Thursday, June 14, 2007

Demoralising

 MTASの悲劇が次々に目に見えるものになっている。

 私のいるNHSトラストの約半数の研修医たちが、ポストのオファーをまったくもらえなかった。その多くが、放心状態で仕事にも手がつかず、これからどうしたものか、途方に暮れていると聞く。(当然である。8月からは失業者である。)

 昨日のコンサルタントの集まりでは、私たちに何ができるのか話し合った。しかし、いくら話し合っても、結局、研修医たちを精神的にサポートする以外、何もできないらしいということがわかるだけであった。コンサルタントたちもみな、怒り、呆れ、無力感を感じている。

 「demoralising」というのは、こういう感情であるのだと、初めて実感している。

 demoralisingは、日本語では「士気の低下」と訳されることが多い。しかし、単にやる気や覇気がなくなるというよりも、これまで信じていたものが基盤を失い崩れ落ち、希望を失い、なんとか自分を奮い立たせようとすら思えなくなる、そんな感情である。

 サッチャー時代からブレア政権初期にかけての、イギリスの医師たちのdemoralisingについて、これまでにもよく耳にした。NHSのサービスがなかなか向上しない原因のひとつとして、スタッフがいったんdemoralisingを感じると回復に時間がかかるためだといわれる。

 これまで、demoralisingがなぜ回復できないのか、いまひとつ理解できなかったのだが、今回ようやくわかった気がする。イギリスの医療研修・診療がほぼNHSの独占状態にあり、医師という職業を選び、イギリスで働く以上、NHSから逃れることができないためである。日本の勤務医の「逃散」のようなことは、制度として起こり得ないのだ。

 ブレア率いるNew Labourになる以前は、医師のdemoralisingの理由は主に、医療費の不足、人員や医療資源の不足によるものであった。New Labourになってからは、NHSの意思決定が中央政府にどんどん移行され、医師の自治権、決定権がどんどん失われていくことにより、医師はdemoralisingを感じている。

 MMC/MTASは、そのいい例である。以前は、地域の研修ローテーション単位で、各王立学会の指針に基づき、地域の需要に添って研修医を選考していた。しかし、MMC/MTASでは、政府が主導して作った選考基準で、中央で一括して研修医を選考しようとした。MTASのシステム自体は失敗に終わり、お蔵入りになることがすでに決まっているが、選考そのものをを止めることはできなかった。選考の一部は旧来の方法に戻されたが、信頼できないシステムに半分乗ったまま、コンサルタントたちが研修医を選ばざるを得ないというねじれた状況に陥り、悲惨な結果が出た。しかし、結果が結果として出てしまった以上、これまでの過程を巻き戻すことができない。

 このdemoralisingが研修制度がらみで生じているということは、これまでの問題にもまして、NHSの将来に大きく影響すると思う。イギリスの医療制度はずっと悪評が多かったが、研修制度はそれなりに機能していた。劣悪な労働条件の中、これを乗り切れば一人前の医師になれるという希望があったため、研修医たちはNHSの労働力として働くことを受け入れてきた。

 しかし、今回、数世代にわたる研修医の多くが、研修を続けるという希望そのものを打ち砕かれた。彼らに実力がなかったからではなく、政府の政策が穴だらけだったために。医学部の定員数を大幅に増やし、外国からの研修医を労働力として多数受け入れ、新しい選考制度を拙速に導入し、そして、いきなり研修医の定数を絞ったのだ。

 3万人の将来を担う若い医師たちは、おそらくこの半年間の悪夢をずっと忘れないだろう。現在NHSを支えているコンサルタントたちも、demoralisingの感情を引きずると思う。(少なくとも私は、なかなか回復できそうにない。)NHSは、demoralisedな医師の集団によって、今後数十年間も持ちこたえられるほどの体力などないと思う。

 これから誰がNHSを支えていくのだろうか。数値目標達成しか頭にない官僚と政治家しか残らないと思うけれど。

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