Sunday, May 06, 2007

コンサルタントのお給料

 先日、National Audit Office(NAO、国立監査局)"Pay Modernisation: A new contract for NHS consultants in England"と題する監査レポートを発表した。2003年に合意された、コンサルタントの"new contract(新契約制度)"の支出と、それに伴う変化が本来の目的を果たしているかどうか、検証している。

 コンサルタントの給料の大枠は国レベルで決まっており、それをもとに、各NHSトラストが地域の実情に沿って、コンサルタントと契約を結ぶ。勤務年数によってグレードが上がり、それに伴って基本給が上がる仕組みになっている。

 "old contract(旧契約制度)"と呼ばれる、従前のコンサルタントの契約の大枠は、1948年にNHSが発足した時からほとんど変わっていなかった。コンサルタントは、契約している(はずの)労働時間をはるかに超える超過勤務を強いられていた。また、コンサルタントの給与レベルは他の先進国に比べて低く、コンサルタントの士気の低下、海外への流出、プライベート・プラクティスの増加につながっていたとされている。

 New LabourのNHS改革の一貫として、政府は2000年に、医師の組合(British Medical Association、BMA)との話し合いを開始した。新契約制度は、コンサルタントのworking livesを改善するいっぽうで、NHSの医師に対するコントロールを強化するという目的があった。究極のゴールは、コンサルタントによるNHSサービスの質とアクセスを向上させることであった。

 2002年に政府とBMAが合意に至った新契約制度案は、しかし、コンサルタントによる投票で、イングランドでは賛成37%、反対63%で却下された。(スコットランドとウェールズでは可決された。)2003年に政府とBMAの話し合いは再開され、一部が変更された新契約制度案は、再度の投票で、賛成60.7%で可決され、実施に移された。

 新制度では、コンサルタントの勤務時間・内容が明確に規定されることになった。コンサルタントは、「job plan」と呼ばれる、年間の勤務予定ならびに達成目標、週間勤務予定表を設定し、勤務するNHSトラストと合意しなければならない。目標の達成度はappraisal(勤務査定)を通じて評価され、昇給に影響する。

 基本となる勤務時間は、4時間を1セッション(PA–programmed activities–と呼ばれる)とし、週10セッション。必要に応じて最大2PAの上乗せができる。10PAのうち、最低7.5PAをDirect Clinical Care(臨床業務–書類仕事は含まない)に割かなくてはならない。プライベート・プラクティスは、勤務するNHSトラストの業務に支障をきたさない範囲でおこなえる。しかし、プライベート・プラクティスをおこなうにあたり、まずNHSに自由になる時間を提供する義務がある。緊急以外の時間外やオン・コールの業務は、通常業務とは別に、事前の合意があった場合に限って契約に含まれるかわりに、報酬は通常レート(通常より高いプレミアム・レートではなく)で支払われることになった。

 当時、コンサルタントは週50時間以上働いていると主張していた。しかし、政府は、業務内容をNHSの臨床業務に限れば、実働時間はずっと少ないと見積もっていた。また、わざとwaiting listを長くし、患者をプライベート・プラクティスに誘導しているコンサルタントとか、ゴルフに行くために手術をキャンセルするコンサルタントが少なからずいると、本気で思っていたらしい。(実際にいくらかはいたらしいが。)job planによって実際の仕事の内容を透明にすれば、コンサルタントがNHS業務に割く時間は増え、waiting listは減り、NHSの生産性は向上すると考えた。

 ところが、新契約制度が実施されると、早々に政府の思惑は外れた。当初、政府は新契約制度に伴う新たな支出に対して3年間で5億6500万ポンド(当時のレートで1088億円)を見積もっていたのだが、これでは足りず、1億5000万ポンド(289億円)の追加支出を余儀なくされた。NAOのレポートによると、84%のトラストが、追加支出でもまだ足りず、トラストの予算の中でやりくりせざるを得なかったという。(この予定外の支出が、一昨年、昨年のNHSの大赤字の原因の一部という分析もある。)

 この大規模な支出により、コンサルタントの平均給与は3年間で27%増の109,974ポンド(2657万円)になった(うっそー!ほんとにこれが「平均」?–これは私の独り言です)。

 成果のほどはどうであろうか。プラスの点としては、64%のNHSトラストで、新契約制度により、コンサルタントの仕事のマネジメントが向上したと考えている。コンサルタントの数も3,250人増えた(2005年9月時点で総勢31,990人。しかし、人口比では他の先進国に比べるとまだ少ない)。コンサルタントがプライベート・プラクティスに割く時間はわずかに減少した。

 マイナスの点は、Direct Clinical Careに割く時間が2004年の平均74%から2005年の72.6%に減少した。トラストのマネージャーもコンサルタントも、サービスの向上と新契約制度とは無関係と考えている。待機時間は減少したが、これも、多くののマネージャーやコンサルタントは、新契約制度とは無関係と考えている。

 NAOは、サービスの「生産性」に関しては、まだ時期尚早とし、判断を示していない。

興味深い数字がいくつかあった。新契約制度開始後2年間で、コンサルタントの数は13%増加したが、コンサルタント主体のサービスは4%しか増加していない。また、コンサルタントの勤務時間は、週51.6時間から50.2時間と、わずかに減少した。これらの数字は、コンサルタントの給与以外にもさまざまな要因が関わっている上、分析の仕方によって意味合いがまったく異なってくると思う。

 これらをもとに、NAOは、新契約制度の交渉に際し、政府はコンサルタントの労働時間に関する十分なエヴィデンスを持っていなかった。そのため、労働実態が過小評価され、政府は新契約制度に必要な予算を正確にはじき出すことができなかったと結論している。

さらにレポートでは、政府が今後新しい政策を検討する際、現在の状況に対する正確な評価に基づき、(新政策の導入に伴う)すべての可能なシナリオについての財務モデルを作成して検証するべきだと提言している。

 政府の見通しの甘さは、コンサルタントの給与に限らず、New Labourのすべての医療政策の失敗(または大赤字)のたびに指摘される。NHS共通のITシステムの導入や、Private Finance Initiative(PFI)と呼ばれる、民間資金を導入した治療センターの設立でも、政府は当初の見積もりを大きく超える支出を余儀なくされ、大幅な支出増に見合った結果はまったく得られていない。

 メディアは、27%の昇給に対し、サービスの向上がわずか4%しかない、という点を強調して報道していた。「コンサルタントが高給をとっているくせに仕事をせずにけしからん」という論調はまったくなかったものの、NAOのレポートで強調されている、政府のplanningへの提言がかすみがちになっているのは、物足りない感がある。

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