse Practitioners/Nurse ConsultantsやMidwives)に対する過激な批判や意見表明をするため、 特に看護師や助産師の中には、アンチDr Crippenも少なからずいる。

 週に1度更新される「Dr Cippen’s Diary」は、彼の家庭医としての日々のスケッチで、通常記事とはまったく異なる趣の日記である。

 毎週末に掲載されるThe BritMedsは、その週にインターネットに書き込まれた医療に関する記事(主にブログの記事)を紹介している。医療に関してどんなことが関心を持たれているのかがよくわかる、ユニークな企画である。また、ここからおもしろそうなブログを探すことができて、有益でもある。選択の基準は、医療に関係していることだけなので、紹介されるブログの筆者は、医師にかぎらず、他の職種の医療関係者から非医療関係者まで、いろいろである。Dr Crippen自身に関する批判記事もきちんと取りあげているのが、潔い。

 過去の記事があまり親切に分類されていないため、参照しづらく、初めは彼が何を書いているのか、まったくわからなかった。それでも、しばらく我慢して読み続けていたら、Dr Crippen’s Worldがだんだんに理解できるようになった。このブログのおかげで、私のイギリスの医療に関する知識や洞察は、深まった。いつもDr Crippenの主張に共感できるわけではないが、眉をひそめたくなるような記事であっても、私なりに考えていく上での材料になり、それはそれで興味深い。

 充電期間を経たDr Crippenが、これからブログをどのように展開していくのか、楽しみである。

Sunday, September 23, 2007

休暇最後の日

 2週間の休暇も今日が最後である。明日からのことを考えて、朝からなんとなく落ち着かない。

 こちらのコンサルタントは、1年目は、年間32日の有給休暇(5年勤続すると少し増える)と、3年間で30日の研究休暇がある。年平均で8週間になる。私の職場では、有休は最大5日までしか翌年に持ち越しできないので、年間、最低でも27日(5週間ちょっと)の休暇があることになる。日本の「常識」から考えると想像もつかないのであるが、休暇があるということは、当然、全部使い切るということを意味する。

 休暇の前は、「Have a lovely holiday!」と言って、笑顔で送り出してもらえる。休暇と大事な会議が重なっても、「休暇中だから悪いけど出られない」と言うだけでおしまいである。休暇を取るのは当然の権利なので、誰も文句を言ったりしない。(そのかわり、参加者全員の予定を合わせるのがものすごく大変になったりする。)

 職業倫理や習慣の違いと言ってしまえばそれまでだが、他の習慣同様、日本式が抜けきれないと、休暇をとるのも簡単ではない。去年は、休暇なんてなければいいと思うほど、休暇を取るのに苦労した。私は新米コンサルタント、チームは立ち上がったばかりということもあり、すべてが気掛かりで、なかなか休む気になれなかった。

 おまけに、実際休暇の日程を考え始めると、6週間も休むのはなかなか大変なのだ。会議はともかく、学会や研修会などの予定が入っていると、そこは休みを入れたくない。留守中、カバーをしてくれるコンサルタントの都合にも合わせなければならない。コンサルタントは、たいてい2人1組となり、お互いに研究日や休暇中のカバーをし合っている。2人のうちどちらかが残らなければいけないわけで、それが1人6週間ずつとなると、調整するのも簡単ではない。

 結局、去年は、初めて休みを取ったのが8月。その後もじたばたした挙げ句、3月の最後になって、駆け込みで休暇を使って、ようやく6週間の休暇をとった。(前年から5日持ち越していたので、また5日持ち越しになっている。)

 昨年度のappraisalでは、なかなか休暇を取れないとぽろっとこぼした。するとappraiserに、休暇をとらないならそれでもいいが、権利なんだからきっちり休むべきである、従業員に休暇をとらせないとトラストが訴えられてもおかしくないほどの、当然の権利なのだ、というようなことを言われた。そう、休暇は、イギリスでは労働者の権利なのである。(日本でも、法律上はそうなのだろうけれど・・・。)

 実際には、私が職場にいてもいなくても、世の中は同じようにまわっている。私が休暇でいなくても、大勢にはあまり影響ない。もし、コンサルタントが必要なことがあれば、同僚のMが呼ばれて、きちんと対応してくれるはずである。彼がいない時に、私が呼ばれるように。

 去年の秋、休暇から戻ってみて、留守中にまったく問題がなかったことを聞いて、ほっとしたと同時に、やや、寂しくなった。自分がいなくても誰も困らないというのは、気兼ねなく休む口実になるいっぽうで、エゴを傷つけるものなのだ。

 明日のメインの仕事は、たまったメールのチェックと、留守中に起こったことを把握すること。最悪の場合は、トラブル・シューティングに時間を取られるかもしれない。

 休暇を遠慮なく取れるのは嬉しいことだが、休暇最後の日の落ち着かない気分と、休暇明けの片付け作業だけは、いつになっても苦手である。

Saturday, September 22, 2007

ロンドン育ち

 ニースにいる間、髪の毛がバサバサになってしまった。毎日使っているシャンプーとコンディショナーをわざわざ持っていったのにもかかわらず、である。それが、ロンドンにもどり最初のシャワーを浴びるなり、もと通りに落ち着いたので、ほっとした反面、いささか複雑な気分になった。私の髪はすっかりロンドンの水になじんで、ロンドンっ子になってしまったらしい。

 髪と肌の状態は、その土地の水によって、すぐに変わる。ロンドンに来たばかりの年は、髪はバサバサ、肌はカサカサと、大変なことになった。日本でも使ったことのあるメーカーの製品を買ってみたのだが、乾燥はひどくなるばかり。いくつか違う製品を使ってみて、半年近くたってようやく体に合うものを見つけたと思ったのも束の間、冬になったらまた悪化して、顔が乾燥して白い粉を吹く始末であった。結局、髪と肌が落ち着いて、とりあえず満足できる製品に出会うまで、約1年かかった。

 それから7年あまり。いろいろな製品に浮気をした挙げ句、オイル分がやや多めの敏感肌・いたんだ髪用の製品に落ち着いた。今回のニースは例外で、ヨーロッパを旅行しても、あまり困ることはなかったように思う。

 ロンドンっ子になりきってしまった私の髪や肌も、日本に戻ると、日本製のシャンプーや洗顔料を使って1回か2回、日本の水で洗うだけで、つるつる、さらさらの状態に戻る。いくら工夫してみても、ロンドンでは(というよりも、日本の外では)この状態はとうてい望めない。

 日本で2年ほど過ごしたことのあるイギリス人の知り合いは、反対に、日本にいる間は、髪の毛が頭にぺったり張りつくようになって困ったと言っていた。

 ロンドン育ちとはいえ、私の髪はやっぱり日本生まれなのである。

Friday, September 14, 2007

バカンス

 少し遅めの夏休みをとって、南仏のニースに行ってきた。

 私は、旅行すると、忙しくあちこち見て回ってしまい、休暇中にさらに疲れてしまうという悪い癖がある。そこで今回は、「何もしない休暇」をテーマに、とにかくだらだらしてリラックスすることに挑戦することにした。ニースは5年前に一度行ったことがあるので多少の土地勘もあり、あまり見るものもなく、天気がよくて食べ物もおいしく、みんながだらだらしているので、うってつけである。

 結果は、100%何もしなかったわけではなかったが、私にしてはまずまず及第点のだらだら度であった。

 珍しくておいしかったのは、ズッキーニの花の天ぷら。マーケットでは、花のついたままのズッキーニ(Courgette Trompette、トランペット種というらしい)が、あちこちのストールで売られていた。黄色がとても華やかできれいだった。

 また、どこにでもローカル・ルールというのは存在するものだが、ニースのお約束をふたつ発見した。ワインはロゼ。食事のスターター(イタリアンのオリーブのようなもの)は、丸ごとのトマト。そこそこいいレストランに行くと、あらかじめ、テーブルにトマトがどんと置いてある。プチトマトだったり、普通の大きなトマトだったり。オーダーをすませると、食事はこのトマトから始まるのだ。

Sunday, September 02, 2007

麻酔科医賛歌

 Amateur Transplantsが、6月のライブのDVDを発売した。

 Amateur Transplantsは、2人の研修医(Dr Adam Kay & Dr Suman Biswas)からなるグループ。2005年に「Fitness to Practice」というアルバムを発表している。その中のLondon Undergroundという作品は、当時頻繁に行われていたロンドンの地下鉄のストライキを皮肉った歌で、ネット上で評判になった。

 これは、Anaesthetists Hymnという歌。(Dr Biswasは麻酔科医である。)

 ライブの一部はYouTubeで見ることができる。受け取り方によってはものすごく不適切な歌詞が多いので、ダークなユーモアの好きな方だけにお薦め。

 私は、彼らがいつか「Psychiatrists Hymn」を歌ってくれるよう、心密かに祈っている。

Saturday, September 01, 2007

義務を忘れたジャーナリストたち

 完全に乗り遅れてしまったが、遅まきながら私も、産経新聞社に8月31日付けの社説「妊婦たらい回し また義務忘れた医師たち」に関して、新聞社に抗議メールを送った。まったくひねりも何もないストレートな抗議文しか書けないのはお恥ずかしいかぎりだが、抗議の声はひとつでも多いほうがいいでしょうということで、お許しいただきたい。

 あちこちのブログのコメント欄を見るかぎり、かなりの数の抗議メールが届いているはずだが、それらが日の目を見る可能性はあるのだろうか。紙の媒体に投書をした方はいらっしゃるのだろうか。

 以前「対話するマスコミ1」という記事に書いたが、イギリスの新聞は、Web版に直接コメントを書き込める。新聞社に批判的なコメントでも、新聞社側に握りつぶされることなく、一般の読者の目に触れることになる。初めはWeb版だけの小さな記事であっても、読者からの反応が多くなると、Web版での見出しが上になったり 、紙媒体、あるいは日曜版に掲載されたりする。

 日本の新聞報道のように、新聞社側が一方的な記事の垂れ流しを続け、記事の内容に検証を迫る方法が脆弱な状況が、いつまでも放置されていいはずがない。

 以下、私の抗議メールを載せておく。

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産経新聞社論説委員室御中

 貴社の8月31日付けの主張「妊婦たらい回し また義務忘れた医師たち」を拝読し、その内容に強く疑問を感じました。

 「義務忘れた医師」とありますが、貴社は、救急隊から問い合わせのあった病院が、患者を受け入れなかったことを指して、医師が義務を果たさなかったと指弾されているのでしょうか。報道によれば、患者を受け入れられなかった9病院は、当直医が患者の処置中であったり満床であるといった、受け入れられる体制が整えられないことを理由に挙げています。治療環境が不十分であっても、とりあえず患者を受け入れるべきだったというのであれば、病棟・救急で働いていた医師たちに対して、無責任きわまりない、間違った非難です。医師個人または病院のキャパシティを超えてまで患者を引き受けることこそ、医師の義務を果たさないことになります。

 また、「たらい回し」という言葉の使い方も、不適切です。たらい回しというのは、みずからの責任を果たすことなく、他に仕事を押し付けるという意味だと思います。病院が、正当な理由をもとに患者を受け入れないと返答することは、たらい回しにはあたりません。日本語を使うプロであるジャーナリストが「たらい回し」の意味を誤って使ったとすれば、嘆かわしいことです。意味を十分理解した上であえて使ったとすれば、事実誤認をしたか、あるいは、あえて事実を歪曲して伝えようとしているのかと、考えざるを得ません。

 論説中にもあるように、今回の一件は、日本の医療、とくに産科・小児科をめぐる医療環境に「抜本的対策」が必要であることを示すひとつの例です。そのために一番必要とされているのは、周産期医療のネットワークの整備、医師不足対策などといった、行政の責任ある行動です。また、国民ひとりひとりが、医療制度を適切に利用するよう心がけることも必要です。個々の事例によっては、医師の責任が問われることも出てくるでしょう。しかし、今回の件に関しては、行政側・利用者側の責任についての問題点はあげられるものの、医師の責任・義務が疑問視されるような事情はまったく見られないと思われます。全体像をきちんと描写することなく、不幸な一例を即座に医師の責任に結びつけるという論説は、「社説」として世に出すには、お粗末だと言わざるを得ません。

 この一件は、第一報とその後の報道との間に、何度も事実関係が訂正されたようです。「たらい回し」をしたと報道された病院のひとつである奈良県立医大病院が、当日の産婦人科の当直日誌を公開するなど、初期報道に反応して、新たな事実も出てきています。貴社がそれらの事実を再検証された上で、論説の内容について再度吟味され、訂正されるよう望みます。それが、公器である新聞社、その顔である社説を担当する論説委員の義務であろうと考えます。

Monday, August 27, 2007

夏の終わりのフロスト

 この週末は、月曜日がバンクホリデーのため、3連休だった。

 日本やヨーロッパ大陸の猛暑をよそに、イギリスでは冷夏であった。(夏と呼ぶのもおこがましいほど寒かった。)記録的な量の雨が降った7月が過ぎ、8月の頭にようやく晴れた日が続くようになったものの、それも2週間ともたず、どんよりとした曇りか雨模様の毎日に逆戻りした。ところが、連休を前に、突然天気が回復した。おかげで3日間、おそらく今年最後になる晴天を楽しみながら、読書三昧の贅沢な週末を過ごした。

 読んでいたのは、Rodney D Wingfieldのフロスト警部シリーズの第4作Hard Frost。イギリスの田舎町Dentonの警察署を舞台に、フロスト警部が、次々におこる難事件・珍事件を解決していくお話である。フロストは、いつもよれよれのレインコートを来て、えび茶色の襟巻きをした、中年の警部。いくつもの事件の捜査が同時進行していくなか、フロストは論理よりも勘に頼りながら捜査をしていく。勘が外れて大失敗したり、事件解決のためにルールをちょっとねじ曲げたりしながらも、泥縄式に、全部の事件が最後には解決してしまう。下品なスケベおやじで、悲惨な殺人事件の捜査中に、不謹慎な笑えないジョークを飛ばし、1人で大笑いする。自分の保身にしか興味のない嫌味なマレット署長に、たびたび小言を言われながらも、表でも裏でも署長を茶化したりこきおろしたりする。反面、弱い立場にある人にはお目こぼしをしたりして、憎めないキャラクターである。

 Wingfieldは、もともとラジオ作家であった。小説家としては寡作で、長編は、第1作のFrost at Christmas(クリスマスのフロスト)が1984年にカナダで出版されて以来(イギリスでの出版は1989年)、A Touch of Frost(フロスト日和)(1990)、Night Frost(夜のフロスト)(1992)、Hard Frost(1995)、Winter Frost(1999)と、5作しか発表していない。そのうち3冊が邦訳されている。いずれも、秋・冬のDentonを舞台としたフロスト警部ものである。

 私は犯罪小説・ミステリーと呼ばれるカテゴリーの本が大好きで、お気に入りの作家の新作は、ペーパーバックが出るとすぐに読んでいる。フロスト警部シリーズはお気に入りのひとつなのだが、なぜか、邦訳された3冊しか読んでいなかった。日本で読み始めた英米のシリーズ物はほとんどすべて、原書に切り替えて読み続けているので、なぜこれだけ漏れてしまったのか、謎である。最新作が発表されたのが私が渡英する前だったからなのかもしれない。

 ともあれ、フロスト警部との再会したのは、South Bankを散歩中に、National Film Theatre前の古本市。冷やかしのつもりで眺めていたら、Winter Frostが私を呼んでいたのである。かくして、順序は逆になったが、4・5作目を無事に読み終えた。

 前の3冊は翻訳だったし、ずいぶん前に読んだので、単純に比較はできないが、以前よりも2倍も3倍も楽しめた。ストーリーのおもしろさに加えて、私自身がイギリスに住んでいることで、フロスト警部をはじめとする、さまざまなランクの警察官たちのキャラクターや行動が、よりリアルなものと感じられたからであろう。マレット署長が、署員の残業代等のコストを気にするくだりなど、NHSでの経費削減が思い出されて、爆笑した。フロスト警部の下品なジョークも、英語で読むと、その毒がひときわ輝く。

 作者のWingfieldは、残念なことに、今年の7月31日に79歳で亡くなった。2002年に前立腺がんと診断されたのと同じ頃より、シリーズ第6作にあたるKilling Frostを書き始めたのだという。新作は来年の4月に出版予定である。今から待ち遠しい。

Saturday, August 11, 2007

SLaMと私のD-Day

 さて、8月1日のD-Dayから10日がたった。MTAS/MMC関連の話はまったく聞こえてこなくなり、肩すかしを食ったような気分である。各NHS Trustの事前の準備がよかったせいなのか、それとも、嵐の前の静けさか。

 SLaMでももちろん、contingency planを整えた。SLaM全体に割り当てられた研修医のうち、約3分の1が、これまでにSLaMで仕事をしたことがある(つまり、システムについての知識がある)研修医だった。そこでまず、これらの研修医たちを、4つの区に偏りがないように配分し、残りのポストを、SLaMでの経験がまったくない研修医(および、精神科の経験がまったくない研修医)に、やはり、4つの区でバランスがとれるように割り振った。10前後のポストがまだ埋まっていないのだが、これらは、7月末までSLaMで研修して、ラウンド1でポストがとれなかった研修医たちに、3ヶ月間のlocumポストとしてまわされた。

 ランベス区SLaMでは、30人の研修医(3人のlocumを含む)のうち、12人がSLaMでの経験があった。10人は、精神科の経験がない。残りは、何らかの経験はあるが、少なくともSLaMのシステムを知らない研修医たちであった。

 一番の問題は、時間外の当直業務である。昨年までは、研修医のローテートして間もない時期は、SLaMでの経験があり、年次が上の研修医を優先的に当直に組み込んでいた。しかし、今回は、なにせ数が数なので、経験の有無を考慮して宿直表を組むなどという悠長なことはできなかった。

 そこで、臨床部長のJは、SLaMや精神科での経験をまったく無視して当直表を組み、オン・コールのコンサルタントが、普段よりも積極的に研修医をサポートするという方法をとることにした。(積極的にといっても、とりあえずextended daysと夜勤帯の開始時に当直医に電話を入れて様子を確認し、いつでも電話するように念を押し、電話が来たら即座に顔を出す程度であるが。)

 また、contingency planとして、臨床部長Jはもともと、8月1日の夜は、みずから病院に泊まり、万が一に備える予定を立てていた。ところが、8月1日の宿直にあたった研修医は、ロンドンから遠く離れた地域から移ってくる人で、7月最後の週末になってもまだ、ロンドンで住むところが決まっておらず、途方に暮れていた。そこで、Jは8月1日には、病院に泊まるだけでなく、研修医のかわりに宿直業務も引き受けることになった。

 そして、8月1日が来た。研修医たちは全員、無事に、8月1日に顔を出したらしい。新しい研修医たちはinduction(勤務開始にあたっての説明会)のために丸一日缶詰で、病棟からも地域のチームからも、研修医が一斉に消えた。かわりに、後期研修医とコンサルタントたちが、普段なら中期研修医のする仕事をした。どの研修医がどのチームに行くのかは、8月2日まで明らかにならず、コンサルタントたちはやきもきさせられたが、とりあえず、サービスはきちんとまわっていた。

 Jは、宿直に備え、ILS(Immediate Life Support)の1日研修も受けたので、不安もなく(!)、十数年ぶりの宿直をそれなりに楽しんだらしい。

 オン・コールのコンサルタントはどうだったかというと、先週のオン・コールだったRは、7月中に一度電話を受けたが、新しい研修医たちが来てからは、コールはなかったという。

 そして、今週のオン・コールは私である!精神科の経験のない研修医があたっているときだけ、勤務時間の初め頃に電話を入れて、いつでも遠慮なくコールしてね、と念を押したのだが、これまでのところ、一度もコールがない。

 静かなのはいいことだが、これだけ静かだと、少し気味が悪くなってくる。きちんと準備して、緊張しているうちは大丈夫ということだろうか。

 それにしても、精神科の宿直が初めてだという研修医が、「初めてなので不安ですけど、『Maudsley Prescribing Guideline』を持っていますから、なんとかやってみます」などと、多少不安げな声で言うのを聞いていて、殊勝だなあと思ったり(仕事なんだから当然なのだが)、自分が初めて当直した時の緊張を思い出したりして、ほんわかした気分になった。まあ、呼ばれていないから、優しい気分でいられるだけなのだろうが。

Friday, August 03, 2007

そしてD-Day

 ついに、8月1日のD-Dayがやってきた。15,000人の研修医たちが一斉に新しいポストに移る日である。(これまでの経過はこちら、またはMMC/MTASラベルからをどうぞ。)

 Telegraph紙がD-Dayを前に、RemedyUKと共同で、全国のNHS Trustsを対象に調査をした。100を超えるNHS Trustsから回答があったという。ほとんどすべてのトラストが、研修医の一斉異動による影響に備え、contingency planを用意したという。また、4分の3のトラストで外来(の一部)を、90%のトラストで(緊急でない)手術の一部をキャンセルした。混乱を避けるため、コンサルタントの夏期休暇を一部制限したトラストもあるという。

 BMAも、これまでに明らかになった問題点をリストアップしている。

 Deanery単位で、8割強のポストの合格者名が全部出そろったのが6月下旬。それから、Deanery内の研修ローテーションごとに研修医が割り振られ、さらにトラスト・病院ごとの最終的な割り振りが決まったのが7月半ば過ぎだった。これと並行して、空いているポストのための第2ラウンドの募集・選考が超特急でおこなわれ、1,000以上のポストが7月の後半の3週間の間に決まったらしい。滑り込みでなんとか90%を超える研修ポストが埋まったようだが、D-Dayを直前にしても、どの病院で研修するのか知らされていない研修医が多数いたという。

 暗闇の中にずっと置かれていたのは、コンサルタントたちも同じである。8月から研修医が本当に来るのか、来るとしたらどのレベルの研修医が来るのか、ほとんど情報が来ない。これはとくに外科系では大問題で、割り当てられる研修医たちの研修歴や技能のレベルをまったく知らされていない状況で、手術の予定を立てろというのが無理というものである。外来や手術のキャンセルは、そのためである。

 お粗末な話はまだ続く。NHSに勤務するすべての医師は、勤務開始の前に、CRB(Criminal Records Bureau)のEnhanced levelのチェック(犯罪歴のチェック)をクリアすることが義務づけられている。ところが、TimesOnlineによると、選考結果が出たのが6月の終わりだったため、時間的にCRBチェックが間に合わず、一部の研修医は、CRBチェックなしで仕事を始めることになりそうだという。その多くが外国人医師である。

 7月に起きた、ロンドン・スコットランドでのテロ・テロ未遂事件に絡んで、ブラウン首相が外国人医師へのチェックを厳しくすると宣言したのは、つい最近のことである。その記憶も新しいなか、CRBチェックが間に合わないが、人手不足のため、CRBチェックを待っている余裕はないから、チェックなしで仕事をさせる、などという現場の状況が報道されてしまっては、首相の面目丸つぶれである。(もっとも、事件に関連して逮捕された人たちの中には、すでにCRBチェックを経てからNHSで仕事をしていた医師もいたので、CRBチェックの有効性そのものが疑わしいのであるが。)

 こんな状況で、8月1日がやって来て、静かに過ぎていった。いまのところ、D-Dayに関連した大きなニュースは聞こえてこない。あらかじめサービスを縮小したのが奏効したのだろうか。

Tuesday, July 31, 2007

医師賠償責任保険

 mariko先生から、医師の賠償保険についての質問をいただいた。ちょうど、日英の賠償保険の相違について興味があり、日本の賠償保険に調べていたところだった。私の加入している賠償保険(のようなもの)を例に、英国での事情を簡単にまとめてみる。

 NHSで働いている医師は、NHSでの診療行為に関する医療過誤(clinical negligence)に関しては、NHSの賠償責任保険により、すべてカバーされることになっている。しかし、NHSでの業務に関することであっても、下記のようなことは、NHSの賠償責任保険ではカバーされない。

  • Coroners' inquest(検死陪審)
  • Advice on complaints(患者等からの苦情に対する対処)
  • Good Samaritan acts(善意による救急医療行為)
  • GMC proceedings(GMCの懲罰・資質判定等の対象となった場合)
  • Criminal matters arising from medical practice(医療行為により刑事罰を問われた場合)
  • Insurance and other medical reports(保険請求などのためのレポート作成業務)
  • Ombudsman and public inquiries(第三者・公的機関による調査)
  • Ethical matters(倫理問題)
  • Press and medica enquiries(メディアからの問い合わせ)
 当然であるが、NHS以外でのプライベート診療や、medico-legal matters(裁判で専門家証人として鑑定レポートを提出したり出廷すること等)に関しては、NHSの賠償責任保険ではカバーされない。

 これらをカバーするため、医師は個人で賠償責任保険に加入する必要がある。

 私のまわりでは、Medical Defence Union(MDU)Medical Protection Society(MPS)のどちらかに加入している人が多いようである。

 私自身はMPSの会員になっている。MDUとMPSのウェブサイトを見くらべて、MPSに決めた。MDUもMPSもきちんとサポートしてくれると、実例付きで聞いていたので、サービス内容云々というより、MPSのウェブサイトのほうが、知りたい情報を探すのが簡単だったというのが、MPSに決めた理由である。

 MPSは保険会社ではなく、会員制の相互扶助組織のようなものである。サービスの条件を具体的に記載した保険証券のような書類はない。かわりに、サービスの範囲は、会員の互選で決められたメンバーから成るMPS Councilの判断に委ねられている。

 clinical negligenceに関連した経済的負担をはじめ、上記のような一般的領域は、すべてカバーされる。

 明らかにサポートの対象とならない項目としては、非臨床業務に関連した犯罪行為、臨床業務に関する詐欺・窃盗行為、臨床外での犯罪行為に関する賠償金の支払い、雇用に関する問題等が明記されている。

 それ以外の、あまり一般的でなかったり、グレイ・ゾーンと考えられるような問題に関しては、個々のケースごとにサポートの可否が判断されることになっている。

 サービスは、Occurrence-basedで、会費を払っていた期間におこなわれた臨床行為によって生じた問題については、事例化や請求のあった時期に関わらず、サポートが受けられる。請求時にすでに会員でなかったり引退していても、あるいは故人であっても、サポートの対象となる。

 MPSは年会費制で、それぞれの職種(医学生、研修医、GP、専門医)・レベル(研修年次等)ごとに、会費が設定されている。専門医の場合、専門科(7段階)と、NHSの賠償責任の対象とならない業務(プライベート診療やmedico-legal業務など)による年収(15段階)によりレートが決まっている。NHSの精神科コンサルタント(Group 4)で、プライベート診療をしていない私の年会費は575ポンド(約143,000円)である。ちなみに、これが一般のコンサルタントの中で一番リスクが低いと考えられる条件で、年会費が一番安い。

 日本の賠償責任保険について、ネットで検索してみたが、MPSのような相互扶助組織型のサービスは見当たらず、ヒットしたすべてが、損害保険会社の提供する賠償責任保険であった。また、それらすべてが、Claims-made coverで、保険期間中に事例が発見・請求された場合のみが対象になるようである。

 日本の賠償責任保険では、保険証券に条件が記載されていて、保険額の上限(1件あたりの上限および年間の上限)がある。民事訴訟が年々増え、賠償請求額が高額化している昨今、これまでの常識が通じなくなった場合、どうやって対処していくのか、気になった。

 また、不適当と思われる民事訴訟や行政処分に対し、名誉回復のための反訴が必要となった場合の経済的、実務的サポートをどこから受けられるのか、よくわからなかった。(ご存知の方がいらしたら、ご教示いただけるとありがたいです。)

Friday, July 20, 2007

分類ラベル

 これまでずっと先延ばしにしていたのだが、ようやく、分類用のラベルを設定することにした。昨夜、全部のエントリーにラベルをつけるのに、延々2時間かかった。はじめからもう少し計画を立てておくのだったと深く反省。しかし、このブログを書き始めた頃は、ここまで続くとは思っていなかったのだから、しかたがないといえばそれまでなのだけれど。

 古い記事まで遡って読んでくださる方達にとって、少しは使い勝手がよくなるだろうか。

Monday, July 16, 2007

地域・専門科間の格差

 DoHが「good news」と言っている研修ポストの充足率だが、地域、専門科ごとの充足率をみると、ばらつきがあることがわかる。

 たとえば地域。Yorkshireは94%充足しているが、Trentは64%(!)しか充足していない。8月1日のD-Dayには、Trentでは約3分の1のポストに医者がいないことになる。一時的なサービス縮小は避けられないのではないだろうか。(患者さんたちにとってはいい迷惑だし、オン・コールのコンサルタントたちも、気の毒なことである。)

 専門科については、GPの充足率98%から麻酔科の75%まで、大きなばらつきがある。精神科は、平均すると82%充足しているが、STのレベルごとのばらつきがひじょうに大きい。(speciality/sub-specialityごとの充足率はこちら。)

 精神科ST4の充足率は平均で96%だが、sub-specialityによって大きな差がある。General Adult、Older Adult、Child & Adolescentは100%埋まっているいっぽうで、Forensicは79%、Psychotherapyが78%、Learning Disabilityにいたっては59%である。

 ST2の充足率は93%、ST3は89%と、まあまあである。しかし、ST1になると、72%と、がくっと下がる。ST1というのは、初期研修を終えた研修医が専門医研修を始める学年である。FT2(初期研修の2年目)を終え、専門科を選ぶ研修医たちにとって、精神科は不人気なのである。clinical tutorをしている同僚の話では、各Deaneryはリクルートに苦労しているらしい。

 これは、まったく驚くことではない。精神科は常に不人気科目のひとつであった。だからこそ、精神科はずっと、外国人医師に頼ってきた。外国人医師がイギリスに研修のために来た場合、精神科以外の科の研修をすでに始めていたとしても、精神科に専門を変更する人が少なくなかった。研修ポストにつける確率が、UK出身者に人気の科に比べ、圧倒的に高いからである。精神科にジア系・アフリカ系の研修医が多いのは、そのためである。

 あくまで推測であるが、ST2-3の充足率がST1よりもずっと高いのは、UK/EEAの卒業生に加えて、すでに研修を開始していたアジア系・アフリカ系の研修医が多くいるためだと思われる。ST1に応募した中に外国人医師の割合は少ないはずなので、不人気の影響をもろにかぶっているわけである。

 これまでは、UK卒業者の数が研修ポストの数を圧倒的に下回っていたため、UK卒業者は、希望する地域で、希望する科の研修を受けることができた。しかし、UK卒業者の増加、政府による研修ポストの削減、非EEA出身者の閉め出しにより、UK卒業者(といくらかの外国人医師)により、全部の研修ポストを埋める必要が出てきた。

 UK卒業者でまだポストを得ていない研修医たちは、UKに残って研修を続けたい場合、希望する科を変更しなければポストをとれない人が出てくる。ご親切なことに、ラウンド2の告知のページには、麻酔科、産婦人科、小児科、精神科、老年医学科の5つが、ポストにたくさん空きがある科として、特別に名指しされている。(見覚えのある科が並んでいますが。)

 政府は、これまでのような、足りなければ外国人医師で埋めればよいという逃げ道をみずから塞いでしまっている。不人気科のポストがラウンド2でも埋まらなかった場合、いったいどうするつもりだろうか。

 希望しない科に変更してまで医師としての仕事を続けるのか、外国に逃げて希望の科の研修を続けるのか、それとも、さっさと見切りをつけてキャリアを変更するのか。研修医たちがどういう選択をするのか、見守っていきたい。

Sunday, July 15, 2007

Life in the UK

 久しぶりに、試験勉強をしている。Life in the UK Testなるものを受けるためである。

 このテストは、UKのCitizenship(市民権)を申請する人を対象に、2005年の移民法変更時に義務化された。2007年4月より、Indefinite leave to remain(いわゆる永住権)の申請者にも対象が広げられた。

 私は、この9月の頭で、労働許可証による滞在が5年になるので、永住権の申請資格ができる。労働許可証は2011年まで有効なのだが、移民法がころころと変わる上、申請にかかる費用も、毎年信じられないくらいのスピードで上がり続けているため、申請資格ができ次第、さっさととってしまうつもりなのである。

 このLife in the UK Testは、全国に計90カ所ある試験センターで、コンピュータを使っておこなわれる。二者択一、あるいは四者択一(あるいは正答が2つ)形式の24の質問に対し、45分の制限時間を使って答える。正答率75%が合格ラインだそうである。

 質問の答えは、公式ハンドブックである「Life in the United Kingdom - A Journey to Citizenship」に「すべて」載っている。公式ハンドブックは全部で145ページで、下記の9章と、巻末の用語集からなる。


     1章 The making of the United Kingdom

     2章 A changing society

     3章 UK today: a profile

     4章 How the United Kingdom is governed

     5章 Everyday needs

     6章 Employment

     7章 Knowing the law

     8章 Resources of help and information

     9章 Building better communities

 試験問題が出るのは、2-6章からだけだそうである。

 試験の目的は、英国に定住する外国人たちに、英国の文化や社会制度に対する理解を深め、英語の知識の向上を図ってもらい、より強固で一体感のあるコミュニティの形成を促すためとある。

 よそさまの国にずっと住むことをお許しいただこうとしている身で、文句を言うのは美しくないが、それでもちょっとぼやきたくもなる。私は、英国の文化も社会制度も、常々興味を持って理解しようと努めているし、英国のコミュニティに敬意を払い、機会を見つけては参加している。英語を使って仕事をし、イギリス人を指導する立場にある。なぜ、こんな試験を強制されなければならないのだろうか。ためしに、インターネットで見つけた模擬試験を、同僚のJと一緒にやってみたら、私の点数のほうが、イギリス人で物知りのJより高かったのだ。

 そうはいっても、どうせ受けなければいけない試験なら、文句を言うよりも、楽しんでしまったほうがいい。ハンドブックを一度、通しで読んでみたが、生活に必要な一通りの情報がコンパクトにまとまっていて、なかなか役に立つ。(1カ所、アメリカ英語の表現を見つけたけれど。)ぜひ、イギリス人やEEA出身の人たちにも読んでもらい、英語力と社会に対する知識の向上に努めてもらいたいものである。

Saturday, July 14, 2007

またまたスピン

 あっという間に7月も半ばである。研修医が新研修制度の下で一斉に新しいポストに移るD-Dayの8月1日は、もうすぐそこである。

 ようやく、イングランドにおける、MMC/MTASラウンド1の最終結果ラウンド2の詳細が発表された。6月26日付のデータによると、29,193人の応募のうち、応募資格を満たしている人が27,849人であった。研修ポストの総数は15,600で、ラウンド1でそのうち13,168のポストが埋まった。平均の充足率は85%である。空いているポストについては、10月31日まで、地域ごとにラウンド2の選考がおこなわれることになっている。

 Department of Health(DoH、保健省)は7月12日に出した声明の中で、「大多数の研修ポストがすでに埋まっている。リクルート・プログラムに問題があったにもかかわらず、高い充足率を果たせたことは、患者さんやNHS、Deaneriesにとっていいニュースである。」と言っている。

 例によって、DoHお得意のスピンで、突っ込みどころが満載である。

 本来、ラウンド1は4月に終わり、ラウンド2が6月に終わって、全部のポストがD-Dayまでに埋まっているというのが、MTAS当初の計画であった。選考方法を変えざるを得なくなってからもしばらくは、DoHは、8月1日までにはラウンド2を終えると言い続けていた。ラウンド1の結果が出たのが7月も半ばというのは、大失態である。

 だいたいにおいて、85%は「高い充足率」なのだろうか。D-Dayには、15%のポストに研修医がいないというのに、喜んでいいものだろうか。

 さらに、応募資格を満たしている研修医のうち、14,681人がポストがないのにもかかわらず、空いているポストは2,432しかない。DoHは、年度末までにさらに1,000の研修ポストを用意すると言っているが、それでも、11,000人以上の研修医がポストをとれないことになる。

 声明の終わりのほうまで読んでいくと、UKの卒業者についてのデータが付記されている。UK卒業者の応募総数は13,600人で、そのうちの9,336人(68.6%)がすでにポストを得ているそうである。

 この付記の意図について、いささか理解に苦しむ。DoHは、UK卒業者にはきちんと配慮していると宣伝したいのだろうか。応募資格を満たしているかぎり、出身地による差別的扱いはしないというのがラウンド1の申し合わせであったはずである。

 UK卒業者の合格率68.6%に対し、非UK卒業者の合格率は26.9%である。非UK卒業者の中には、EEA出身者と、HSMP(Highly Skilled Migrant Programme)ヴィザ保持者を主とする非EEA出身者の二通りがある。非EEA出身者の応募資格をUK/EEA出身者と差別化することの合法性については、Judicial Reviewの控訴審で審議される予定で、その結果が出るまでは、差別的扱いはしないという通達が出ている。EEA出身者に関しては、UK卒業者と同等の扱いをすることは既定路線である。UK卒業者を優先的に採用すれば、法律違反である。

 非UK出身者が研修目的で来るのをコントロールする仕組みをきちんと導入できない中、いまだに4,264人のUK卒業者がポストがない。仮に、ラウンド2のすべてのポストがUK卒業者にまわるとしても(そんなことはまずあり得ないが)、832人が研修できない。全UK卒業者のうち6%強である。政府は、医師数を増やすべく、医学部の定数を一気に増やしておいて、卒業者の6%以上が研修の道を閉ざされる結果を招き、みずからのmedical workforce planningに関する無能さをさらけ出している。

 問題なのは、無能なのがworkforce planningだけではないというところであるが。

Saturday, July 07, 2007

Le Tour de France

 この週末は、さまざまなスポーツ・イベントが目白押しである。WimbledonにBritish Grand Prix、クリケットにラグビー。そして、Le Tour de France

 Le Tour de Franceの104年の歴史で初めて、ロンドンでレースが行われた。私は自転車レースはまったく興味がなかったのだが、「初めて」というところに惹かれて、Prologueと呼ばれるタイム・トライアルを見に出かけた。

 コースは、ロンドンのど真ん中に設定された。政府機関が立ち並ぶWhitehallをスタートし、Big Ben、Parliament Square、Westminster Abbey、Buckingham宮殿、Wellington Arch、Serpentine湖といった観光スポットを抜けて、The Mallで終わる7.9kmのコースである。

 私は、The MallのSt James公園側、ゴールから250m手前の巨大スクリーンの向かいでレースを観戦した。ゴール近くでは実況が行われていたが、フランス語なので、何を言っているのかまったくわからなかった。

 ものすごい混雑を予想していたのだが、あちこちに置かれた巨大スクリーンの前をのぞくとそれほどひどくなく、沿道には2-3列の人垣がある程度だった。沿道には、スポンサーの名前が書かれた柵があり、最前列の観客たちは、その柵にもたれるようにして、選手が来るのを待っている。準備のいい人たちは、アルミの脚立を持ってきていて、少し後ろに脚立を立て、その上から見物していた。

 選手の姿が遠くに見えると、みんな一斉に、柵をばんばんと叩き始める。柵を叩く音や声援が始まってから約5-6秒すると、まず先導の白バイ、そして選手が続き、そのすぐあとには、予備の自転車を数台積んだサポート・カーが走り、最後に審判車らしい車が通っていく。人気選手の場合は、カメラマンを乗せた2人乗りのバイクが選手の近くを走っている。これらの一団がほんの1-2秒で通り過ぎていき、あっという間に見えなくなる。しばらくすると、結果が英語とフランス語で聞こえてくる。次の選手が来るまで、しばらく休憩。その繰り返しが延々と続く。

 私はずっと2列目あたりで、背伸びをしながら見ていたのだが、競技時間が残り30分程度になったところで、前にいた人たちが抜けたので、ようやく最前列に出られた。

 Prologueに勝ってYellow jerseyを手にしたCancellara選手は、私が最前列にたどり着いたあとに出走した。何の予備知識もないままスクリーンを見ていたのだが、彼のコーナーリングは道路の端ぎりぎりのところを通っていくので、見ているだけで怖いほどだった。彼は、前を走る選手が通過してすぐにゴール前の直線に入ってきたので、ものすごく速いんだろうなと思った。成績が発表される。8分50秒(時速54km!)。それまでのトップ選手よりも13秒速い。歓声がわきあがった。

 実際に選手を見たのは、全部合わせてもわずかな時間だったが、なかなかおもしろい体験だった。

 Wimbledonの女子シングルスはVenus Williamsが勝って、British Grand Prixは、英国のHamiltonがPPを取った。熱い土曜日だった。

 そして今日は、ロンドン地下鉄テロ2周年の日でもあった。亡くなった方たちとその家族に心からの哀悼の意を表する。また、今も後遺症に苦しむ人たちが、少しでも生きやすくなるよう、障害を乗り越えていかれるよう、心からの祈りを捧げる。

Thursday, July 05, 2007

テロ事件と外国人医師

 先日、ロンドンとグラスゴーで、連続テロ・テロ未遂事件が起こり、現在までに事件に関係しているとして、8人が容疑者として逮捕された。そのうちの6人が、NHSで働く(あるいは働いたことのある)外国籍の医師であるらしい。

 これに関する日本の報道で、事実誤認ではないものの、必ずしも真実をきちんと伝えていない表現があって、どうも気分がよくないので、ここに指摘しておきたい。例として、東京新聞の記事を引用するが、他にも、似たような内容の記事を目にした。

*******ここから引用

2007年7月4日 朝刊【ロンドン=池田千晶】

外国人医師中心か 英連続テロ犯 待遇不満の指摘も

(前略)

 BBC放送などによると、英国に登録する外国人医師は十二万八千人で全体の約半数。インドの二万八千人を筆頭に南アフリカ、パキスタン、イラクが上位を占める。

 英国では、公立病院で働く英国人医師や看護師らが、給与など待遇への不満から海外に流出するケースが続出。医療サービスは外国人に依存せざるを得ず、労働許可証なしの就労が可能だった。

 ところが、英政府は昨年、移民政策を見直し、医師にも労働許可証が必要となった。その結果、欧州連合(EU)域内からの医師らが優先され、英国の医療制度を支えてきた外国人医師らが締め出される羽目に。ガーディアン紙は「技能を磨く機会を奪われた医師らは不満を募らせていた」と指摘している。

*******引用ここまで

 この記事の終わり方では、待遇に対する不満が、彼らがテロ行為に走った原因、あるいは間接的な理由と示唆しているように受け取れる。それが記者の本意であったとすれば、不誠実である。

 彼らは、イギリス国内にいる10万人を超える外国人医師のうちのごくごく一部である。もちろん、彼らは英国での待遇に不満をもっていたかもしれない。しかし、それとテロ行為をこのように結びつけるのは、行き過ぎであろう。だいたい、彼らが国外で過激派にリクルートされて入国したのか、入国後、過激派に傾倒し、テロ行為に進んでいったのかは、まだわかっていないのだ。

 ほかにも、細かい点をいくつか指摘しておく。

 英国人医師が、英国での待遇に不満を持ち、米国などのより待遇のいい国へ流出しているというのは、6-7年前までのことで、最近のことではない。

 ただでさえ医学部定員が少なかった上に、医師が国外に流出し、英国は、外国人医師に依存してきた。90年代後半から医学部定員の数を大幅に増やし、医師の待遇も改善し、外国人医師も一部は定着し、ようやく医師数が充足しつつあるというのが、最近の状況である。

 労働許可証なしの就労というのは、permit-free employmentのことを指し、医師にかぎらず、他の職種にも適用されている。2006年春に移民法が改正されるまでは、外国籍の医師で、英国で研修ポストにつく場合、work permit(労働許可証)を得なくても、英国で研修することができた。しかし、当然、入国に際しての審査はあり、ビザは必要である。あくまで、雇用者側が申請する労働許可証が不要であるというだけである。医学部卒業者の数が増え、研修医数が充足したため、この措置は、Foundation Trainingという、正規登録前の初期研修のために渡英する医師のみにかぎられることになった。

 もっとも、今回の6人は、locumという期間限定のポストに就いていたし、Brown首相がHighly Skilled Migrantsのチェックの強化についてQuestion Timeで触れているので、彼らはHSMP(Highly Skilled Migrant Programme)で滞在していたのではないかと想像される。これは、高度な技能を持つ外国人を受け入れるための制度で、資格や経験、収入などを点数化し、一定の点数を超える人のみが申請できる。当然、医師にかぎらない。

 EEA出身者を優先されて、非EEA出身の医師が不満を募らせていると書かれているが、これは違う。Shortage Occupation Listに載っていない職種への就労は、常にEEA出身者が優先される。非EEA出身者は、そのポストが英国またはEEA出身者で埋められない場合、または、本人でなければそのポストにつけない特別な技能を有する場合にかぎり、就労できる。

 MMC/MTASに関連して、たしかに、外国人医師は不満を募らせている。政府が、ごく短期間の告知で移民法を変更して、すでに英国で研修を開始し、生活の基盤が英国にある人たちが研修を続けられなくなる事態を招いたこと。General Medical Councilが、研修医が過剰になるのを2年も前に知りながら、新たに研修ポストを求めて英国に来る外国人医師たちにその事実をきちんと伝えず、資格試験を施行し続けたこと。Department of Healthが、MTASの応募資格を、すでに研修を開始しており、正規の滞在資格もあるHSMP保持者に不利になるように突然変更したりしたこと。こういったことに対し、怒っているのである。

 最後に一言。

 医師がイスラム過激派に傾倒してテロ行為に走るという、今回の事件の様相は、一部では驚きをもって受け止められているようだ。しかし、イスラム穏健派の指導者たちは、イスラム過激派が、社会的階層や職業に関係なく、多くの若者を引きつけていると常々指摘している。実際、9.11の実行犯たちも、裕福な家庭の出身で、高等教育を受けていた。容疑者たちが医師であること自体は、驚くことではないのかもしれない。

Wednesday, July 04, 2007

MMC/MTAS ブログ内リンク

 日本人のドクターたちから、私が書いたMMC/MTASの記事が参考になったというコメントをいくつかいただいた。最近の英国での連続テロ・テロ未遂事件に関連してのコメントというのは予想外であったが、読んでもらえるというのは嬉しいことである。(私の同僚は、このブログは読めません!)

 3月の街頭デモから約4ヶ月。時には怒りにまかせて、時には絶望感に襲われながら、MMC/MTASについて少しずつ書いてきたものが、いつのまにか結構な数にのぼることに気がついた(気がつくのが遅いですね)。何を書いたか忘れてしまうこともあるので、リストをつくっておくことにする。

June 2007

  • 心がつぶれるような
  • Demoralising
  • MTASラウンド1の結果
  • May 2007

  • Judicial Reviewの結果
  • さらなる辞任劇
  • 対話するマスコミ2
  • MTAS退場
  • April 2007

  • MTASその後
  • 指導医研修その2
  • 指導医研修その1
  • March 2007

  • 呉越同舟-迷走するMMC-4
  • 優秀な研修医を選ぶとは-迷走するMMC-3
  • 政治的「裏」事情-迷走するMMC-2
  • 迷走するMMC-1
  • 白衣を着て街に出よう
  • Saturday, June 30, 2007

    My Avatar @ Springfield

     The Simpsons Movieのサイトで作ってみました。

     しばらく眺めていると、ちゃんと自分のように見えてくるのが不思議です。

    The Simpsons TM and © 2007 Twentieth Century Fox Corporation

    Sunday, June 24, 2007

    Feminisation - 2

     女性医師の増加と、より柔軟な勤務制度を望む医師の増加は、医師の労働力・人件費の予測を困難にする。

     まず、現在の制度を維持するために必要とされる医師数の予測である。医療サービスを維持するために必要な医師の総労働時間数が決まったとしても、フル・タイムとパート・タイムの医師数の割合によって、必要な医師の実数が大きく変わる。

     次に、Flexible Training Schemeを利用する医師が増えれば、研修医が研修を終えるまでにかかる時間が長くなる。研修を終えるまでの期間は、研修医それぞれの事情によって異なり、ばらつきも多くなる。

     Job Shareといって、ひとつの研修ポストを2人の医師で半分ずつ埋めたり、パート・タイムで減った時間の分だけを担当するlocumを期間限定で雇用したりする。いずれの方法をとっても、FTSを機能させるためには、フル・タイムで研修ポストを埋める場合よりも多くの人件費が必要になる。

     また、研修を終え、コンサルタントになる資格ができても、家庭生活を優先させるためにパート・タイムのコンサルタントとして働くことや、locumで働くことを選択する医師が増えることも十分考えられる。

     さらに、キャリア・ブレイクをとった場合、再研修・再教育の時間を考えなければならない。これも、個人差が大きいため、単純に予測することはできないであろう。

     いずれにしても、feminisationがここまで進んだ以上、逆戻りすることはないだろう。女性医師がmajorityになったのだから、ばらつきがあるのが当然という条件の中で、どのようにmedical workforceを維持していくのかを考える時がきている。

     日本でも、イギリス並みのレベルに達するかどうかはともかくとしても、feminisationが進みつつある。おまけに、若い医師の仕事に対する意識は、男女を問わず、古い世代のものとは異なる。医師労働力について「真剣に」検討しないと、大変なことになるのは目に見えていると思うのだが。

    Saturday, June 23, 2007

    Feminisation - 1

     最新のBMAの調査によると、2006年にイギリスの医学部を卒業して研修を始めた医師の58%が女性であるという。medical workforceのfeminisationである。1995年の調査ですでに男女がほぼ同数になっていたようだが、その後の10年間で、女性の割合がさらに7%も増加したことになる。

     数の変化もそうだが、注目すべきは、work-life balanceがより重要視されるようになってきていることであろう。この傾向は、女性医師だけでなく、男性医師にも見られる。

     女性医師の5人に1人が、キャリアの大部分をパートタイムで働きたいと答えたという。これは、男性医師の5倍にのぼる。また、約半数の女性医師が、キャリアの一部分を、パートタイムで働きたいと考えている。これは男性医師の15%の3倍超である。

     それ以外にも、キャリアの途中で数年間仕事から離れたい(キャリア・ブレイクをとる)と考えている医師も男女ともに結構な数にのぼる(女性80%、男性50%)。

     現行の研修制度には、Flexible Training Schemeという制度がある。研修中の勤務時間を半分を限度として減らすかわりに、研修年数をその分延長する制度である(50%のパート・タイムで研修した場合、研修年数はフル・タイムの2倍になる)。この期間、フル・タイムの医師と同じ頻度でオン・コールにつく必要がある。健康上の理由でフル・タイムで働けない人、や介護の必要な家族がいる人、子育てに時間を割きたい人などが、この制度を利用している。大部分が女性医師である。

     MTAS/MMCの新しい研修制度は、しかし、柔軟な研修制度がしづらい仕組みになっているらしい。Flexible Training Schemeのパート・タイム研修医をどのように制度に組み入れるのか、あまり検討されていないようである。

     コンサルタントのレベルになると、パート・タイムとして働くことは珍しくない。お隣のクロイドン区では、コンサルタントの半数以上が女性で、多くがパート・タイムで働いている。

     私の働いているランベス区では、約30人のコンサルタントのうち、女性は4人しかおらず、全員がフル・タイムで働いている。(ひじょうにリベラルな地区にもかかわらず、女性医師が少ない理由は、まったくの謎である。)唯一、週3日のパート・タイムで働いているのは、体の一部に運動障害がある男性医師である。

    Tuesday, June 19, 2007

    若手医師のキャリア選択

     昨日、しばらく棚上げにしようと書いておきながら、MTAS/MMCの呪縛からなかなか抜けられない私である。しかし、今日は少し切り口を変えて、医師の新しい(医学以外での)キャリア(alternative careers)についてである。

     日本でも、最近の医療を巡る大変な状況で、医者が自分の子どもは医者の道を進ませたくないと思っているとか、医学生が医師以外のキャリアを模索しているといった話を時折目にするようになった。

     医師になる以外のキャリア選択は、決して新しいことではない。私が学生の頃も、厚生省の官僚になるとか、外務省の医官になるといった道が、少ないながらも存在した。ここに来て目新しいのは、まったく医学から離れた職を得るという選択肢が入ってきたということなのだろう。

     さて、昨今のMTAS騒動で、8月から失業の危機にある研修医たちが、NHSでの研修以外のキャリアとして、まず目を付けたのは、国外で研修を続けるという選択肢であった。オーストラリアやニュージーランド、カナダなどが人気である。イギリスでは、医学生の間に国外で実習することがカリキュラムの一部である上、旧植民地の国との医療資格の互換性もあるため、医師が人生の一時期、外国で仕事をするという選択肢をとるということは、珍しくない。

     その後も混乱が続き、医師としての将来への展望がまったく見えない中で、研修医たちの間には、医師という職業にしがみつく必要はないという論調が急速に広がってきた。

     そんなところへ、医師のalternative careersに関するカンファレンスが告知された。今週の金曜日、ロンドンで開催される。

     医師のalternative careersとしては、軍医、ボランディア組織の医療サポート、旅行医学などの医師としての役割を生かすものから、製薬会社、医科学分野などの医学類縁の仕事、さらには、金融・経営やマネジメントなど、まったく異なる分野の仕事まで、さまざまなようである。

     うちのスタッフ・グレートのAが、参加したいが仕事を休んでもいいかと聞いてきたので、私は、自分自身が興味のあることでもあり、喜んで送り出すことにした。彼の報告を聞くのが楽しみである。

     医師のキャリアの議論で、国民の税金で医学教育を受けさせてもらいながら、医療に貢献しないとはけしからんというお説教は、日本でもイギリスでも目にする。日本を離れて働いている私も、広い意味では、日本で医療にたずさわるというまっとうな道から外れたキャリアを選んだことになる。だからというわけではないが、そういったお説教には、同調できない。職業選択の自由はもちろんのことだが、医学教育で得た恩恵を社会に還元するのは、医者になるだけでなく、もっと他の方法もあっていいのではないかと考えるからである。

    Sunday, June 17, 2007

    心がつぶれるような

     MTAS/MMCに関して、2回続けて暗い内容のエントリーを書いたら、母が心配して、メールを送ってきた。そんなに落ち込んでいるように見えたのだろうか。

     確かに、このところ、気分はずっと低空飛行である。MTAS/MMCの問題と同時に、うちのNHSトラストのサービス削減計画(3年間かけて800万ポンド-約20億円、予算の5%以上-の削減)も進行中であるため、明るい話題はまったくない。

     前々回のエントリーを書いたあと、暗い話題に引きずられて、私自身が気分転換できなくなっており、悪循環におちいっていることに気づいた。MTAS/MMCの話題はしばらく棚上げにしたほうがよさそうだが、その前に2つだけ、関連した記事を紹介する。

     ひとつは、ジャーナリストのAngela PhillipsがGuardian紙に書いた「We need a national outcry(国をあげて声を上げるべきだ)」と題したブログ。彼女の姪のJacquieの体験が紹介されている。

     Jacquieは、ロンドンで働く精神科の研修医で、2歳の子どもがいる。Lodon/KSS(ロンドン、ケント州、サリー州、サセックス州を含む研修ローテーション単位)の期間限定のポストをオファーされたが、受けることができない。ぎりぎりまで研修先を知らされないため、仕事と家庭・子育てとを両立できるかわからないからである。また、この期間限定のポストは、期間修了後の進路の保証がなく、彼女が研修を最後まで修了できるかも、まったくわからない。

     もうひとつは、5月のBBC Question Timeで、客席から保健相Patricia Hewittに向けて「今すぐ辞めるべきだ」と叫んだDr Philip Smithの手記である。これは、Doctors.net.ukという、医師専用のサイトに投稿されたものを、本人の了承を得て、ある医師が自身のブログに転載した。

     彼は、Guardian紙のに、全国紙上でジャーナリストから人格攻撃された時も、沈黙を守った。(ジャーナリストは後に、批判を受け、謝罪した。)しかし、MTASの結果が発表され、初めて沈黙を破った。

     手記の中で、彼は、自分は運よく第1希望のポストを得たが、だからといって、気分が晴れるわけではないと書いている。むしろ、その逆である。ポストはあるものの、どこの病院で研修するのか、ぎりぎりまでわからない。その上、まわりには、優秀な研修医ながら、理不尽にもポストを得られなかった友人たちが多くいる。

     個人の体験は、新聞の一般報道記事とは別の切り口から、問題の深さ、悲惨さを炙り出す。心がつぶれるような思いである。

    Saturday, June 16, 2007

    口述録音

     専属の秘書さんが来てくれるようになってから、ほとんどの書類仕事を、口述録音でするようになった。

     いまだに、アナログの大きな口述録音用の機械(dictaphone)を使っている。臨床の仕事を初めてまもなくの頃、eBayを通して買ったものである。うちのNHSトラストでは、テープおこしをする機械がみな、Philips製のテープ(minicasette)仕様である。minicasetteは普通の小さなテープ(microcasette)より大きいので、他のメーカーの機械が使えないのだ。

     専属の秘書がいなかった時期は、簡単な手紙などは自分でタイプしていた。タイピングの技術だけなら、私は十分秘書としてやっていけるくらいの腕があるので、別に苦痛ではなかった。

     しかし、自分でタイプすると、ついつい文法やスタイルなどの細かいところにこだわってしまい、単なる報告の手紙でも、時間がかかるのが難であった。

     口述録音では、いったん口述してしまうと、次に目にするものはすでに全部がタイプされてしまっているので、多少「文学的」に気に入らなくても、筋さえ通っていれば、まあいいかと思える。そんなわけで、文章をいじり回す時間が減り、仕事の効率が上がった。

     初めて口述録音したのは、今から2年前、臨床の仕事を初めて3ヶ月目に、地域精神保健サービスのチームに移った時である。外来が週に3-4コマあり、毎週かなりの数の手紙を書かなくてはいけなかった。

     始める前は、ただ話すだけで、それを他の人がタイプしてきちんとした手紙に仕上げてくれるなんて、楽でいいと思っていた。しかし、実際やってみると、これが、全然簡単ではなかった。

     私は、日本語でも英語でも、ものを書く時は、大まかな構成を決めた後は、頭に浮かぶ順に書いていき、あとから文章を組み直すというスタイルをとっている。だから、Dear Dr Xxxで始まって、Yours sincerelyで終わる手紙を、流れにそって口述するというのは、まったく自然ではない。

     その上、英語がそんなに流暢に話せないので、話すより書くほうがずっと楽である。文法や構文に自信はないし、複雑なことを言おうとすると、途中で頭がこんがらがってしまう。

     初めの数ヶ月間は、前任者たちの手紙を参考にしながら基本のフォーマットを覚え、下書きをして、それを読むように口述していた。これなら自分でタイプしても手間はかわらないのだが、「ここで練習しなければ一生できるようにならない!」と、ひたすら繰り返し、なんとか下書きしなくても口述できるようになった。

     慣れてからも、なにこれ?と理解に苦しむようなおかしな文章が並んでいる手紙が返ってくることが、時々ある。自分で口述したに違いないのだが、つじつまがあっていなかったり、前後の文章と脈絡がなかったりする。同僚たちに聞くと、native speakerであっても、頭が「口述録音モード」になっていないと、あとからタイプされたものを見て首を傾げるようなことがあるらしい。

     口述録音・タイピングのシステムを維持するには、書類仕事の量にもよるが、2-3人のコンサルタントに対して医療秘書1人分を配置しなくてはならず、人件費がかかる。経費削減のおり、テープおこしの業務を外注も珍しくない。コンサルタントは、デジタルの口述録音マシンを支給され、口述したものを音声ファイルで保存する。このファイルはインドに送られ、2日後にはタイプされて戻ってくるというわけである。お隣のトラストでは、外注によって、かなりの数の秘書が解雇されたと聞く。

     音声自動認識システムがもっと改良されたら、外注業務すらなくなるのだろうか。私の口述録音は、おそらく、コンピュータは書きおこせないと思うけれど。

    Thursday, June 14, 2007

    Demoralising

     MTASの悲劇が次々に目に見えるものになっている。

     私のいるNHSトラストの約半数の研修医たちが、ポストのオファーをまったくもらえなかった。その多くが、放心状態で仕事にも手がつかず、これからどうしたものか、途方に暮れていると聞く。(当然である。8月からは失業者である。)

     昨日のコンサルタントの集まりでは、私たちに何ができるのか話し合った。しかし、いくら話し合っても、結局、研修医たちを精神的にサポートする以外、何もできないらしいということがわかるだけであった。コンサルタントたちもみな、怒り、呆れ、無力感を感じている。

     「demoralising」というのは、こういう感情であるのだと、初めて実感している。

     demoralisingは、日本語では「士気の低下」と訳されることが多い。しかし、単にやる気や覇気がなくなるというよりも、これまで信じていたものが基盤を失い崩れ落ち、希望を失い、なんとか自分を奮い立たせようとすら思えなくなる、そんな感情である。

     サッチャー時代からブレア政権初期にかけての、イギリスの医師たちのdemoralisingについて、これまでにもよく耳にした。NHSのサービスがなかなか向上しない原因のひとつとして、スタッフがいったんdemoralisingを感じると回復に時間がかかるためだといわれる。

     これまで、demoralisingがなぜ回復できないのか、いまひとつ理解できなかったのだが、今回ようやくわかった気がする。イギリスの医療研修・診療がほぼNHSの独占状態にあり、医師という職業を選び、イギリスで働く以上、NHSから逃れることができないためである。日本の勤務医の「逃散」のようなことは、制度として起こり得ないのだ。

     ブレア率いるNew Labourになる以前は、医師のdemoralisingの理由は主に、医療費の不足、人員や医療資源の不足によるものであった。New Labourになってからは、NHSの意思決定が中央政府にどんどん移行され、医師の自治権、決定権がどんどん失われていくことにより、医師はdemoralisingを感じている。

     MMC/MTASは、そのいい例である。以前は、地域の研修ローテーション単位で、各王立学会の指針に基づき、地域の需要に添って研修医を選考していた。しかし、MMC/MTASでは、政府が主導して作った選考基準で、中央で一括して研修医を選考しようとした。MTASのシステム自体は失敗に終わり、お蔵入りになることがすでに決まっているが、選考そのものをを止めることはできなかった。選考の一部は旧来の方法に戻されたが、信頼できないシステムに半分乗ったまま、コンサルタントたちが研修医を選ばざるを得ないというねじれた状況に陥り、悲惨な結果が出た。しかし、結果が結果として出てしまった以上、これまでの過程を巻き戻すことができない。

     このdemoralisingが研修制度がらみで生じているということは、これまでの問題にもまして、NHSの将来に大きく影響すると思う。イギリスの医療制度はずっと悪評が多かったが、研修制度はそれなりに機能していた。劣悪な労働条件の中、これを乗り切れば一人前の医師になれるという希望があったため、研修医たちはNHSの労働力として働くことを受け入れてきた。

     しかし、今回、数世代にわたる研修医の多くが、研修を続けるという希望そのものを打ち砕かれた。彼らに実力がなかったからではなく、政府の政策が穴だらけだったために。医学部の定員数を大幅に増やし、外国からの研修医を労働力として多数受け入れ、新しい選考制度を拙速に導入し、そして、いきなり研修医の定数を絞ったのだ。

     3万人の将来を担う若い医師たちは、おそらくこの半年間の悪夢をずっと忘れないだろう。現在NHSを支えているコンサルタントたちも、demoralisingの感情を引きずると思う。(少なくとも私は、なかなか回復できそうにない。)NHSは、demoralisedな医師の集団によって、今後数十年間も持ちこたえられるほどの体力などないと思う。

     これから誰がNHSを支えていくのだろうか。数値目標達成しか頭にない官僚と政治家しか残らないと思うけれど。

    Saturday, June 09, 2007

    MTASラウンド1の結果

     今年8月からの研修制度の選考のラウンド1の結果が出た。ポストのオファーをもらった研修医は、48時間以内にオファーを受けるか受けないか返答しなければならない。オファーを蹴る研修医が出て空いたポストには、補欠リストの上から順に割り振られていき、6月22日までに、ラウンド1の全ポストが埋まることになっている。

     私の働いているSLaMには、4つの異なる研修ローテーションに所属する研修医が、合わせて100人近くいる。そのうち、なんと、10人しかロンドンの研修ポストのオファーを受けられなかった。

     SLaMは、Maudsley病院とBethlem Royal病院を抱える、イギリスで一番大きな精神保健専門のNHSトラストである。世界でも有数の業績を誇る精神保健研究所とのつながりが強いため、上昇志向の強い研修医があちこちから集まってくる。今現在、SLaMで研修している研修医たちは、すでに厳しい選考を勝ち抜いてきたのである。そんな研修医たちのわずか10%しか、彼らがすでに勝ち得た研修ポストのオファーをとれなかったのである。

     いま、私が一緒に仕事をしているスタッフ・グレードの医師Aは、以前のスタッフ・グレードのHが産休のカバーをしてくれている。Aは医学部卒業後、約6年のキャリアがあり、数ヶ月前、中期研修を終えた。同僚からの信頼は厚い、優秀な医師である。Royal CollegeのMembershipの試験も一発でパスし、いくつかの論文も発表しており、経歴としては申し分がない。今回の選考では、ラウンド1aで、応募した4つのポスト全部(うち2つがロンドンのポスト)で1次選考を通った。ロンドンの1次の合格率が18%だったことを考えると、これはすごいことである。

     しかし、ロンドンのポストのオファーは来なかった。オファーがあった人と比べても経歴に劣るところはまったくなく、面接もうまくいったのに、なぜポストがとれなかったのか。彼は深く落ち込むとともに、ぶつけようのない怒りを感じている。

     このような例は、彼だけではない。Remedy UKのサイトでは、ラウンド1でオファーが来なかった人たちに、経歴を書き込むように呼びかけている(No Jobs in Round 1?)。これを見ると、なぜこの人にオファーが来なかったのかと思うような経歴が、ずらりと並ぶ。医学部を優秀な成績で卒業。国際学会での口頭発表に論文発表、臨床調査(audit)に医学教育、医学関係の修士号・博士号の取得、などなど。

     6月下旬からラウンド2が始まるが、研修ポストがどれだけ残っているのか、いまひとつはっきりしない。つまり、ラウンド1でポストをとれなかったということは、研修を続ける可能性がかぎりなく少なくなったことを意味する。

     オファーが来なかった医師たちは、この週末をどのような気分で過ごしているのだろうか。Remedy UKのフォーラムを見ると、8月から無職になる可能性をふまえて、今週末に、ローンを返済中の家を売りに出すという人が、少なからずいる。また、オーストラリアで研修を続けることや、医師以外のキャリアを模索する人たちもいる。

     運よくオファーをもらった人たちも、複雑な心境でいる。安堵したとはいっても、まわりを見渡せば、オファーをもらった人ともらわない人の能力の差がはっきりせず、素直に喜べないと思う。

     1万人を超える若い医師たちが苦悩し、裏切られたと感じ、傷ついている。イギリスの医療の将来を背負って立つ若い医師たちの記憶に、この傷はずっと残るに違いない。

     この負の遺産に8月以降、もっとも影響を受けるのは、言うまでもなく、患者たちである。

     最初の問題は、8月1日に起こると予想されている。ラウンド2は当初、7月いっぱいで終わり、8月1日にはすべての研修ポストが埋まっている予定であった。しかし、相次ぐシステムの変更で、これが10月下旬までずれこむことになる。研修医たちが8月1日に一斉に移動し、あちこちで研修医が足りずに、NHSのサービスがパンクする可能性がある。

     しかし、それよりも大変なのは、長期的なつけであろう。数年にまたがる世代の研修医の士気を、一気に下げてしまったのだから。一番の責任を負うべき政府と保健省は、今後、彼らの信頼をとり戻すことができるのだろうか。(とり戻そうという気があるのかどうか、疑わしいところであるが。)

    Wednesday, June 06, 2007

    ロンドン・オリンピックのロゴ

     昨日、2012年のロンドン・オリンピックの公式ロゴが発表された。オリンピックもパラリンピックも同じロゴで、競技や場面によって、さまざまな色の組み合わせのロゴを使うそうである。(TM London 2012 Olympic and Paralympic Games )

     発表会では、オリンピック委員会の委員長のセバスチャン・コーはじめ、お偉方たちが、「(ロゴは)斬新で、オリンピック精神を象徴し、ブランドに敏感な若者たちにアピールする」と、手放しで賞賛した。

     これを見た時の私の第一印象は「へ?」だった。まったくアピールを感じないのは、私がもう若くないせいなのかしら。

     こんな風に思ったのは私だけではないらしく、発表直後からあちこちで非難轟々で、すぐに「オリンピック・ロゴを変更するための請願」のページがネット上で立ち上がり、かわりのロゴ・デザインが投稿され始めた。たとえばこのようなロゴ(copyright James Wren)。

     また、オフィシャル・ロゴを組み替えて茶化している人たちもいる。個人的には、これがお気に入りである(sorry!)(copyright Clive Davis)。

     ロゴを含めたロンドン・オリンピックのブランド作成は、Wolff Orinという大手のブランド・コンサルタント会社が請け負った。その費用は40万ポンド(約1億円!)だという。セバスチャン・コーが直々にこの会社を指名したらしい。ちなみにこの会社、携帯電話のOrangeのマーケティングを担当している。個人的には、Orangeのロゴは好きである。

     ロゴの悪評にさらに追い討ちをかけるように、発表会の際に使われた動画に使われていた点滅光で、これまでに少なくとも18人がてんかん発作を起こしたそうである。ポケモン発作のようなものである。委員会はすぐに、オフィシャル・ページの動画を中止した。委員会側は、発作の原因はロゴそのものではなく動画であると、防戦に必死である。確かにそうなのだが、Ofcom(Office of Communication)が調査に乗り出したそうで、オリンピック委員会側はあまり分が良くない。

     Bookies(賭け会社)はさっそく、オフィシャル・ロゴが取り消されるかを対象にした賭けを始めたという。

     評判の善し悪しはともかくとして、みんなが話題にしているという意味では、ブランドとしての宣伝効果はものすごいと言えないこともない。

    Wednesday, May 30, 2007

    日本語訛り考–英語の発音5

     発音クラスのstage 1を始めたばかりの頃は、発音を訓練すれば、日本語訛り(ここでは「アクセント」の意味で使う)がなくなるのではないかという淡い期待を抱いていた。

     しかし、私のそんな期待は、すぐに砕かれた。発音はそんな簡単に矯正できない。それに、発音そのものは、訛り/アクセントのごく一部でしかない。「訛り」のなかには、発音だけでなく、文章の強弱や抑揚なども含まれる。

     それから5年あまり。今、日本語訛りのない、native speakerと同じような「きちんとした発音」で話したいかと聞かれたら、「相手に理解してもらえるよう、正確な発音に近づくように努力は続けるけれど、native speakerのように話せるようになるのが目標ではない」と答える。

     だいたい、「標準発音」など、もはやあまり存在価値がない。前にも書いたように、イギリスでは、生まれ育った環境で習得したアクセントを尊重する傾向が、どんどん強まっている。最近もっとも好ましいと受け取られるアクセントは、標準アクセントではなく、スコットランド訛りだそうである。

     また、英語が国際公用語の地位を動かぬものにした今、さまざまなアクセントの英語が話されており、外国人が英語を話す以上、アクセントはあるものだという認識が、誰にでもある。いい例が、インド人やアフリカ人、西インド諸島の人たちのアクセントである。彼らの英語には強いアクセントがあるが、慣れると、そのアクセントを聞き分けることができるようになる。(インド人は、出身地により、英語のアクセントも違う。私も、インド南部と中央部のアクセントの違いは、多少聞き分けられる。)

     ある友人は、観光でオーストラリアに行った際、オーストラリア人が彼の日本語英語を、びっくりするくらい「わかってくれる」ことに驚いたと言っていた。アメリカ人やイギリス人はわかってくれなかったと。オーストラリア人は、日本人の観光客と触れる機会が多い上、日本語の文法を知っている人が多いため、ジャパングリッシュが理解できるのではないかというのが、彼の解釈であった。

     そう、日本人は、「native speakerのように」などという無駄な幻想を捨て、日本語訛りの英語を堂々と話すべきだと思う。日本語訛りの英語がちまたにあふれ、その特徴が他の人たちに「認識」されれば、相手のほうがそれに合わせて聞き分けてくれるようになるからである。

     ただし、ひとつだけ、心がけたほうがいいことがある。日本語を話す時と同じような、小さな声で抑揚なく英語を話すと、まず、まったく通じないのだ。

     日本人のみなさん。相手をまっすぐ見て、大きな声で、顔の表情や身振りを豊かに、堂々と日本語訛りの英語を使いましょう。恥ずかしいと思うのはほんの一瞬で、すぐに慣れるのは、私が保証します。そして、しばらく続けると、必ず通じます。

    Monday, May 28, 2007

    やっと半分–英語の発音4

     発音クラスも5回目のレッスンが終わり、ちょうど半分が過ぎた。

     ここまで2回、クラスメートの前でプレゼンテーションをした。テーマに沿った文章を選び、みんなの前で話すのである。真っ先に手を上げてプレゼンテーションをしてしまう人もいれば、私のように、自信がなくてぐずぐずしているうちに最後のほうになってしまい、かえって緊張が高まってしまうような人もいる。

     ひとりがプレゼンテーションすると、講師とクラスメートが評価する。文章の強弱や抑揚、単語の強弱、個々の母音や子音の発音などが評価の対象になる。お互いに発音で苦労しているので、それなりに相手を気遣った言い回しをするが、それでもコメントはかなりシビアである。

     初めのテーマは新聞記事だった。私はGuardian紙から、南極への観光船がその環境に与える影響について報告した記事を選んだ。といっても記事が長かったので、初めの5パラグラフのみ。

     評価はまあまあ。流暢でほとんどの発音が正しかったが、話すのが早すぎる上、声が小さくて聞き取りにくかったという。とほほ。

     私はもともと、日本語で話すと、ひじょうに早口である。おもしろいことに、英語で話しても同じように早口になる。ただ、英語の語彙が豊富ではないし、文法も怪しかったりするので、話す早さに実際の英語がついてこなくて、しょっちゅういらいらする。

     「ゆっくりと響きのある声で話す」というのは、かねてからの努力目標であった。「"Consultant's voice"で話したいの?」などと、うちのチーム・リーダーに時々からかわれるのだが、男性コンサルタントが、回診の時など、よく響く深い声でゆったりと話すというのが、Consultant's voiceのステレオタイプのイメージである。時代遅れの保守派が口にしそうなステレオタイプに組みするつもりはまったくない。しかし、ステレオタイプにもいくらかの真理はあるだろうし、耳に優しいというのは、見た目が大事というのと同じように、やはり無視できないと思う。そんなわけで、ゆったりと説得力のある声で話したいとかねがね思いながらも、まったく果たせずにいた。

     わかっていたとはいえ、実際にクラス全体からいっせいに指摘され、いささかへこんでしまった。

     気を取り直して2つ目は、ジョーク。LaughLabというウェブサイトで見つけた、イギリス人がもっとも笑えるとして投票したジョークを選んで、プレゼンテーションした。

     「ゆっくりと大きな声で」と肝に銘じながら練習したおかげで、結果は、前回よりはずっとうまくできたし、オチではちゃんと笑ってもらえ、評価も上々だった。

     今後の課題は、もっと抑揚をはっきりつけること。

     日本語は、スタッカートのように音が細切れに聞こえるが、文章全体はひじょうに単調である。いっぽう英語は、音と音が切れ目なく続くように聞こえ、文章の抑揚がはげしい。この差は大きく、頭ではわかっていても、実際にできるようになるには、ものすごく時間がかかる。

     次回のテーマは「描写や事実」を書いた文章。これから少し練習しなくては。

    Sunday, May 27, 2007

    Judicial Reviewの結果

     Remedy UK vs 保健相のJudicial Reviewの判決が、23日に出された。

     Medical Training Application System(MTAS)のReview Groupの修正案(応募者全員が第1志望ポストの面接を受けることができる)の違法性を問うたJudicial Reviewの判決は、Remedy UKの敗訴であった。

     ラウンド1の結果がもうじき発表されることになっており、時間的な制約があることから、Remedy UKは控訴しない方針であり、判決は確定した。

     結果はRemedy UKの全面敗訴であったものの、裁判官は判決の中で、保健相が、MTASを準備不足のまま拙速に導入し、結果として大混乱を引き起こしたことを指摘し、違法ではないからといって、研修医たちにとって不公平でないわけではないと言っている。法の限界を暗に認めたわけだ。

     保健相のPatricia Hewittは、Judicial Reviewでは勝訴したものの、裁判の始まる前日にMTASを棚上げすることを決め、判決の翌日には、ラウンド2ではこれまでに準備されていたポストに加えて、新たに200のポストを加えることを発表するなど、それまでの強気の方針を変換せざるを得なくなっている。

     Remedy UKは、判決後の声明の中で、これまでの多方面からのサポートに感謝すると同時に、これからも医師のサポート組織としての活動を続けていくと宣言しており、場合によっては「組合」として機能することを示唆している。

     Remedy UKの動きは、BMAにとっては脅威に違いない。BMAはこれまで、「唯一」の医師の組合として存在してきた。しかし、MMC / MTASをめぐる不手際で、BMAに対する医師の信頼は、かつてないほど地に墜ちつつある。とくに、研修医のBMAへの不信感は強まるばかりである。今回のJudicial Reviewと、BMAの前議長のMr James Johnsonの新聞への投書は、何百、何千ものBMA会員の退会を引き起こしたと聞く。

     2つ目の医師組合。別に悪いことではあるまい。医師全体がひとつの組合のもと、団結行動できればそれにこしたことはないが、医師といってもいろいろあり、それぞれの利害が必ずしも一致せず、調整がうまくいかないことも少なくない。BMAがそれをうまく采配する機能を果たしてない昨今、新たな組合が登場し、競合が生ずれば、少なくともBMAの自浄作用を期待できるかもしれない。もちろん、両刃の剣であることは間違いないが。

     BMAが気がつかなければいけないのは、医師たちが、自分たちの声が届いている、自分たちの代表が自分たちの利益のために活動していると感じたからこそ、Remedy UKがここまで支持を得たということである。メディアの使い方も、BMAよりもずっとうまい。ウェブサイトはBMAのサイトよりずっと洗練されているし、プレス・リリースも、医師たちの共感を得られる内容である。

     研修医4人とそのうち1人の妻の5人で立ち上げた小さなグループが、仲間の支持を集めながら大きくなり、今ではスポンサー付きのロビー団体になった。自分たちに必要な利益保護団体がなければ作ってしまうというのは、さすが労働運動の国イギリスであろうか。

     この先Remedy UKがどのように発展していくのか、それとも支持を失ってしまうのか。MMC / MTASの推移ともども、見守っていきたい。

    Saturday, May 26, 2007

    祝100本目!

     これが100本目のエントリーである。早いもので、初めてのエントリーから1年と3ヶ月弱。ようやく100本目までたどり着いた。

     このブログ自体をセットアップしたのは、実は、そのさらに約1年前にさかのぼる。イギリスで初めて臨床の仕事を始めるにあたり、日々の出来事を記録しておきたいというのが動機だった。

     しかし、現実は甘くなかった。日常業務に慣れるのに精一杯で、とてもブログまで手が回らなかった。そもそも「日記をつける」ということにこれまで一度も成功したことのない私。続かなかった。

     それから約1年。私が仕事にも慣れ、コンサルタントになったことは、大きな変化であったが、それ以上に、日本でもイギリスでも、医師を取り巻く状況がものすごいスピードで変化し始めた。ブログの機能も、単なる記録としての場から、ネットワーキング、議論の場へと進化した。私も、及ばずながら、自分の知りうる範囲で、イギリスの医療について、イギリスで日本人が医療者として働くということについて、外の世界に向けて発信していきたいと思うようになった。また、外の人に向けて書くということで、自分自身が勉強せざるを得ない状況に追い込むことができるという利点もあった。動機が少し変化したら、不思議なことに、書き続けられるようになった。

     そんな折におこった福島大野病院事件。地球の反対側にいた私にとっても、考えさせられることが多かった。前後して、「日本の医療崩壊」が仮定の話でなくなる中で、よく「イギリスの医療崩壊」がとりあげられることに気がついた。多くの医師がブログや医師専用のウェブサイトで議論を繰り広げ、「このままではイギリスのようになってしまう」、「イギリスのようになるのは避けなければ」等々の言葉が見られるようになった。

     ひとつには、近藤克則先生の本の影響が強いのだろう。イギリスの現況と対比させながら、政府の医療費抑制政策に、きちんとしたデータをもとに反論を試みた立派な本であり、ひじょうによく書かれているが、なにせ2002-3年の情報が中心である。NHSで5年という時間は、ふた昔前に等しい。それからもいろいろなことが起こっているが、誰も追いかけようとせず、限られた、古い情報をもとに話をしている。

     もうひとつのネタ元は、インターネット上のNHSに関する悪評であろう。探せば山ほどある。しかし、ほとんどが、NHSで大変な思いをした人たちの主観的な描写であり、それらを全般化するのは無理がある。

     NHSはこの10年間、めまぐるしいほどの変化を経験してきた。ブレア政権が多額の税金を投入して試みたNHS改革は、あまりうまくいっていない。これは、日本のネット上にあふれているような、「サッチャー政権による医療費抑制によりいったん崩壊した制度は、なかなか改善しない」などという一文で簡単に説明できるものではない。原則無料のNHS制度へのイギリス国民の強い愛着、イギリス社会の構造的な問題(手厚い福祉、労働倫理、移民問題)、ヨーロッパ全体に強い労働衛生や権利意識の問題(European Working Time Directiveによる医師の勤務時間の制限)、政府が率先して進めている「New way of working(新しい働き方)」によりひきおこされている、職種間の軋轢、拙速・無節操な計画にもとづく相次ぐ「改革」によるスタッフの疲弊・無力感など、数えきれないほどの理由がある。また、それらにも増して、日々進歩する医療そのものにより引き起こされる問題(先進医療の要する人的・経済的コスト、医療倫理)が大きく影響していることを忘れるべきではない。

     そんな中でも、イギリスの医学教育、卒後教育のレベルは、あいかわらず高い水準を保っている。また、イギリス人(またはイギリスのシステムの中で働く人たち)の創造性(純粋な創造性だけでなく、いろいろな制限の中でやむなく創造的にならざるを得ない部分も含む)は、時に斬新なサービスを生む。

     こういった多様性のある善悪両面が「イギリスの医療崩壊」のひとことで説明されることを、常々残念に思ってきた。

     サッチャー政権のもとで加速したイギリスの医療制度の疲弊は、ある部分、日本の医療制度が今まさに経験していることと重なる。つまり、イギリスのここ10-20年間の歴史や現行の医療現場を知ることは、10年後の日本の医療制度を模索する上で、いい意味でも、反面教師という意味でも、またとないお手本になるはずである。

     浅はかにも、すぐに個人を同定されてしまうようなブログのアドレスにしてしまったので、自己規制が働き、これまで、わりとお行儀のいい記事を書いてきたように思う。ふだん毒舌でならす私としては、いささか物足りないと思っているのだが、なかなか、普段感じていることを記事の内容に反映できないでいる。世の中の動きがあまりに速く、私の頭の回転と筆の速さがついていかないせいでもある。

     そんなことをつらつら考えながら、200本目は、もう少し過激に、かつ建設的な記事になるよう、心がけたいと思う。

     ちなみに、うちの母は、律儀にも、たまにこのブログをチェックして、メールで感想を送ってくれる。目に見える読者が今のところ彼女だけなので、母親相手に書いている気がしないでもない。

     もし他に読んでくださっている方がいたら、ぜひ、コメントを残していってください。感想でも、イギリスの医療制度についての質問でも、記事に関するリクエストでも、何でもかまいません。どうぞよろしくお願いします。母には、会社の入社式についてくる過保護な母親に見えるから、コメントだけは残さないでくれるよう、頼んであります。

    Sunday, May 20, 2007

    さらなる辞任劇

     British Medical Association(BMA)のChairmanのMr James Johnsonが辞任した。辞任のきっかけになったのは、3月17日付けのTimes紙に掲載された手紙である。

     この手紙は、Mr Johnsonと、Academy of Medical Royal CollegesのトップのDame Carol Blackとの連名で出された。その中で彼らは、MTAS Review Groupの勧告案が「(修正しうる)最高の案」であるとした上で、Chief Medical Officer(CMO、政府のメディカル・アドバイザーで、国の医療や医学教育の方針を決める立場にある)の提唱する研修制度の改革を、引き続きサポートしていくとしている。

     これには、掲載直後より次々にコメントがついた。(さきほどTimesOnlineを見た時は512のコメントがついていた。)いずれも(といっても全部を読んだわけではないけれど)現場の医師からの反論で、Mr JohnsonとDame Blackの意見は医師の声を代弁していないと言っている。

     BMAスコットランド支部のコンサルタント部会も、この手紙の内容は部会の意見に反しているとする声明を出した。

     これに先立ち、水曜と木曜には、Remedy UKが起こしたJudicial Reviewがおこなわれた。関係者として意見を述べる機会を得たBMAは、Review Groupと政府を擁護する立場に立ち、Remedy UKの方針を批判した。研修医の多くはRemedy UKをサポートしており、BMAの態度は彼らの怒りを呼んだ。

     その直後にこの手紙である。ネット上の情報によると、この2つの「事件」により、BMAには何百もの会員からの退会の申し込みが相次いでいるという。

     これらの声に押され、Mr Johnsonは20日の夜、辞任を表明した。辞任の手紙の中で彼は、「Times紙の手紙は、BMAの幹部に相談せずに(独断で)発表した」ことを認めている。

     BMAは医師の労働組合的な組織であることになっている。しかし、コンサルタントとGPの利益擁護はするが、それ以外の医師たち(研修医や非研修ポストの医師たち)の立場はあまり鑑みないと言われてきた。ここ数年は、政府の顔色ばかりうかがっていて「誰のための組合か」と言われている。

     MTASが問題化した際も、研修医部会のChairがReview Groupに参加したものの、途中でReview Groupの案に反対して退出し、その後議論に復帰したと思ったら、今度は、研修医の総意を反映しない修正案に合意したりし、組合としての役割を果たしているとは言いがたい。実際、先日のイングランドの研修医部会の会合では、研修医部会の Chairに対する不信任案が提出された。(これは否決された。)

     MMC / MTASは、全員がハッピーになれる解決案を出すのが難しい問題であるのは間違いない。しかし、医師を「代表する」機関の代表がお上のほうばかり見て、現場の意見をすくい上げることができないのであれば、その機関の存在意味は、ない。このようなトップを抱える組合しか持てないところに、英国の医師たちの不幸の原因の一部がある。

     いっぽうで、既存の団体が役に立たなければ、新しいものを作って活動しようという機運はある。現場の医師たち、とくに研修医たちは、CambridgeのProf Morris率いるグループと、研修医が立ち上げたRemedy UKというグループを、彼らの声を代弁する団体ととらえている。Prof Morrisのグループは、Remedy UKの 3月の街頭デモの少し前、シニアの医師としては初めて、研修医たちをサポートする声明を公に発表した。その後も、インターネットでおこなった、医師を対象としたMTAS / MMCに関するアンケート調査の結果をTimes紙に発表したり、あちこちの医学雑誌にMTASを批判する声明を出している。

     くだんのMr JohnsonとDame Blackの手紙は、14日付けのTimes紙に載った、Prof Morrisのグループの手紙に対する反論でもあった。Prof Morrisらは、現在進行中の研修医の選考を中断し、新制度への移行を遅らせるなど、いくつかの修正案を提案している。推測だが、Mr JohnsonとDame Blackは、Remedy UKやProf Morrisのグループの動きを牽制し、自分たちが、自分たちがChairをつとめる「組織」の名の下に、大多数の医師の声を代弁していることを示したかったのだと思われる。

     前回、前々回の記事に続くが、インターネットや携帯電話により、情報の動きが桁違いに速くなっている。使いようによっては、ネットワークを形成し、意見を集約したり、機動的に動くのも可能になる。今回の一件では、Mr Johnsonは、新興勢力からの圧力をはねのけようと、メディアを使って反論を試みた。しかし、彼の「虚実」は、誰もが見ている前であっという間に明らかになった。みずから振り上げた刀の犠牲になったのである。

     もっとも、辞任する潔さが残っているだけ、まだましだと言えるかもしれない。MTAS問題に関わるビッグ・ネームの辞任は、彼で3人目。次は誰だろうか。

    Thursday, May 17, 2007

    対話するマスコミ2

     先週のObserver紙で、コラムニストのJasper Gerardが、前の週の自身のコラムの内容について謝罪した。

     謝罪することになったのは「Frankly, doctor, your bedside manner stinks(はっきり言って、先生、あなたのベッドサイドのマナーは最低です)」と題したコラム。この中で、Gerard氏は、BBCのQuestion Timeでの、ある研修医の言動についてとりあげた。

     Question Timeというのは、毎回政治家や活動家などをパネルに迎え、事前に受けつけた質問や会場からの質問にパネリストが答える形の討論番組である。

     この日は保健相のPatricia Hewittが出演しており、研修医の選考を巡るごたごたについての質問が彼女に集中していた。

     MTAS問題は保健相の責任問題、ひいては引責辞任に値しないのかと質問に対し、Hewittが、これは辞任するような問題ではないと返答している最中のことである。(英語がわからなくても、何が起こっているのかは一目瞭然です。年配の男性が司会のDavid Dimblebie、女性が保健相のPatricia Hewitt、若い男性が研修医Dr Phil Smithです。)

     Dr SmithがHewittにむかって「自分も含め、研修医たちは怒っている。(中略)Patricia、今すぐ辞任すべきだ!」と叫んだのである。

     コラムニストのGerard氏は、この発言を礼儀知らずと切って捨て、Dr Smithの医師としての資質を疑う人格攻撃のようなコメントをした。その上、MTASに対する研修医たちの抵抗を、研修医の雇用問題に単純化し、「医学教育を受けたからといって希望するポストへの雇用が保証されると勘違いしている」研修医を批判した。

     Observer紙のコラムニストが、TVに映ったほんの数分の姿だけを元にして、追加取材もなく、一個人の職業人としての資質に対するコメントを、数十万人の読者が目にするコラムに書くというお粗末さは言語道断だが、MTAS問題を、背景を知ることなく、単に雇用問題にすり替えるのも、大問題である。

     当然のことながら、このコラムにはたくさんコメントがついた。ほとんどが、Gerard氏の記事に対する反論であった。中には感情的なものやGerard氏の人格攻撃になってしまっているコメントもあったが、ほとんどは、きちんと反論しているコメントであった。

     そして次の週、Gerard氏は自身のコラムの中で、MTASによる選考の不公平さ、問題の大きさをきちんと把握することなく記事を書いたことに対し、謝罪した。彼は、記事にコメントをつけた人たちとのメールによるやりとりにより、問題への理解が深まり、自分の意思で自分の過ちを認めて謝罪する(編集者や弁護士に勧められたからではなく!)と書いている。

     対話する場はある。わかりあえることもある。そして、そのことを報告する場も、ちゃんとある。

    対話するマスコミ1

     海外にいる私にとって、日本の情報を得るための主な情報源は、インターネットのニュースや個人のブログなどである。多少改善されてきた感はあるものの、マスコミ、とくに大手の新聞の医療問題に対する報道姿勢には、嘆きを超えて、呆れることが多い。

     新しい「事件」が起こったとき、初期報道が常に、医師=悪者の構図でなされる。その後の経過の中で初期報道が事実を伝えていなかったとしても、それを検証・訂正する姿勢がまったくない。マスコミは「真実を伝える」という、本来の役割を放棄してしまっているとしか思えない。

     イギリスのマスコミを礼賛するつもりはない。しかし、新聞やTVが一斉に同じ方向を向いた報道をしないこと、マスコミが自身に対する批判や意見を受け止めるための公開の場を提供していることは、賞賛してもいいと思う。

     Guardian紙のオンライン・サイトには「Comment is free」というサイトがあり、Guardian紙とObserver紙(日曜版)のほとんどの署名記事にここからアクセスでき、読者がコメントを投稿できる。Times紙のWeb版TimesOnlineでは、署名記事だけでなく、一般の記事にもコメントを投稿できる。いずれも、事前に登録した読者に限定されている(登録は無料)が、登録してあるかぎり、編集者のチェックなしに投稿できる。コメントの内容については読者の良識にまかされおり、本当にひどいもののみ編集者によって消去され、投稿した人の登録が取り消されるようである。

     日本の掲示板やブログでは、新聞記事を転載し、その記事に関する意見をエントリーし、コメント欄を通じて討論がおこなわれる。基本的な討論の方法はThe GuardianやTimesOnlineと同じだが、肝心なのは、討論がマスコミの土俵でおこなわれるのか、別の場所でおこなわれるのかの違いである。

     討論がブログ上でおこなわれている場合、そこにアクセスした人しか、討論を目にすることはない。それ以外の多くの人たちは、そのような討論がおこなわれていることすら知らない。

     これが新聞のウェブサイトで、記事のすぐ下、同じ画面上で繰り広げられていれば、より多くの人たちが目にすることになる。記事を書いた記者やコラムニストは、反響に対し、対応する相手を選ぶことができなくなる。

     私が普段読んでいる日本の新聞で、読者からのコメントを幅広く受けつけているウェブサイトは、まだ見たことがない。

     医師の世界の閉鎖性や自浄作用のなさを非難し続ける日本のマスコミ。そっくり同じ言葉をお返ししたい。対話する方法は、すでにそこにある。使うかどうかは、あなたたち次第である。

    Wednesday, May 16, 2007

    MTAS退場

     いろいろと問題続きだったMedical Training Application System(MTAS)だったが、昨日、保健相のPatricia Hewittが、MTASを今後、専門医研修の選考に使わないことを公式に発表した。(MTASについては、3月の「迷走するMMC1-4」と4月の「MTASその後」に詳しく書いてあります。)

     現在、ラウンド1Bと呼ばれる、MTASによる最初の選考に漏れた応募者たちに対する追加の面接が進行中である。これは5月末までに終了し、6月頭に結果の発表、6月中旬までには、合格者の意思の確認が終わり、ラウンド1で募集された研修医のポストがほぼ埋まると見られている。ラウンド2のために研修医の全ポストの20%が用意されており、それらに加えてラウンド1で埋まらなかったポストについては、その後のラウンド2で募集される。今回の発表によると、ラウンド2以降、MTASは用いられず、旧来の履歴書を元にした選考が、各地域ごとにおこなわれることになるそうである。

     MTASの大混乱が明らかになったのが3月初め。3月9日におこなわれた、制度の見直し委員会の最初の会合で、MTASの不備が早々に指摘された。それでも政府は、これらの問題は新しい制度が始まる際にありがちな問題であり、ラウンド2までには改善が可能であるとか、来年以降は大丈夫であるという従来の主張を繰り返していた。

     しかし、4月下旬、セキュリティーの脆弱性のために応募者の個人情報が、部外者に容易に閲覧可能であることが発覚した(それもひとつではなく、2日続けて2件)のは、政府にとっては強烈な打撃になったようである。MTASは即座に閉鎖された。当初は、セキュリティーを強化し、数日のうちにサイトを再開する予定であった。しかし、結局、内部調査を経て、セキュリティーの違反は警察に届けられた。そして、昨日の発表へとつながった。MTASサイトは、各地域のDeaneries(卒後研修の責任機関)のみしかアクセスできないようになっている。

     Patricia Hewittの声明で、MTASは今後は選考のためには使われないが、Deaneriesが選考の経過を「モニター」するために使われることになるとされている。役に立たないシステムを使って何をモニターするのか、そのモニターが信用できるのか、大いに疑問である。これは、多額の税金を投入して立ち上げたシステムを、たった一度使っただけでお蔵入りさせるわけにはいかないという、政府の体面を保つための策であるというのが、新聞のコメント欄やブログによると、おおかたの見方のようである。

     Hewittの声明は、何を今さらという感じである。MTASが役に立たないのは、数ヶ月前からわかっていたことである。もっと言ってしまえば、募集が始まるずっと前から、あちこちから警告されていたのである。まあそれでも、わかりきっていたこととはいえ、政府が公式にそれを認めたというのは、わずかながらの前進と言えないこともない。

     さて、ラウンド1であるが、混乱は続いている。面接に行った研修医たちからは、選考の科や面接時間・場所の取り違えなどの問題が山ほど報告されているらしい。ロンドンの追加面接では、Deaneryが、面接に参加してくれるコンサルタントを集めるのに苦労している。

     さらに、Remedy UKが保健相を相手どり、MTASによるラウンド1の選考の合法性を問う、Judicial Review(裁判官による審問)を起こした。今日と明日の2日間、高等法院で聴聞が開かれる。結果のいかんによっては、今後の成り行きがまったく変わってくる。

    研修医の選考に関するJudicial Reviewはこれが2件目である。最初のReviewは、今年の初めにおこなわれた、BAPIO(British Association of Physicians of Indian Origin)が保健相を相手どって起こしたものである。外国人医師の応募をVisaの種類と滞在許可の長さによって制限するという通達の合法性を問うReviewであった。結果は政府側に有利な判断が出たものの、BAPIO側に上訴する権利が与えられたため、政府は、上訴審の判断が出るまで、当初の応募条件を実施するのを保留せざるを得なくなった。このため、外国人医師の今回のラウンドでの応募が可能となり、応募者が政府の予想を大幅に上回る一因になったとみられている。

     このMTAS騒動、まだまだ先行きが不明である。今回のRemedy UKのReviewの結果がどちらに転んだとしても、負けた側が上訴するのは目に見えている。BAPIOの上訴審は10月末に予定されている。新制度が始まる8月に、NHSから一斉に研修医の姿がなくなるという話も、冗談でなくなるかもしれない。

    Friday, May 11, 2007

    秘書さんはアクトレス

     今日、新しい秘書さんが来た。私の仕事に関する事務業務を主にやってくれる、medical secretary(医療秘書)である。

     うちのトラストSLaM では、すべてのコンサルタントに0.5人分の医療秘書がつくことになっている。コンサルタント2人で1人の秘書ということになる。また、コンサルタントは、個室のオフィスを使えることになっている。これらは、コンサルタントが本来の業務に専念するために必要な、快適な職場環境や事務的補助を提供するという、「新契約制度」に組み込まれている条件を満たすためのものである。

     昨年、今の仕事を始めた直後は、私には秘書がいなかった。産休中だったのである。1ヶ月後、彼女は産休から復帰した。しかし、1週間後、日中に子どもの世話を頼んでいる人の親戚が亡くなり、その人が戻るまでの3週間、子どもの世話をするために3週間の年休を取った。年休が終わる直前、息子が重病にかかっていることがわかり、介護休暇をとった。そして、そのまま続けてストレスによる抑うつ状態で長期の病欠に入ってしまった。そんなこんなで、私専用の秘書さんはずっと不在だった。チームの秘書さんや、リハビリテーション部門の中の他のチームの秘書さんがカバーしてくれたのだが、十分ではなかった。

     秘書や受付などの事務スタッフは、Centre Co-ordinatorと呼ばれる、各建物に配置されている、シニアの事務スタッフが管理する。欠員があれば、臨時職員を手配するのも、Centre Co-ordinatorの仕事である。

     ところが、私と、秘書ポストをシェアするもうひとりのコンサルタントが別の建物で仕事をしているため、このポストは2人のCentre Co-ordinatorの下にあって管理系統が複雑である。その上、1人は産休と育休、もう1人は欠員でどちらも不在という、どうにもならない状況になっており、誰も私の秘書の手配はしてくれなかったのである。

     誰もしてくれなければ自分で強行突破するしかないというのは、NHSで生き抜くための基本である。ようやく重い腰を上げ、私は自分で臨時職員の申し込み用紙を書いて、手配を始めた。

     待つこと2週間。私の都合のいい曜日に来てくれる人が見つかり、さっそく、この金曜から来てもらうことにした。ここまですべて電話連絡のみ。私は彼女の名前しか聞いていなかった。

     そして今日。時間通りに彼女はやって来た。(よかった、来てくれて、と、ほっとした。)若くてきれいで、感じのいい女性である。

     秘書さんの机は、長いこと誰も使っていなかったので、物置と化していた。「悪いけど、机の片付けが最初の仕事になるね」などと言いながら、建物の中を案内したり、大雑把な仕事の内容を伝えたりした。

     で、次の質問。ここに来ない時はどうしてるのか、聞いてみた。「I'm an actress.」なんと、国際映画祭に出品するショート・フィルムの撮影に参加しているという。そう、私の秘書さんは、俳優さんでもあるのだ。

    Wednesday, May 09, 2007

    発音記号–英語の発音3

     英語は綴りと発音が必ずしも一致しないので、発音をきちんと学習するためには、発音を正しく表記する記号を覚える必要がある。これが発音記号である。そう、辞書を引くと出てくる、あれである。(Dictionary.comより。/で挟まれた赤字が発音記号。)

     stage 2を修了した時点で、International Phonetic Alphabet(IPA)の英語の発音記号をきちんと使えるようになっているはずである(と講師のJが力説していた)。私は、stage 2を終わったばかりの頃は、わりと使いこなせていたような気がするのだが、5年もたったので、忘れてしまっている。これまでの3回のレッスンで少し勘がもどってきたものの、まだまだである。

     それぞれの音(母音も子音も)に、ひとつの発音記号が割り当てられている。diphthong(2音から成る母音)は2つ、triphtohng(3音の母音)は3つの記号を続けて書く。英語のアルファベットと同じものが多いが、中にはアルファベットを逆さまにしたものや、ギリシャ文字に似た記号もある。アルファベットにまったく存在しない、へんてこな記号もある。

     この発音記号、Unicodeでcodingされている。これをコンピュータで簡単に入力する方法がないものかと探してみたら、SIL International(旧the Summer Institute of Linguistics)という機関のNon-Roman Script Initiative(NRSI)という部門が、役に立つツールや情報を提供しているのを発見した。

     IAP-SIL keyboardを使うと、Macのキーボードを使って発音記号を入力できる。Charis SILDoulos SILというフォントは、すべてのIPAの記号をカバーしている。

     さっそく、インストールし、マニュアルをにらみながら使っている。

    Monday, May 07, 2007

    口に黄金–コンサルタントのお給料のおまけ

     1948年にイギリス政府がNHSを始める際、コンサルタントたちは、国が管理する「無料」の医療制度で働くことに難色を示した。医師がいなければ医療制度は開始できない。そこで、当時の保健相Aneurin Bevanは、コンサルタントたちに高給を保証し、NHSの発足に協力するよう仕向けた。そして、Bevan自身が「(I) stuffed their mouths with gold(口に黄金を詰め込んだ–そして黙らせた)」と言ってのけたという。

     イギリスの医師はお金のためだけに働くのか。おそらく答えはノーである。2002年に新契約制度の初めの案が投票にかけられた時、コンサルタントたちは63%の反対多数で案に合意しなかった。20%の大幅昇給を蹴ったのである。背景には、新契約案により、コンサルタントが、NHSのマネージャーや政治家たちの牛耳る「組織」の一員として取り込まれることへの反感、医療のレベルを維持することよりも政府の到達目標を達成するために使われることへの拒否感、そして、マネージャーや政治家たちへの徹底した不信感があったと言われている。20%の昇給よりも、医師の主体性を維持することを選択したのである。(BMJのeditorialに考察があります。)

     私は2006年1月からコンサルタントとして仕事をしているので、新契約制度のもとで契約を結んでいる。新米なので平均給与には遠く及ばないが、日本の公立病院の勤務医と同じか、やや多い程度の額を得ている。コンサルタントは、Responsible Medical Officer(RMO、責任担当医)として、多大な責任を負う立場である。この責任の重さと、快適と感じる生活を維持できる収入、仕事以外の生活を楽しめるwork-life balanceを天秤にかけて、今の収入は、まあ、妥当なレベルかと思う。

     しかし、給料が旧契約制度並みの25%減だった場合、同じように感じるかどうかは、難しいところである。反対に、とんでもない時間(夜中や早朝)に働かなくてはいけなくなったり、政治家が設定した(量的)達成目標を果たすことを主たる業務と義務づけられたり、マネージャーの提案にノーと言えないような立場に置かれることと引き換えに、25%の昇給を提案されたら、未練なく断ると思う。

     翻って、大臣が「医師の勤務実態はたいしたことがない」と言ったどこかの国。かの国で精神科医として働いているある友人は、総額で言えば、私よりも稼いでいる。しかし、馬車馬のごとく働いている彼曰く、「時給換算したら、先生(私)の時給のほうがずっと高い」そうである。彼や、勤勉に働く日本の医師たちが、仕事の内容と責任に見合った給料を要求することができる日は、来るのであろうか。それよりもなによりも、医師にも労働基準法が適応される権利、正当な報酬を要求する権利があると、社会があたりまえに認める日は、くるのだろうか。はるか彼方から、見守っている。

    Sunday, May 06, 2007

    コンサルタントのお給料

     先日、National Audit Office(NAO、国立監査局)"Pay Modernisation: A new contract for NHS consultants in England"と題する監査レポートを発表した。2003年に合意された、コンサルタントの"new contract(新契約制度)"の支出と、それに伴う変化が本来の目的を果たしているかどうか、検証している。

     コンサルタントの給料の大枠は国レベルで決まっており、それをもとに、各NHSトラストが地域の実情に沿って、コンサルタントと契約を結ぶ。勤務年数によってグレードが上がり、それに伴って基本給が上がる仕組みになっている。

     "old contract(旧契約制度)"と呼ばれる、従前のコンサルタントの契約の大枠は、1948年にNHSが発足した時からほとんど変わっていなかった。コンサルタントは、契約している(はずの)労働時間をはるかに超える超過勤務を強いられていた。また、コンサルタントの給与レベルは他の先進国に比べて低く、コンサルタントの士気の低下、海外への流出、プライベート・プラクティスの増加につながっていたとされている。

     New LabourのNHS改革の一貫として、政府は2000年に、医師の組合(British Medical Association、BMA)との話し合いを開始した。新契約制度は、コンサルタントのworking livesを改善するいっぽうで、NHSの医師に対するコントロールを強化するという目的があった。究極のゴールは、コンサルタントによるNHSサービスの質とアクセスを向上させることであった。

     2002年に政府とBMAが合意に至った新契約制度案は、しかし、コンサルタントによる投票で、イングランドでは賛成37%、反対63%で却下された。(スコットランドとウェールズでは可決された。)2003年に政府とBMAの話し合いは再開され、一部が変更された新契約制度案は、再度の投票で、賛成60.7%で可決され、実施に移された。

     新制度では、コンサルタントの勤務時間・内容が明確に規定されることになった。コンサルタントは、「job plan」と呼ばれる、年間の勤務予定ならびに達成目標、週間勤務予定表を設定し、勤務するNHSトラストと合意しなければならない。目標の達成度はappraisal(勤務査定)を通じて評価され、昇給に影響する。

     基本となる勤務時間は、4時間を1セッション(PA–programmed activities–と呼ばれる)とし、週10セッション。必要に応じて最大2PAの上乗せができる。10PAのうち、最低7.5PAをDirect Clinical Care(臨床業務–書類仕事は含まない)に割かなくてはならない。プライベート・プラクティスは、勤務するNHSトラストの業務に支障をきたさない範囲でおこなえる。しかし、プライベート・プラクティスをおこなうにあたり、まずNHSに自由になる時間を提供する義務がある。緊急以外の時間外やオン・コールの業務は、通常業務とは別に、事前の合意があった場合に限って契約に含まれるかわりに、報酬は通常レート(通常より高いプレミアム・レートではなく)で支払われることになった。

     当時、コンサルタントは週50時間以上働いていると主張していた。しかし、政府は、業務内容をNHSの臨床業務に限れば、実働時間はずっと少ないと見積もっていた。また、わざとwaiting listを長くし、患者をプライベート・プラクティスに誘導しているコンサルタントとか、ゴルフに行くために手術をキャンセルするコンサルタントが少なからずいると、本気で思っていたらしい。(実際にいくらかはいたらしいが。)job planによって実際の仕事の内容を透明にすれば、コンサルタントがNHS業務に割く時間は増え、waiting listは減り、NHSの生産性は向上すると考えた。

     ところが、新契約制度が実施されると、早々に政府の思惑は外れた。当初、政府は新契約制度に伴う新たな支出に対して3年間で5億6500万ポンド(当時のレートで1088億円)を見積もっていたのだが、これでは足りず、1億5000万ポンド(289億円)の追加支出を余儀なくされた。NAOのレポートによると、84%のトラストが、追加支出でもまだ足りず、トラストの予算の中でやりくりせざるを得なかったという。(この予定外の支出が、一昨年、昨年のNHSの大赤字の原因の一部という分析もある。)

     この大規模な支出により、コンサルタントの平均給与は3年間で27%増の109,974ポンド(2657万円)になった(うっそー!ほんとにこれが「平均」?–これは私の独り言です)。

     成果のほどはどうであろうか。プラスの点としては、64%のNHSトラストで、新契約制度により、コンサルタントの仕事のマネジメントが向上したと考えている。コンサルタントの数も3,250人増えた(2005年9月時点で総勢31,990人。しかし、人口比では他の先進国に比べるとまだ少ない)。コンサルタントがプライベート・プラクティスに割く時間はわずかに減少した。

     マイナスの点は、Direct Clinical Careに割く時間が2004年の平均74%から2005年の72.6%に減少した。トラストのマネージャーもコンサルタントも、サービスの向上と新契約制度とは無関係と考えている。待機時間は減少したが、これも、多くののマネージャーやコンサルタントは、新契約制度とは無関係と考えている。

     NAOは、サービスの「生産性」に関しては、まだ時期尚早とし、判断を示していない。

    興味深い数字がいくつかあった。新契約制度開始後2年間で、コンサルタントの数は13%増加したが、コンサルタント主体のサービスは4%しか増加していない。また、コンサルタントの勤務時間は、週51.6時間から50.2時間と、わずかに減少した。これらの数字は、コンサルタントの給与以外にもさまざまな要因が関わっている上、分析の仕方によって意味合いがまったく異なってくると思う。

     これらをもとに、NAOは、新契約制度の交渉に際し、政府はコンサルタントの労働時間に関する十分なエヴィデンスを持っていなかった。そのため、労働実態が過小評価され、政府は新契約制度に必要な予算を正確にはじき出すことができなかったと結論している。

    さらにレポートでは、政府が今後新しい政策を検討する際、現在の状況に対する正確な評価に基づき、(新政策の導入に伴う)すべての可能なシナリオについての財務モデルを作成して検証するべきだと提言している。

     政府の見通しの甘さは、コンサルタントの給与に限らず、New Labourのすべての医療政策の失敗(または大赤字)のたびに指摘される。NHS共通のITシステムの導入や、Private Finance Initiative(PFI)と呼ばれる、民間資金を導入した治療センターの設立でも、政府は当初の見積もりを大きく超える支出を余儀なくされ、大幅な支出増に見合った結果はまったく得られていない。

     メディアは、27%の昇給に対し、サービスの向上がわずか4%しかない、という点を強調して報道していた。「コンサルタントが高給をとっているくせに仕事をせずにけしからん」という論調はまったくなかったものの、NAOのレポートで強調されている、政府のplanningへの提言がかすみがちになっているのは、物足りない感がある。

    Saturday, May 05, 2007

    バンク・ホリデー

     この週末は、6日の月曜がEarly May Bank Holidayのため、3連休になる。

     バンク・ホリデーというのは、日本の「国民の祝日」のようなもので、学校も仕事も休みになる。イングランドには、1年間で合わせて8日しかない。

    • New Year's Day(1月1日)
    • Good Friday(復活祭の金曜日)
    • Easter Monday(Good Friday直後の月曜日)
    • Early May Bank Holiday(5月第1月曜日)
    • Spring Bank Holiday(5月最終月曜日)
    • Summer Bbank Holiday(8月最終月曜日)
    • Christmas Day(12月25日)
    • Boxing Day(12月26日)

     バンク・ホリデーはもともとその名のとおり、銀行(バンク)が休みの日のことである。法的には「休日」ではないのだが、伝統的に、銀行が閉まるとすべてのビジネスが操業できなくなることから、慣習として、国民全体の休日になっているそうである。

     Wikipediaによると、1834年までは、イングランド銀行には年間、33の休日(各聖人の祝日、宗教関連の祝日)があった。しかし、1834年、銀行の休日は、(慣習的にすでに祝日と考えられていた)Good FridayとChristmas Dayと、それ以外の4日の休日に減らされた。1871年、Sir Lubbockにより、Bank Holidays Act 1871という法律が制定され、国民の休日が制度化された。Sir Lubbockはクリケットの熱狂的愛好家であったため、銀行に勤める人たちはクリケットの試合に参加できるよう取りはかるべきであると考え、伝統的に各村の対抗戦がおこなわれる日をバンク・ホリデーに定めたという。(おそらく5月と8月のバンク・ホリデーを指している。)

     現在のバンク・ホリデーは、1971年に制定されたBaking an Financial Dealings Act 1971によって定められている。

     日本では、国民の祝日は15日ある。この話をするたび、イギリス人は「そんなに休めるのか」と驚く。ヨーロッパの他の国に比べて、イギリスの祝日の数が少ないため、もっと祝日を増やそうという動きもあるようである。もっとも、祝日などなくても、休暇や病欠をきちんととるお国柄なので、わざわざ祝日を増やさなくても、必要な休日は取っていると思うのだが。

    Thursday, May 03, 2007

    標準的発音–英語の発音2

     発音のクラスでは、Received Pronunciation(RP)と呼ばれる、イギリス英語の標準的発音を学習する。

     イギリスは、出身地や出身階級により、発音が違う。独特の発音は「アクセント」と呼ばれる。ちなみに、これは方言(dialect)とは違う。方言は文法や語彙の違いで、アクセントは発音の違いである。

     RPは長いこと、「正しい英語の発音」の地位を保っていた。RPは、地域特有のアクセントのない「標準的発音」であるが、もともとは、ロンドンからイングランド南部に住む、寄宿制の私立学校(public school)で教育を受けた人たちが使うようなアクセントが元になっているとされている。20世紀中頃までは、教育の高さを誇示するためにRPに「矯正」するのが普通だったらしい。また、BBCのアナウンサーたちはみなRPを話していたので、RPはBBC英語とも呼ばれていた。しかし1970年代以降、生来のアクセントを尊重する傾向が強まり、RPは「標準的発音」としての地位を失いつつあると言われている。BBCのアナウンサーも、最近では、強いアクセントで話すアナウンサーが多い。

     さて、このRP。単母音が12(短母音7、長母音5)、2音の母音(diphthong)が8、3音の母音(triphthong)が5ある。日本語には母音が5つしかなく、多少の音の違いに対して許容度が高い。私にとっての「ア(ー)」も、英語では4つもある。(/で挟まれているのが発音記号。太字の記号が「ア」の音を示す。)

     英語の子音は24あり、日本語では使われない音がいくつもある。私が「ル」と日本語で言うと、英語の/l/になったり/r/になったりする。'light'と'right'は違うのだが、カタカナ英語ではどちらも「ライト」である。

     英語の母音は、口唇の開き加減(ほとんど閉じた位置、半閉じ、半開き、大きく開く)と舌の高さ(上、やや上、中央、やや下、下)、舌の前後の位置(前、中央、後ろ)の3つの要素によって規定される。子音の発音には、口唇、歯、歯槽、硬・軟口蓋、口蓋垂(のどちんこ)、舌、声門といった器官が関与し、音によってどの器官をどのように使うかは異なる。これらの器官を正しく使いこなせるよう鍛錬するのが、発音クラスの意図するところである。

     体の筋肉同様、発音器官の筋肉も怠け者で忘れっぽい。常に鍛えておかないとすぐに怠けて、慣れ親しんだ母国語の発音用の筋肉の使い方に戻ってしまう。英語をたくさん話すと、口唇、舌や口のまわりの口輪筋が筋肉痛になるのは、よくあることである。

    Saturday, April 28, 2007

    発音のクラス–英語の発音1

     先週から、English pronunciation: stage 3のクラスに通い始めた。City Litというアダルト・エデュケーション・センターで週1回、19時40分から2時間、10週間のコースである。

     stage 3は一番上のグレードである。stage 3を受けるためには、City Litでstages 1と2を修了していなければならない。私は、2001年にstages 1と2のクラスを続けてとったので、5年半のブランクを経てのstage 3である。2001年当時は、stage 3のクラスはなかったのだ。いずれ始まるという話はあったもののなかなか実現せず、いつのまにかチェックするのを忘れてしまっていた。

     半年ほど前、ふと思い立ってCity Litのホームページをのぞいてみたら、なんと、stage 3があるではないか。早速面接に行き、その足で申し込みをした。stages 1と2は、いくつかクラスがあるが、stage 3はひとつしかない。定員は12人なので、早く申し込まないとすぐに満員になってしまうのである。

     stages 1や2を取った時は、申し込み自体がこんなに簡単にはいかなかった。私が外国人で、イギリスに来てまだ2年目だったからである。アダルト・エデュケーション・センターは教育機関なので、国から補助を受けている。そのため、イギリス人とEU出身者が優先される("home" studentという)。イギリス国籍のある人でも、3年間イギリスを離れていると、home studentではなく、"overseas" student扱いになる。overseas studentは、home studentだけでコースの定員が埋まらなかった場合に限り、home student用の学費で受講できる。どうしてもhome枠に割り込んで受講したければ、home用の3倍の学費を払わなくてはならない。

     もっとも講師側も慣れていて、同じコースでいくつかクラスがある場合、空きができそうなクラスを教えてくれ、見学用のパスをくれる。それを持って初回の授業に参加し、次回からは、空いている席にhome studentのかわりとして受講できるようになるわけである。

     私はフル・タイムの仕事をしており、すでに英国滞在が3年を超えていることもあり、今回はhome studentとして問題なく登録できた。そうでなければ、ひとつしかないクラスを受講できる可能性は、ほとんどゼロだっただろう。

     さて、この発音のクラス、これまでに挑戦してきた数々の英語学習法の中でも、一番学習効果が得られたものである。2001年の半年間、このコースで発音を学習したのが、その後の英語上達の土台になっている。効果がすぐに目に見えてあらわれたわけではなかったが、あの半年がなければ、その後の上達はなかったと思う。

     講師は、5年前と同じJ。登録した時は、クラスが始まるまでに復習しておこうと思っていたのだが、なにもしないままに半年経ってしまった。まあ、徐々に思い出すだろう。楽しみである。

    Friday, April 27, 2007

    MTASその後

     MMCの迷走はその後どうなってしまったのだろうか、と思っている方がいるかもしれない。指導医たちが、MMCが予定通りに開始されるという前提のもと、研修の評価法を巡って議論しているかたわらで、研修医の選考を巡る迷走は、依然として続いている。

     MTASのチーフのProf Alan Cockardに続いて、4月5日には、MMCのNational Clinical AdvisorであったProf Shelley Heardが辞任した。保健相のPatricia Hewittは、ラジオのインタヴューで、ついに、研修医たちに対して謝罪の言葉を口にした。

     緊急見直し委員会が3月22日に発表した案により、応募資格を満たす応募者全員が、第1志望のポストの面接を受けられることになった。現在、新たな面接(ラウンド1Bと呼ばれている)の日程の調整をしている。ロンドンでは新たに5,000人を面接しなくてはならないとかで、面接場所や日程の調節に加えて、面接にあたるコンサルタントの確保におおわらわのようである。SLaMのコンサルタントのところにも、ロンドン・ローテーションのDeanからのメールがまわってきて、ボランティアで面接員を引き受けてくれるように呼びかけていた。

     British Medical Association(BMA)によると、34,250人が18,500の研修ポストに応募したとされている。15,750人が研修ポストにつけない計算になる。Department of Health(DH)は一貫して、そんなに職にあぶれる医師が出るわけがないと言い続けてきた。しかし、先日リークされた文書によると、DHは10,000人の研修医が研修ポストにつけないとみて、善後策を練っているらしい。政府のお得意の予測によると、この10,000人の多くは非英国/EUからの医師となるそうである。英国/EU出身で研修ポストにつけない医師はわずか500から1,300と推定し、優先して対策をたてるつもりでいるらしい。(つまり、非EUの人は知ったこっちゃないということである。)これだけでも問題ありなのだが、さらに、DHは、これらの研修医をVoluntary Service Overseas(VSO)を通じて、海外に派遣することを考慮しているらしい。VSOはボランティアで海外に行く医師のための組織であって、研修ポストの不足を補うものにはなりえないと思うのだが。

     British Medical Associationのアンケートによると、回答した648人の研修医のうち、4.5%の研修医がすでに海外からの仕事のオファーを受けており、55%は、もし研修ポストがとれなければ、海外にポストを求める、44%が医学以外の分野で仕事をさがすと回答している。非研修ポスト(スタッフ・グレードやトラスト・グレード)についてもよいと回答したのは、3分の1に過ぎない。

     MTASは、研修医の選考という本来の目的のためには、すでに無用のものと化してしまっているが、面接日程の調整や応募者への連絡には、これまで同様に使われていた。登録している応募者は、MTASのアカウントを持ち、パスワードで保護された個人のメール・ボックスを通じて、面接の日程や選考結果についての連絡事項を受け取る。

     ところが、先日、2つのセキュリティ・エラーが見つかった。ひとつは、MTAS内でメール・ボックスにアクセスすると、URLに2桁の数字が表示される。この数字を変更すると、パスワードがなくとも、他人のメール・ボックスの情報にアクセスが可能になるというエラーである。もうひとつは、ネットで出回ったある特定のURLを打ち込むと、MTASのサイト上に保存されていた、Foundation Training 1の応募者のリストにアクセスできるというもの。このファイルには、住所や電話番号、犯罪歴、sexual orientation、宗教といった個人情報が含まれていたという。どちらも、呆れて口も聞けなくなるほどお粗末なミスである。

     このセキュリティ・エラーは、新聞やTVで、派手に報道された。MTASのページは即座に閉鎖され、DHは、謝罪と言い訳の混じった声明を出した。

     MTASは現在、「厳重なセキュリティ・チェックのために一時的に閉鎖」されており、4月30日に再開されるそうである。しかし、今後の連絡はどのようにしてとるのであろうか。全員の面接の日程の調整が終わったわけではないと聞く。ラウンド1Bの面接は来週から始まるというのに。DHのお粗末な仕事に振り回される研修医たちが、ほんとうに気の毒である。

    Monday, April 23, 2007

    帰国売りの本

     日本語の本を8冊、帰国売りで購入した。しめて11ポンド(2600円)。悪くない買い物であった。

     「帰国売り」というのは、イギリス滞在を終えて日本に帰る人たちが、不要品を処分するのに売りに出すことをいう。日系のスーパーマーケットに設置してある掲示板や、インターネット上の掲示板に広告が出ている。私は、UK Mumbo and JumboMixBなどを定期的にのぞいている。

     受け取りに行く手間を考えると値段が割高だったり、人気があるものはすぐに売り切れてしまう。それでも、7年の間に10回近く、帰国売りで買い物をした。炊飯器や変圧器、プリンター、バランスチェア、組み立て式ラック、旅行のガイドブックなどである。

     本は、なかなか難しい。1-2冊だと、わざわざ受け取りに行くのは面倒。いいと思うと値段が不満だったり、すぐに予約済みになったり。

     今回は、8冊もいいと思うものがあったのと、受け取り場所が歩いて行ける距離だったので、早速連絡したら、運よく、8冊とも手に入れることができた。

     日本語の本は貴重である。日系の書店で新品を買うと、日本の正規の値段の3倍近くする。アマゾンで買って送ってもらうという手もあるが、送料がばかにならない。日系の古本屋もあるが、あまり安くない。

     ふだんは英語の本を読んでいるが、さすがに日本語を読むほど早くは読めない。体調が悪いとき、頭がうまく回らないとき、気分が沈んでいるとき等は、読むスピードががくっと落ちる。ときには、頭が英語をまったく受けつけなくなる。そんなとき、日本語の本は、いい。活字大好き少女(今では活字大好きおばさん)は、本を読んでさえいれば、幸せな気分になれるのだ。

     イギリスに来た初めの年、日本が恋しくなるどころか、ロンドン生活を最大限に楽しんでいた。ところが、秋口、突然のホームシックに襲われた。気分はどんどんうしろ向きになるばかり。どうしようもなくなり、ある日、ジャパンセンターに行き、値札など見ずに文庫本を10冊ほど買いあさり、数日間、部屋にこもって本を読み続けた(仕事には行ったけれど)。これくらいで解消できるホームシックなのだから、かわいいものである。

     日本に帰るたびに、スーツケースに入るだけ文庫本を運んでくるのだが、1-2ヶ月で全部読み切ってしまう。非常用に取っておかなくてはと思いつつ、なかなか自分を律しきれず、ついつい手がのびてしまうせいである。いざ必要になった時に後悔したことは、数知れない。今回の8冊は、大事に取っておかなくては。

    Saturday, April 21, 2007

    洗眼

     アトロピン事件で目の大切さを痛感して以来、朝の洗眼を日課にしている。左右それぞれ30秒ずつ。すっかり習慣になり、朝のシャワーの前には洗眼というのが儀式化している。きたる花粉症の季節にも、症状の軽減に役立つのではないかと期待している。

     洗眼液は、Optrexというメーカーのものを使っている。日本で愛用していたアイボンに比べると爽快感が足りないのをのぞけば、文句はない。

     問題は、洗眼用の容器である。

     左がイギリスのもの。右が、アイボンの付属容器。(ずっと使っているので、やや年季が入っている。)

     日本製のものは、左右非対称で、内側よりが一番くぼみが深く、外側にいくにつれてカーブが緩くなっている。これを使うと眼窩にびたりとはまる。

     イギリスのものは、左右対称で、くぼみが浅い。これで洗眼すると、外側から液がこぼれてくる。いくつかのメーカーのものを見てみたが、どれも形は似たり寄ったりである。

     私の顔の凹凸が足りないせいかと思い、とびきり彫りの深い友人に、両方とも試してもらった。イギリス製のものは、容器の外側の端が目の外側ぎりぎりにくるように使うと、かろうじて中の液体がこぼれない。しかし、容器が軟組織にあたって不快だという。日本式のものは、液もこぼれないし、使い心地がいいと言っていた。

     彼ほど彫りが深くない人たちは、この容器でどうやって洗眼しているのだろうか。不思議である。

    Thursday, April 19, 2007

    指導医研修その2

     昨日の研修では、Royal College of Psychiatrists(王立精神科学会)から、新制度の立ち上げに関わっているコンサルタントが2人来て、SLaMのコンサルタントたちに、評価制度の枠組みが決まるまでの背景、評価制度の大枠の説明をした後で、全員で模擬面接ビデオを使って、mini-Assessed Clinical Encounter(mini-ACE)の練習をした。mini-ACEでは、研修医は15−20分程度かけて患者の面接をする。

     ST3の研修医という設定の男性医師が、俳優さんが演じる、大量服薬で自殺を図った女性の診察をしている。評価項目は下記の7点。

    • History taking
    • Mental state examination
    • Communication skills
    • Clinical judgement
    • Professionalism
    • Organization/efficiency
    • Overall clinical care
     評価者は、それぞれの項目について、各項目ごとのST3の到達レベルと採点基準のマニュアルをもとに、1-6段階で評価する。総合で4というのが合格ラインである。ビデオをじっと見る人、メモを取る人、マニュアルをちらちらと見る人。みな真剣だった。

     それなのに、結果はといえば、笑ってしまうほどにばらばらだった。総合点は2から5まで割れ、半数がこの研修を合格とし(4以上)、半数が不合格(3以下)とした。研修医のパフォーマンスから得る印象は、みな似たり寄ったりのようなのだが、点数化するとまったく一致しない。ちなみに、学会の模範評価は、総合点2の不合格だそうである。

     公平性と一貫性をどのように保つのかが大きな課題であるということで、全員が一致した。

     ほかに問題点として指摘されたのは、誰が評価するのが一番客観性が保てるかという点である。WPBAは、他の試験同様、試験の場でのパフォーマンスが唯一の評価の対象になる。自分が指導する研修医を評価すると、評価がどうしても甘くなるのではないかという意見が出された。直接の指導医以外のコンサルタントが評価するほうがいいのかもしれない。

     そして、一番の課題は、時間である。忙しい臨床現場で、どのように評価の時間を取るのか。学会から来たコンサルタントたちは、通常の1時間のスパーヴィジョンで十分こなせると言っていたが、不安は残る。

     新制度が始まる8月まであと4ヶ月もない。今後も指導医研修は続くそうである。

     余談であるが、ビデオに出演した医師は、オックスフォードの後期研修医で、パフォーマンスの程度をあらかじめ指示されて「演技」したそうである。彼の臨床能力が不合格のレベルなわけではない、近い将来、仕事の面接で彼をインタヴューすることがあったら、あれが彼の実力とは思わないように、と、学会からきたコンサルタントは念を押していた。

    Wednesday, April 18, 2007

    指導医研修その1

     今日の午前中は、コンサルタントたちの研修があった。Modernising Medical Career(MMC)による新制度での研修医の評価方法についての、指導医の研修(Training for Trainers)である。

     新しい研修制度では、精神科の研修医は、ST1からST6までの6年間の一貫研修を受ける。最初の3年間は一般精神科の研修、ST4と5は精神科内での下位専門研修(司法精神科、児童精神科等)、最後の1年間はコンサルタントになるための準備期間と位置づけられている。研修は、各competency(習得必須項目とでも訳すのでしょうか)ごとに、それぞれのグレードにおける到達目標が設定されている。達成度は、Workplace-Based Assessment(WPBA、仕事現場での評価)と呼ばれる、実地試験によって評価され、到達目標を達成できなければ次のグレードに進めない。

     WPBAと並行して、これまでどおり、筆記とOCSE(Objective Structured Clinical Examinations、-仮想設定による-構造的臨床能力試験)、面接によるmembership試験も、引き続きおこなわれる。

     WPBAの導入の背景には、臨床能力が、アカデミックな知識や仮想的状況での試験でしか評価されておらず、実際の仕事現場での仕事ぶりや他職種スタッフとの協調性についての評価が欠けているという、現行制度に対する反省がある。

     WPBAの主なツールは次の8つ。

    • Directly Observed Procedural Skills for ECT (DOPS)
    • Mini-Assessed Clinical Encounter(mini-ACE)
    • Assessment of Clinical Expertise (ACE)
    • Case-based Discussion (CbD)
    • Multi-source Feedback (MSF)
    • Patient Satisfaction Questionnaire (PSQ)
    • Case Presentation Feedback (CP)
    • Case Conference Feedback (CC)
     DOPSは、電気けいれん療法の手技についての実地試験。min-ACEとACEは、実際の患者を設定された時間内に面接し、面接態度や面接の内容を評価する試験。CbD、CP、CCは、担当患者の症例提示や症例検討と指導医からのフィードバック。MSFとPSQは、同僚や患者からの評価である。

     これらの評価項目は、同僚や患者からのフォーマルな評価を除けば、研修医のスーパーヴィジョンを通して、現在でも日常的におこなわれている。WPBAは、これらをシステム化し点数評価して、研修の必須条件とする。

     WPBAはすでに、初期一般研修にあたるFoundatio Trainingでは導入されており、STでは次のローテーションから導入される予定である。新制度開始を前に、各科の王立学会は、専門医研修のカリキュラムを確定するのに忙しい。王立精神科学会は、中でも準備が進んでいるほうらしい。それでも、各グレードのどの時期に、どの評価を、どのような頻度で行うかについては、まだ最終的に決まっていない。評価尺度の有用性や妥当性は、現在パイロット・プロジェクトが、10のモデル地域で進行中で、予備的解析結果がようやく出始めたところだという。新制度は、8月から始まる予定なのでは?あと4ヶ月もない。(こんなことで驚いていては、イギリスで仕事はできない!)

    Sunday, April 15, 2007

    Farmers' Market

     Marylebone(マリボーン)にあるFarmers' Market(ファーマーズ・マーケット)に行ってきた。マーケットにはたまに行くが、ファーマーズ・マーケットはこれが初めてである。

     ファーマーズ・マーケットというのは、産地直送の食材を、生産者自身が店頭に立って売るマーケットである。普通のマーケットと異なり、The National Farmers' Retail & Markets Associationによる、商品の生産場所や加工方法等の諸条件をクリアした生産者だけが、出店を許される。

     ロンドンには現在15のファーマーズ・マーケットがあり、マリボーンのマーケットは、その中で一番大きい。

     「食」がマイブームなのだから、ファーマーズ・マーケットに行ったことがないなんて、許されない。おまけに、半袖で十分なほど暖かい、散歩日和である。天気がいいのでお昼になると込むに違いないと踏んで、10時前に家を出た。(マーケットは日曜の10時から14時しか開いていない。)

     マイバッグをぶら下げて、日曜の朝の静かなSohoを抜けてOxford Streetを歩くこと30分ちょっと。着いたところは、地下鉄のBond Street駅から数ブロック北に行った、Cramer Streetにある駐車場。20あまりのストールが並ぶ。

    (通路がそんなに広くないので立ち止まって写真を撮ることができず、写真の出来はよくありませんが、せめて雰囲気だけでも伝わるでしょうか。)

     どれもこれも見るからにおいしそうで、質を考えるとひじょうに安い。果物や加工食品のストールでは、嬉しいことに味見ができる。牡蠣をその場で殻を剥いて食べさせてくれるストールもあった。もちろん、牡蠣も食べたし、味見もたくさんした。

     バッグ2つ分の野菜と、ヤギのチーズ、チューリップの花束を買い、重いバッグを抱えながら、また30分歩いて家に帰った。次回は、車輪付きの買い物バッグを用意しなくては。

    Saturday, April 14, 2007

    土曜の朝の訪問者

     朝10時半、フラットのドアを軽くノックする音がした。ドアを少しだけ開けてのぞくと、工具を腰に下げたおじさんが立っている。「Coralから頼まれて来たんだけれど、お宅のキッチンの窓から外に出させてほしい」と言う。

     昨夜帰宅すると、フラットの入り口に手書きのメモが残っていた。「Coralに連絡ください。あなたと話す必要があります」とある。Coralというのは、フラットのある建物の隣にある、スポーツ専門のブックメーカーである。私は賭け事は弱いので、これまでに足を踏み入れたこともない。何ごとかと思いすぐに降りてみると、店は閉まっていて、「システムの不都合で早じまいします」と貼り紙がしてあった。

     で、今日。エンジニアのおじさんに聞くと、昨日、お店で突然シグナルが入らなくなり、復旧作業のため、ケーブルとディッシュを点検しているとのこと。なぜかディッシュはうちのフラットの「バルコニー」の端に取りつけてあり、うちのキッチンからしかアクセスできない。「なにしろ今日は大事な日だから、 (システムがダウンして)Coralはパニックになっている」と、笑う。あ、そうか。今日は Grand Nationalの最終日であった。(Grand Nationalは、リバプール郊外のAintreeで行われる、イギリス最大規模の障害競馬。)

     何せ土曜日の午前中。パジャマのままでのんびりしていたところである。でも、うちのキッチンが唯一のアクセスなら、しかたがない。外で待ってもらう間に着替えて、入り口を開けた。我が家は土足厳禁なので、靴を脱いでもらいたいと伝えると、おじさんは気持ちよく聞いてくれ、靴を手にバルコニーへ。

     バルコニーと言っても、人間1人分の幅しかなく、ふだんは鳩がうろうろしている程度で、私はこれまで、家の前を通るチャイニーズ・ニューイヤーのドラゴンの写真を撮るのに一度出たことがあるだけである。キッチンの小さな窓から這い出て(この窓も、腹這いにならないと通れない)作業すること15分ほど。おじさんはチェックを終えて戻ってきた。ディッシュは問題なかったという。

     もし必要があったら、また来るかもしれないと言って、おじさんは帰っていった。律儀にも、バルコニーからキッチンに戻る時はもう一度靴を脱いでくれる、気の利くおじさんだった。

     その後、何の連絡もないが、システムは復活したのだろうか。

    Friday, April 13, 2007

    食の大切さ

     このところ、「食」がマイブームである。

     イギリス生活も8年目に入り、嗜好もだんだんに脱日本人化してきて、肉がいっぱいの食事に抵抗が少なくなってきた。また、冬の間に、活動性が落ちるのと反比例するかのように食べる量が増えたので、胃が膨らんだ。怖くて体重など測れない。エイジングも重なり、おばさん体型まっしぐらである。このままではまずい。

     そこで、イースター休暇の旅行のあとから、食生活改善に励んでいる。まずは胃を縮ませるべく、野菜と果物を中心の食事にかえた。外食もやめて、毎日家で山盛りのサラダを食べている。ついでに、コーヒーと紅茶もやめて、ハーブ・ティーにかえてみた。

     食生活改善プロジェクト4日目の朝。寝起きがものすごくいいことに気がついた。目覚ましが鳴る前に目が覚めて、そのまますっとベッドから出られる。こんなのは何年ぶりだろう。

     人口の20%強が肥満のイギリスであるが、その一方で、食に関心のある人も多い。両極端なのである。後者の中では、宗教的な理由なしに、魚は食べるが肉は食べないフィッシュタリアンや、肉も魚も食べないヴェジタリアンがたくさんいる。有機栽培(オーガニック)の食材も人気が高く、オーガニック・ショップはどこも大人気で、新しいショップがあちこちに開店している。本屋には、「体にいい」食に関する本があふれている。

     数年前には、炭水化物を減らしてタンパク質をたくさん取るという、アトキンス式ダイエットが流行した。最近の「体にいい食事」のトレンドは、野菜と果物である。これらをたくさん食べて、適度な量のタンパク質(肉や魚、チーズ)とナッツを組み合わせ、炭水化物は、精製されていないものを少量に抑えるというのが理想らしい。

     日本では、基本9品目をバランスよく食べるとか、1日30品目を食べるなどが推奨されている。果物は単糖類のため、あまりたくさん摂らないほうがいいとされている。この違いは、日本とイギリスの食生活の違いだけでなく、体質のためでもあるのだろう。

     イギリスに住んでいて、日本式を完全に貫くのは現実的には無理である。郷に入っては郷に従えなので、「Food Doctor Diet Club」という本を買ってみた。10人の肥満の人が4週間、Food DoctorことIan Marberの作ったレシピに従って、ダイエットするのである。4週間分のレシピと、1週間ごとのそれぞれの体験談が載っている。ちなみに、体験談はまったく役に立たない。なにしろ10人の体重は76kgから139kgである。次元が違う。レシピの一部は役に立ちそうではあるが、レシピどおりの量で食べていたら、私の体重はかえって増えるかもしれない。

     このマイブーム、ブームで終わらせず、定着させたい。両親と暮らしていた頃、スーパー主婦の母は、食事もおやつも手作りがほとんであった。また、常々、適当な量、適当な組み合わせの食について語ってくれた。(彼女がスーパー主婦だったため、私の家事能力を向上させる機会が奪われたというのが、いつもの言い訳である。)私に必要な「普通の食事」は、私の体にしみ込んでいるはずである。これを多少イギリス式にアレンジし、私なりの「いい食べかた」を続けることができて、結果としておばさんへの進化を遅らせることができれば、言うことなしである。

    Thursday, April 12, 2007

    Girls' Night Out

     ゆうべは、4人(私も含む)の女性コンサルタントのお食事会に出かけた。題して「Girls' Night Out」。4人とも、 SLaMの各区のレジデンシャル・ケアを担当するチーム(placement team)のコンサルタントである。

     SLaMの4つの区の中では、サザック区が一番早く、5年前にplacement teamを立ち上げた。Mは設立時からのコンサルタントである。続いて、ランベス区が1年ちょっと前、クロイドン区が去年の9月に専門チームを立ち上げた。ルイシャム区は現在立ち上げの準備中で、Sがローカム・コンサルタントとして仕事をしている。

     食事会のきっかけは、私とMのおしゃべりだった。数ヶ月前、リハビリテーション研究会で顔を合わせた際、そういえば、クロイドン区にもplacement teamができたし、ルイシャム区も立ち上げの準備をしているという話になった。ようやく全部の区にplacement teamができるわけだけれど、お互いの交流がまったくないのもおかしな話。クロイドン区のコンサルタントのSは、去年まで、Mの下の研修医だったし、私はルイシャム区のSと知り合い。わざわざ「コンタクト」するほどの手間もいらない。たまたま、全員女性。一度全員で会って情報交換するのも悪くない。

     ということで、私がオーガナイザーを買って出た。MとSに小さな子どもがいるのでお互いの都合を合わせるのが大変だったが、ようやく、お食事会にこぎつけた。

     仕事を離れたお食事会なのだけれど、仕事の話で大いに盛り上がった。それぞれがSLaMの一部であり、似たような役割のチームなのに、実際のシステムは、区ごとに驚くほどに違う。区と区の間の連携はまったくない。お互いに、他の区のチームやコンサルタントの立場に驚いたり、同情したり、助言しあったり。チームの話だけでなく、人事のゴシップもまざり、時間はあっという間に過ぎた。

     最後は、今年中にもう一度集まろうと約束し、また、近いうちに各区のデータを持ち寄って比較してみようと決めて、お開きになった。

     1回の楽しい飲み会はおそらく、何十回の会議よりも、情報交換やコミュニケーションを深めるのに役に立つ。コンサルタント同士のコミュニケーションがよければ、異なる区やサービスの間で、患者に関する問題がこじれた時に、コンサルタントたちが協力して、舞台裏で、解決にポジティヴな影響を与えることができることもある。常にサービスの責任範囲や予算等の縛りにあっていて、区と区の間の諍いに巻き込まれざるを得ないplacement teamにとって、これは、重要な点である。

     職場を離れて、ビールやワインを飲みながら、少しだけ本音を見せあうという機会の重要性は、万国共通のようである。先日、リハビリテーション精神科のコンサルタントたちの間の雰囲気が悪くなったとき、Tが提案したのは、みんなで飲みに出かけることだった。しかし、個人主義・家庭第一主義が徹底しているこの国では、コンサルタントたちが仕事のあとで気軽に連れ立って飲みに行く機会は、あまりない。研修医はもっと頻繁に飲みに行っている。コンサルタントになると、ほとんどみんな家族持ちだというのが、一番の理由なのだろうか。オーガナイザーの意気込みやメンバーの顔ぶれ次第なのだろうけれど。

    Monday, April 09, 2007

    イースター休暇

     6日から9日までのイースターの4連休は、好天に恵まれた。

     Rushtonという小さな村に2泊の小旅行に行ってきた。ぶらぶらと散歩するのと、本を読むだけで、2日はあっという間に過ぎてしまった。

     Rushton Villageは、ロンドンから電車で1時間ほど。Northamptonshireにある小さな村で、延々と続く丘陵、牧草を食べる牛、羊、馬といった風景が広がる、まさにイングランドの田舎である。

     村には、よく手入れされた庭つきの平屋建ての大きな家が並んでいる。ロンドンに住む人たちのセカンド・ハウスなのだそうだ。ロンドンからそれほど遠くなく、かつ、こじんまりとした雰囲気のいい村であるため、週末になると、ロンドンの人たちが「週末だけの田舎暮らし」をしに、ベンツに乗ってやってくる。(ほんとうにベンツが多かった。)

     仕事柄、平均すると月に1回は、電車に乗って田舎に出かける。それなのに、実際に田舎に滞在したのは、今回が初めてだった。鳥のさえずりと牛や羊の鳴き声を聞きながら、庭のサン・ベッドに寝転がって本を読む。いい息抜きになった。

    Thursday, April 05, 2007

    ジェネリック クロザピン

     以前に「クロザピン」という記事で書いたが、クロザピンは、難治性統合失調症への有効性が確認されている、唯一の抗精神病薬である。稀ではあるが致死的になりうる副作用があるため、定期的な血液検査が欠かせない。イギリスでは1992年の再認可以来、ノヴァルティス社のクロザリル(商品名)が市場を独占していた。

     2004年8月、イギリス初のジェネリック・クロザピンである、デンフリート社(Denfleet)のデンザピン(Denzapine)が認可された。認可に至るまでは、ノヴァルティス社がネガティブ・キャンペーンをして公正取引委員会の調査を受けたり、有力な医師や薬剤師がジェネリック・クロザピンの信頼性を疑問視する論文を発表したりと、賑やかだったらしい。3ヶ月遅れて、アイヴァックス社(IVAX)がザポネックス(Zaponex)を発売した。競合品の出現により、クロザピンは薬価とモニターのための費用を引き下げた。

     クロザピンは、原則として、精神科のコンサルタントしか処方できないため、薬価はすべて精神保健トラストが負担する。(他の薬の場合、病状維持のための処方が決定したら、GPに処方を戻し、費用は一次ケア・トラストが負担する。)患者1人にかかる年平均の費用(薬価およびモニター代)が約3,000ポンド(約70万円)である。

     ジェネリック・クロザピンの認可以来、クロザリルからジェネリック品に切り替えるるトラストが徐々に出始めた。主たる狙いは、支出削減である。なにしろ、300人の患者がクロザピンを服用しているとすると、年間900,000ポンド(約2億円)の負担である。

     デンフリート社とアイヴァックス社は、クロザピンの薬価を当初のクロザリルより低く設定し、さらに、クロザリルから切り替えるトラストに割引価格を提示している。(公式には、クロザリルとデンザピンの薬価は現在はまったく同じ、ザポネックスの100mg錠は他よりも約30%安い。)2004年に、クロザリルからデンザピンに切り替えたNorfolkの精神保健トラストでは、280人の患者のクロザピンに関する年間費用を、800,000ポンドから400,000ポンドへと削減できたという(Bazire & Burton. The Pharmaceutical Journal 2004; 273: 720-1)。

     SLaMでも、この3月下旬より、クロザリルからザポネックスに切り替えた。切り替え作業は昨年の秋頃から始まり、約半年がかりの作業であった。クロザピンを服用している患者、処方するコンサルタント、処方薬局、血液検査をするクリニックと、すべてが登録制であり、これをひとつの漏れもなく、ノヴァルティスのシステムからアイヴァックスのシステムに移さなければならないのだ。切り替えプロジェクトの担当者と薬剤師たちは、大変だったことと思う。

     変更から約3週間。今のところ、変更にまつわる問題は、何も報告されていない。

    Sunday, April 01, 2007

    衣替え

     ブログの装いをかえてみた。

     シンプルなブログ機能さえあれば十分と思ってBloggerを選んだ時には、テンプレートが充実しているかどうか、チェックすることなど考えもしなかった。Bloggerはβ版から正規版に進化したのだが、テンプレートの品揃えは進歩していない。フリーで配布されているBlogger用テンプレートにも、なかなか気に入ったものが見つからない。しかたなく、あるものから選んでcssに少し手を加えてみた。休暇中に、こんなことをやって喜んでいるのもどうかと思うが。

     このブログを書き始めてから、1年ちょっと経った。どうせ三日坊主になるのではないかと思っていたのだが、まだ続いている。その理由のひとつは、昨年のCPD (Continuing Professional Development、生涯教育)のpeer group meetingで、ブログを書いていることをカミングアウトしたことである。日本人の読者を対象に、イギリスの医療制度についてエッセイを書くためには、自分が勉強しなければいけない。これは十分に医師としての生涯学習にあたると主張したら、すんなり受け入れてもらい、ブログを書くことが私のCPDの一部として認められた。

     ブログを書くために、たくさん読んだり調べたりしたことは、私自身にとってひじょうに有意義であった。時には猫やスナフキンの話へと脱線もしているが、これまで書いてきたエッセイのうち、約3分の2がイギリスの医療制度にまつわる話題である。まだまだ書きたいことはあり、blog ideasという名前のファイルには、20以上もの項目が書き留めてある。

     衣替えを機に、コメントとトラックバックもオンにした。これまでは、時間もないし、書いている内容に自信もないことから、私が書き散らかすだけの一方通行にしておいた。2年目は、コメントによって生まれるコミュニケーションを楽しむくらいの余裕ができればいいと、思っている。

    Saturday, March 31, 2007

    呉越同舟−迷走するMMC-4

     MMC/MTASの混乱に端を発し、政府の方針に反発した医者たちは、各方面から相次いで声明を発表し、12,000人の医師(とそのサポーターたち)がWhite Coat Marchに参加するという形で、医学界の団結を示した。

     しかし、この団結は必ずしも一枚岩ではない。主役たちにはそれぞれの事情がある。

     Marchを企画したのは、4人の研修医が立ち上げたRemedy UKというグループである。MarchはMTASの混乱の始まるずっと前に企画されたのだが、MTAS騒動に重なり、医師の意思表示の重大な場へと発展した。

     これに便乗したのが、British Medical Association(BMA、イギリス医師会)である。BMAはMMCに反対してきたらしいのだが、政府に相手にされなかったりして、力不足が指摘されていた。MTASの混乱に乗じ、BMAはMarch直前に新聞に一面広告を出した。Remedy UK主催によるMarchを告知すると同時に、自分たちは1年以上も前からMTASの準備不足を警告していた、と宣伝した。Marchでも、独自のプラカードを多数用意していた。

     BAPIO(British Association of Physicians of Indian Origin)は、イギリスで働くインド人医師たちの会である。彼らも、BAPIOの横断幕とプラカードを掲げてMarchに参加した。そこには、外国人医師(International Medical Graduates、IMGsーEU以外の外国出身の医師を指す)の権利を守れというメッセージが込められている。

     昨年の4月、移民法が変更され、EU外から英国に来る医師は労働許可証が必要とされるようになり、Permit-free training visaで研修の準備や実際の研修をすることができなくなった。イギリスの医学部の卒業者の増加とEUからの研修医の流入により、研修医が十分に確保できるようになったため、非EU国からの医師に対する優遇措置が不要になったのである。この時点で、多くのIMGsが帰国を余儀なくされた。主にインド亜大陸とアフリカからの医師である。

     IMGsのSHOの多くは、Highly Skilled Migrant Programme(HSMP、高度技術者移住プログラム)というヴィザ所有者である。これは、専門技術をもつ外国人の移住を促すためのヴィザで、当初1年有効のヴィザが発効され、実績によって延長が可能である。

     ところが、MMC新制度への移行に先立ち、DHは、IMGsは研修期間をすべてカバーするヴィザを持っていないかぎり、STポストへの応募資格なしとしたのである。HSMPを持ってSHOとして働いていた医師たちの多くがこの条件にひっかかり、応募できない状況になった。

     これに対し、BAPIOが、DHとHome Officeを相手に、Judicial Reviewを起こした。高等法院でのヒアリングはMTASの募集開始より少し遅れて始まり、判決は募集締め切り後に出された。かなりの混乱があったが、結局、MMCは、もしBAPIOの訴えが退けられた場合に応募資格がなしとされる医師たちにも、とりあえず応募することを認めた。

     判決では、BAPIO側の訴えは、一部を除いて退けられ、DHとHome Officeの勝訴であった。BAPIOは判決を不服として、上訴することを表明した。判決の翌日、DHは、上訴審の結論が出るまでは、対象となる医師たちにSTへの応募資格を与えることを発表した。

     これには哀しいサイド・ストーリーがある。判決が出る2ヶ月前、この訴訟の原告の1人であるインド人医師が、Home Officeからヴィザの更新拒否・国外退去の通知を受け取り、自殺している。

     HSMPヴィザ保持者が応募を認められたことで、MTASの混乱は大きくなった。HSMPヴィザ所有で今回応募した医師の数ははっきりしていないが、かなりの数にのぼると見られる。その上さらに、旧東欧のEU出身者が多数応募したと見られ、システムのオーバーロード、競争の激化に拍車をかけた。

     これに面白くないのは、イギリス出身者たちである。自分たちはイギリスで生まれ育ちイギリスの医学部を卒業したのに、自国で研修できないのはおかしい、IMGsは自分たちの国にもどり研修するべきだというわけである。

     さらに、Mums4Medicsである。これは、研修医の母親や家族たちが立ち上げたグループで、今回の騒動で影響を受けるのは、研修医たちだけでなく、彼らの家族も同様である、と主張し、積極的にロビー活動をしている。

     美しき家族愛と感動するのは、少し単純すぎる。家族愛の裏には、これまでに自分の子どもたちの教育に時間もお金もかけたのに、ここにきて、研修も終わらないうちに失業の危機というのはどういうことだ、という怒りがある。

     保守党党首のDavid Cameronも、騒動を大いに利用している。Marchを前に、Cameronは自身のサイトWebCameronのvideo talkでまずこの問題を取りあげ、Marchの際には演説した。同じ日の午後に駆けつけた党大会では、演説と、その前後に自身が研修医たちと語らうvideoを流し、医師たちを人間らしく扱え、とぶち上げた。この背景には、医学生や研修医を子どもに持つ中産階級・保守層の両親たちからの圧力があるという話もある。

     各王立学会も、それまでは一貫して政府やMMCに協力する姿勢だったのに、MTAS以降は、次々にMTAS/MMCを批判する声明を発表した。一部ではさらに批判の度を強め、MMCの見直しまで踏み込んだ声明を出した学会もある。学会にとっては、政府に完全掌握されそうになった研修制度を、少しでも学会の手にとりもどす絶好の機会である。

     このように、それぞれの思惑はかなり食い違っている。唯一、根底に共通するのは、「このままでは医師という職業に対する信頼性を維持できない」という危機感である。(Cameronがこの危機感を理解・共有しているとは思えないが。)ここで医師たちが仲間割れしたら政府の思うままで、何も達成できないので、違いは違いとして受け止めながらも、一致している部分によって団結を維持するべきだというのが、今のところの雰囲気であろうか。

    優秀な研修医を選ぶとは–迷走するMMC-3

     今回のMMC/MTASによる研修医の選考をめぐるごたごたは、8,000人の研修医が競争に敗れて職を失う可能性がある、などという単純な問題ではない。

     DHは当初、研修医たちからの批判に対して、「競争なのだから選に漏れる人が出るのもやむを得ない」と反論していた。新聞の投書欄でも、「医学部を出たからといって、職が保証されていると思うのはまちがいだ」というような、非医療者からの意見もあった。

     しかし、これらは的外れである。今回もっとも大きく影響を受けたのは、すでにSHOとして働いている中期の研修医たちである。彼らは旧制度での競争を勝ち抜いて研修ポストを手に入れ、何年も研修を積んできた。この世代の研修医たちの4分の1が、当初の選考で2次選考に残らなかったといわれている。ロンドンのSt Thomas'病院のICUでは、6人のSHOのうちひとりも1次試験に通らなかった。SLaMの一部のMaudsley病院でもGuy's & St Thomas'病院でも、精神科研修医の4分の1以下しか、ロンドンの研修ポストの面接に呼ばれなかった。

     特定の世代の医師の4分の1が研修を続けられないならば、ポストの配分や選考方法自体がまちがっていると言わざるをえない。

     今回の選考には、Medical Training Application Service(MTAS)という、全国一律のコンピュータ・システムが使われた。応募する研修医たちは、このシステムに、個人の研修歴等の基本情報、Discrimination Questionnaireへの解答(コミュニケーション技術、ストレス対処力、チーム・ワークといった「人間性」をはかるための質問に対し、それぞれ150字以内のエッセイを要求される)、レフェリーとなるコンサルタントの名前等を打ち込み、応募する。

     レフェリーを依頼されたコンサルタントたちは、MTASのレファレンス用の画面で、研修医の資質に関して与えられた質問にyesかnoで答える。通常の推薦状のような、コンサルタントの自由な意見を述べる場は与えらなかった。

     これらの応募書類は、コンサルタントや非医療従事者から成る採点チームにより、応募者を匿名化し、標準化された採点方法により採点された。個人の履歴とDiscrimination Questionnaireはそれぞれ独立して採点され、相互に参照することはできなかった。つまり、採点者は、ある研修医のストレス対処法について、これまでの研修歴やスーパーバイザーからの評価を知ることなく、評価せざるを得なかったわけである。

     また、応募者の履歴の内容に比して、Discrimination Questionnaireの得点が相対的に高く重み付けされた。たとえば、PhDを持っていても1点加算されるだけだが、Discrimination Questionnaireでは、それぞれの質問で最大4点加算される。

     採点はコンサルタントに非医療従事者が混ざって行われ、採点の標準化の準備が不十分だったと言われている。また、採点の地域差も多く、さらには、一部の地域では、採点基準が締め切り前にリークされた。

     人間性豊かで臨床能力の高いコンサルタントに育つような研修医を選考するという目的には、何の文句もない。選考にコンサルタントだけでなく、非医療者も参加するべきだというのもうなづける。問題は、その方法である。アカデミック面での評価が桁違いに低いのも気になる。たしかに、研究一筋で臨床能力の低い医師というのもいるが、一般的には、アカデミックな面での達成度は、能力を測る有力な尺度であることは否定のしようがない。

     研修医を選考するにあたり、どの面をどうやって評価するのが一番いいのか、難しい問題である。旧来の方法では、公平性、透明性、地域差等のさまざまな弊害があったことは事実であろう。しかし、そんな中でも、優秀な研修医を得るべく、積み重ねられてきた方法というものが確かにあったのだと思う。

     私の経験では、研修の履歴はかなり正確な判断材料となる。履歴の中身を実際に面接に来た本人の言動と照らし合わせると、かなりの情報が得られる。(もっともこれは、書類選考に残った人の情報だけで、書類選考に残らなかった人の情報は得られないため、バイアスがかかっている。)

     いっぽう、応募用紙の一部にある本人のフリー・ライティングは、あまり役に立たない。本人が「意欲あふれ、チーム・ワークが得意な医師」かどうかは、こちらが面接で判断することであって、わざわざ本人に自己申告してもらうことではない。唯一役に立つのは、作文の内容が、応募している仕事の内容に合致しているかという点である。違うポストへの応募書類からコピー&ペーストして作ったのが明らかな応募書類を見ることがある。応募するポストによって、内容をよりふさわしいものに変えるくらいの気の利かない人が、仕事で気が利くことは、まず期待できまい。

     推薦状にしても、二者択一式では微妙なニュアンスを伝えることができない。推薦状を書く側は、よほどのことがないかぎり、悪いことを書くことはできない。(negativeな評価を書く場合は、確固とした理由と証拠も書くよう求められる。)そのかわり、コンサルタントたちは、文章のニュアンスや推薦状の長さによって、自分がどれだけ熱意を持って推薦状を書いているかを示すことにより、研修医がどれだけ優秀か伝えるのである。

     こういった「アナログ情報」をまったく利用する余地がないように、MTASは設定された。これが果たして公平で透明な選考方法なのだろうか。応募者の履歴や評価者の知恵よりも、コンピュータ画面に現れた150字の作文を重視し、作文の内容が表しているはずの「人間性」を評価することなど、できるのだろうか。

    Friday, March 30, 2007

    政治的「裏」事情−迷走するMMC-2

     MMCおよびMTASは、医師の研修を全国一律化・標準化し、公正・透明な選考・評価を行ういう目的のために導入された。

     旧来の研修制度における専門医研修の選考・評価は、公平ではない。ひとつのポストを巡って数十から百人を超える応募があり、選考する側の負担が大きく、その方法は標準化されておらず、不透明である。専門医試験は、現場での臨床能力や、コミュニケーションやチーム・ワークといった人間性を適性に評価するシステムが、不十分である。研修内容はといえば、地域差があり、とくに後期専門医研修では臨床よりも研究面での達成度が重要視されすぎている。現代の医療現場で必要とされる、人間性豊かで臨床能力の高い専門医を育てるためには、その選考・評価方法も現代化しなければいけない、というのが政府の主張である。

     しかし、政府の実際の思惑は、もっと違うところにある。以下、常に内輪では話題にのぼることである。関連する情報が時折リークされたりするが、もちろん、政府は表立って認めたことはない。(よって、下記の情報をバックアップできる資料はきちんと提示できません。引用する場合、あくまで、伝聞に基づいた情報、私の個人的見解であることを銘記してください。)

     New Labour(Tony Blair率いる労働党)のもと、医学部の定員は増え、研修医の数も増えてきた。しかし、まだ専門医が足りず、地域・専門科による医療格差は縮まっていない。政府は、研修期間を短縮し、専門医の数を早く増やしたい。

     しかし、やみくもに専門医の数を増やしてコンサルタントのポストを増やすと、NHSの予算がパンクする。そこで、研修期間を短縮し、コンサルタントのなかでさらにグレード分けし、給与を押さえたい。

     コンサルタントのポストを現状の水準に抑えるためには、コンサルタント予備軍の研修ポストを増やしたくない。そこで、新しい制度では、正規の研修ポスト(Run-through training)の数は、これまでのSHO/SpRのポスト数よりも少なく押さえられている。しかし、それではNHSのサービスを回転させる労働力が不足するため、期間限定の研修ポスト(Fixed-term specialist training)や、正規の研修期間にはカウントされないポスト(Career post)が用意されている。相互のポスト間の移動は可能であり、また、Career postで働いた場合、別ルートでの評価を経てCCT(Certificate of Completion of Training、専門研修修了証明)を得ることは不可能ではない。しかし、現実には、Run-throughポストがとれないかぎり、CCTをとれる見込みは限りなく少ない。また、正規のルートによるCCTは、別ルートによるCCTよりも「格」が上になる。一方、NHSは、労働力そのものが減るわけではないので、コンサルタント予備軍の増加を心配することなくリクルートできるというわけである。

     また、これまで医師が担ってきた役割(薬の処方や処置)を、専門看護師(Specialist Nurse)に任せる動きも加速している。優秀な看護師の活用、サービスの向上のためと謳ってはいる。しかし実情を見ると、専門医を養成するよりも専門看護師を養成するほうがずっと早い、コンサルタントによるサービスよりも専門看護師によるサービスのほうが運営費用も安い、という運営側の論理がある。

     現在のコンサルタントたちは、この動きを必ずしも歓迎していない。(既得権の保持が理由ではなく、研修内容や医療レベルの維持、責任の所在という問題のためである。)政府や一部の学会は、「新しい医師像・医師の働き方」というキャッチ・コピーで、これまで医師の責任であった役割を専門看護師や他の職種のプロフェッショナルに譲り、コンサルタントは困難な事例のケアに専念するよう誘導している。こういった流れを抵抗なく受け入れ、多職種によるチームで、チームのトップではなくチームの一員として仕事ができる、「話のわかる」コンサルタント予備軍を養成したいと、政府は考えている。

     これらは、この国で仕事をしていれば、普段からよく聞くことである。王立学会はこの流れを「憂慮する」声明を時折出すものの、積極的に政府に反対することはなく、むしろ改革に協力してきた。これは、90年代に数々の医療スキャンダル(Shipman事件や、Bristolでの小児の心臓外科手術事件等)が相次いで明るみに出たため、医学界としては積極的に「改革」に反対できない雰囲気があり、政府が改革に着手しやすかったためと言われている。

    迷走するMMC-1

     Modernising Medical Career(MMC、医師のキャリアの近代化)による研修医の選考は、さらに混迷の度を深めている。(「白衣を着て街に出よう」もご覧ください。)

     MMCは、Department of Health(DH)主導による医師の卒後研修制度の改革で、研修医の選考・評価を各Royal College(各科の王立学会)からDHによる管理に移し、全国標準化するというのは、その目玉である。DHのエージェンシー組織であるMMCチームが、一連の改革を運営している。

     旧来の制度では、医学部入学から専門医研修の修了まで、最速でも11-14年かかっていた。新しい制度では、2年間の初期研修(Foundation Training、FT)と、それに続く中期・後期の専門医研修を4年間の一貫制専門医研修(Speciality Training、ST)で、医学部入学から11-12年で専門医研修が修了する。また、これまでの専門医研修に比べて研究面の研修を減らし、臨床面を重視する研修内容になる。

     FTは2年前に導入された。今年8月に初代のFT修了者が出るのと同時に、STが始まる予定である。すでにSpecialist Registrar(SpR、後期研修医)としての研修を始めている人たちはそのまま旧制度で研修を終えることができるが、Senior House Officer(SHO、中期研修医)は、8月からは、新しい研修制度下、現在のレベルと同等のSTレベルに移行して研修を続けることになる。

     

     今回の選考は、FT修了者がST1へ進むのと、現在のSHOがST2-4のポストに移るためのものである。1-4月にまず第1ラウンドの選考があり、そこで埋まらなかったポスト、新たに作られたポストについて、4月以降に第2次ラウンドの選考をすることになっている。

     応募には、Medical Training Application Service(MTAS)という、全国一律のコンピュータ・システムが使われた。ポストは、各専門科・グレード・地域ごとに割り振られ、1人の研修医は、専門科・グレード・地域の組み合わせを第1-4志望まで選択して応募する。

     審査は、応募条件を満たしているかどうかの予備選考(long list)を経て、標準化された方法によって採点された合計点により1次選考(short list)が行われる。short listされた人だけが、面接による第2次選考に進むことができる。

     MTASはすでにFTの募集・マッチングに使われているため、STの募集のための事前の十分なテストなしに導入されたらしい。実際、募集開始前より、MTASの信頼性や採点方法の適性度、公平性に対する疑問や不安の声があがっていた。

     案の定、MTASは期待されたようには機能しなかった。予想を大幅に越える応募者がアクセスしたため、システムはしょっちゅうクラッシュした。応募書類の内容の不備が数多くあり、応募を開始してから徐々に改善される始末であった。応募書類が行方不明になったりもしたらしい。そのため、応募締め切りは延長された。

     問題がさらに大きくなったのは、2月28日に結果が発表されてからである。22,000のポストに対して30,000人を超える応募があったため、8,000人が面接に呼ばれなかった。1次を通った人たちも、応募したのとは異なるグレードや専門科、地域のポストの面接に呼ばれるという事例があちこちで報告された。

     当然、選考に漏れた研修医たちは怒りの声を挙げた。この頃より、コンサルタントたちからも、遅まきながら、システムを非難し、研修医をサポートする声が上がり始めた。Daily Telegraph紙がBack Our Doctorsというキャンペーンを開始し、保守党党首のDavid Cameronが政府を非難し始めた。各王立学会や著名な医師・教授たちもMTASの正当性を疑問視する声明を次々に出した。

     保健相のPatricia Hewittは、これらの圧力の中、結果発表から1週間もたたないうちに、緊急の見直しのための委員会を設置せざるを得なくなった。委員会は設置からわずか3日後の最初の声明で、早々にMTASの不備を認めた。その後、合わせて3回の「緊急見直し案」が出された。当初は、1次選考に漏れた応募者の書類を見直すことを提案していたのだが、回を追うごとに委員会の妥協の範囲が広がり、3月22日に発表された最新の「見直し案」では、応募条件を満たしている応募者全員が第1志望のポストの面接を受けられることになった。

     混乱の中、2次面接は予定通り進められている。当初は、個々の履歴書はいっさい参考にせず、標準化された質問に対する解答のみしか採点しないとされていた。しかし、見直し委員会は早々に、履歴書と業績集を使うことを認めた。相次ぐ変更により、現場の面接担当者にかなりの混乱が見られるらしい。

     最新の見直し案は、いまだに「案」の段階で、実際にどのようにして応募者全員の第1志望の面接を実施するのかは、来週になるまで発表されない。すでに第1志望以外のポストの面接が終わった人も、希望すれば第1志望ポストの面接を再度受けられるのだが、これをどのようにしてピックアップするのかすら、まだ決まっていない。

     今日はついに、MMCのNational DirectorのProf Alan Crockardが辞任した。辞任の手紙の中で、彼は、MMCはうまく進んでおり、今回の混乱は、DHが導入したMTASの不備によるものだと釈明している。

     法的手段に出る人たちも出てきている。1次選考に漏れた研修医たちは、Data Protection Actに基づき、選考結果の開示を求めた。これに対し、MMCが第2ラウンドが終了するまでは結果を公表しないと回答したため、これがData Protection Actに反すると、法廷に持ち込もうとしているグループがいる。Mums4Medicsは、Prof Alan Crockardを医師倫理に反しているとして、GMCに調査を要求している。Remedy UKは、一連の選考の正当性を巡り、法廷で争う構えを見せている。

     この混乱により、第1ラウンドの遅延は必至である。8月までに第2ラウンドの選考が終わり、研修医がきちんと配置される可能性は、どんどん小さくなっている。8月以降、研修医の不足により、NHSのサービスが一時的に停止するのではないかという観測すら出てきている。

    Thursday, March 29, 2007

    イスタンブールで夏時間

     6日間のイスタンブール旅行から帰ってきた。ロンドンよりも寒かったというのは何となく面白くないが、2日目の日中に土砂降りに見舞われた以外は天気もまあまあで、楽しい旅行であった。

     イスタンブールには、猫がいたるところにいた。写真は順にHaghia Sofia、夜のSultanahmed、Efesの遺跡で出会った猫たち。観光客が頭をなでようがシャッターを焚こうが気にもせず、悠々と構えていた。ここでは彼らが主なのであろう。

     イスタンブールにいる間に、夏時間にかわった。イギリスでは、3月最終日曜の午前1時に時計が切り替わるのだが、トルコでは午前3時にかわるらしい。ホテルのエレベーターには、親切にも、時計のイラスト入りの注意書きが貼ってあった。休暇中に時計が1時間進むなんて、1時間損した気分がしたのは言うまでもない。

     この夏時間(summer time)、正式には「daylight saving time」と言う。2007年は、イギリスで夏時間が初めて提案されてから100周年にあたるそうである。

     イギリス人は、いつから時計がかわるかなど、まったく気にしない。3月最終週の日曜と10月最終週の日曜がそれぞれ、夏時間と冬時間にかわる日なのだが、きちんと覚えている人などほとんどいないはずである。みんな、そろそろかなという意識はあるらしいのだが、ある週末、ニュースをつけると時刻がかわっているとか、コンピュータを立ち上げたら自動的に時刻が変わっていたとか、そんなことで気がついて時計をかえるのである。ロンドンに来たばかりの頃は、なんていい加減なんだろうと思っていたが、だんだんに私もいい加減な人たちの仲間入りをして、まったく意識しないようになってしまった。今回も、注意書きを見て、ああそういえばと思った次第である。これが日本だったら、メディアが1週間くらい前から告知したり、みんなが自分の手帳やカレンダーにきちんとメモしておくのではないかと思うのだが。

     たった1時間の違い、と侮ってはいけない。この1時間に体を慣らすのが結構大変なのだ。とくに夏時間にかわるときは、1時間早く起きなくてはならなくなるため、夜型の私にとっては苦痛である。今回は、トルコとイギリスの時差2時間がさらに加わっているので、「時差調整」に数日かかりそうである。