Saturday, March 31, 2007

優秀な研修医を選ぶとは–迷走するMMC-3

 今回のMMC/MTASによる研修医の選考をめぐるごたごたは、8,000人の研修医が競争に敗れて職を失う可能性がある、などという単純な問題ではない。

 DHは当初、研修医たちからの批判に対して、「競争なのだから選に漏れる人が出るのもやむを得ない」と反論していた。新聞の投書欄でも、「医学部を出たからといって、職が保証されていると思うのはまちがいだ」というような、非医療者からの意見もあった。

 しかし、これらは的外れである。今回もっとも大きく影響を受けたのは、すでにSHOとして働いている中期の研修医たちである。彼らは旧制度での競争を勝ち抜いて研修ポストを手に入れ、何年も研修を積んできた。この世代の研修医たちの4分の1が、当初の選考で2次選考に残らなかったといわれている。ロンドンのSt Thomas'病院のICUでは、6人のSHOのうちひとりも1次試験に通らなかった。SLaMの一部のMaudsley病院でもGuy's & St Thomas'病院でも、精神科研修医の4分の1以下しか、ロンドンの研修ポストの面接に呼ばれなかった。

 特定の世代の医師の4分の1が研修を続けられないならば、ポストの配分や選考方法自体がまちがっていると言わざるをえない。

 今回の選考には、Medical Training Application Service(MTAS)という、全国一律のコンピュータ・システムが使われた。応募する研修医たちは、このシステムに、個人の研修歴等の基本情報、Discrimination Questionnaireへの解答(コミュニケーション技術、ストレス対処力、チーム・ワークといった「人間性」をはかるための質問に対し、それぞれ150字以内のエッセイを要求される)、レフェリーとなるコンサルタントの名前等を打ち込み、応募する。

 レフェリーを依頼されたコンサルタントたちは、MTASのレファレンス用の画面で、研修医の資質に関して与えられた質問にyesかnoで答える。通常の推薦状のような、コンサルタントの自由な意見を述べる場は与えらなかった。

 これらの応募書類は、コンサルタントや非医療従事者から成る採点チームにより、応募者を匿名化し、標準化された採点方法により採点された。個人の履歴とDiscrimination Questionnaireはそれぞれ独立して採点され、相互に参照することはできなかった。つまり、採点者は、ある研修医のストレス対処法について、これまでの研修歴やスーパーバイザーからの評価を知ることなく、評価せざるを得なかったわけである。

 また、応募者の履歴の内容に比して、Discrimination Questionnaireの得点が相対的に高く重み付けされた。たとえば、PhDを持っていても1点加算されるだけだが、Discrimination Questionnaireでは、それぞれの質問で最大4点加算される。

 採点はコンサルタントに非医療従事者が混ざって行われ、採点の標準化の準備が不十分だったと言われている。また、採点の地域差も多く、さらには、一部の地域では、採点基準が締め切り前にリークされた。

 人間性豊かで臨床能力の高いコンサルタントに育つような研修医を選考するという目的には、何の文句もない。選考にコンサルタントだけでなく、非医療者も参加するべきだというのもうなづける。問題は、その方法である。アカデミック面での評価が桁違いに低いのも気になる。たしかに、研究一筋で臨床能力の低い医師というのもいるが、一般的には、アカデミックな面での達成度は、能力を測る有力な尺度であることは否定のしようがない。

 研修医を選考するにあたり、どの面をどうやって評価するのが一番いいのか、難しい問題である。旧来の方法では、公平性、透明性、地域差等のさまざまな弊害があったことは事実であろう。しかし、そんな中でも、優秀な研修医を得るべく、積み重ねられてきた方法というものが確かにあったのだと思う。

 私の経験では、研修の履歴はかなり正確な判断材料となる。履歴の中身を実際に面接に来た本人の言動と照らし合わせると、かなりの情報が得られる。(もっともこれは、書類選考に残った人の情報だけで、書類選考に残らなかった人の情報は得られないため、バイアスがかかっている。)

 いっぽう、応募用紙の一部にある本人のフリー・ライティングは、あまり役に立たない。本人が「意欲あふれ、チーム・ワークが得意な医師」かどうかは、こちらが面接で判断することであって、わざわざ本人に自己申告してもらうことではない。唯一役に立つのは、作文の内容が、応募している仕事の内容に合致しているかという点である。違うポストへの応募書類からコピー&ペーストして作ったのが明らかな応募書類を見ることがある。応募するポストによって、内容をよりふさわしいものに変えるくらいの気の利かない人が、仕事で気が利くことは、まず期待できまい。

 推薦状にしても、二者択一式では微妙なニュアンスを伝えることができない。推薦状を書く側は、よほどのことがないかぎり、悪いことを書くことはできない。(negativeな評価を書く場合は、確固とした理由と証拠も書くよう求められる。)そのかわり、コンサルタントたちは、文章のニュアンスや推薦状の長さによって、自分がどれだけ熱意を持って推薦状を書いているかを示すことにより、研修医がどれだけ優秀か伝えるのである。

 こういった「アナログ情報」をまったく利用する余地がないように、MTASは設定された。これが果たして公平で透明な選考方法なのだろうか。応募者の履歴や評価者の知恵よりも、コンピュータ画面に現れた150字の作文を重視し、作文の内容が表しているはずの「人間性」を評価することなど、できるのだろうか。

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