Tuesday, July 31, 2007

医師賠償責任保険

 mariko先生から、医師の賠償保険についての質問をいただいた。ちょうど、日英の賠償保険の相違について興味があり、日本の賠償保険に調べていたところだった。私の加入している賠償保険(のようなもの)を例に、英国での事情を簡単にまとめてみる。

 NHSで働いている医師は、NHSでの診療行為に関する医療過誤(clinical negligence)に関しては、NHSの賠償責任保険により、すべてカバーされることになっている。しかし、NHSでの業務に関することであっても、下記のようなことは、NHSの賠償責任保険ではカバーされない。

  • Coroners' inquest(検死陪審)
  • Advice on complaints(患者等からの苦情に対する対処)
  • Good Samaritan acts(善意による救急医療行為)
  • GMC proceedings(GMCの懲罰・資質判定等の対象となった場合)
  • Criminal matters arising from medical practice(医療行為により刑事罰を問われた場合)
  • Insurance and other medical reports(保険請求などのためのレポート作成業務)
  • Ombudsman and public inquiries(第三者・公的機関による調査)
  • Ethical matters(倫理問題)
  • Press and medica enquiries(メディアからの問い合わせ)
 当然であるが、NHS以外でのプライベート診療や、medico-legal matters(裁判で専門家証人として鑑定レポートを提出したり出廷すること等)に関しては、NHSの賠償責任保険ではカバーされない。

 これらをカバーするため、医師は個人で賠償責任保険に加入する必要がある。

 私のまわりでは、Medical Defence Union(MDU)Medical Protection Society(MPS)のどちらかに加入している人が多いようである。

 私自身はMPSの会員になっている。MDUとMPSのウェブサイトを見くらべて、MPSに決めた。MDUもMPSもきちんとサポートしてくれると、実例付きで聞いていたので、サービス内容云々というより、MPSのウェブサイトのほうが、知りたい情報を探すのが簡単だったというのが、MPSに決めた理由である。

 MPSは保険会社ではなく、会員制の相互扶助組織のようなものである。サービスの条件を具体的に記載した保険証券のような書類はない。かわりに、サービスの範囲は、会員の互選で決められたメンバーから成るMPS Councilの判断に委ねられている。

 clinical negligenceに関連した経済的負担をはじめ、上記のような一般的領域は、すべてカバーされる。

 明らかにサポートの対象とならない項目としては、非臨床業務に関連した犯罪行為、臨床業務に関する詐欺・窃盗行為、臨床外での犯罪行為に関する賠償金の支払い、雇用に関する問題等が明記されている。

 それ以外の、あまり一般的でなかったり、グレイ・ゾーンと考えられるような問題に関しては、個々のケースごとにサポートの可否が判断されることになっている。

 サービスは、Occurrence-basedで、会費を払っていた期間におこなわれた臨床行為によって生じた問題については、事例化や請求のあった時期に関わらず、サポートが受けられる。請求時にすでに会員でなかったり引退していても、あるいは故人であっても、サポートの対象となる。

 MPSは年会費制で、それぞれの職種(医学生、研修医、GP、専門医)・レベル(研修年次等)ごとに、会費が設定されている。専門医の場合、専門科(7段階)と、NHSの賠償責任の対象とならない業務(プライベート診療やmedico-legal業務など)による年収(15段階)によりレートが決まっている。NHSの精神科コンサルタント(Group 4)で、プライベート診療をしていない私の年会費は575ポンド(約143,000円)である。ちなみに、これが一般のコンサルタントの中で一番リスクが低いと考えられる条件で、年会費が一番安い。

 日本の賠償責任保険について、ネットで検索してみたが、MPSのような相互扶助組織型のサービスは見当たらず、ヒットしたすべてが、損害保険会社の提供する賠償責任保険であった。また、それらすべてが、Claims-made coverで、保険期間中に事例が発見・請求された場合のみが対象になるようである。

 日本の賠償責任保険では、保険証券に条件が記載されていて、保険額の上限(1件あたりの上限および年間の上限)がある。民事訴訟が年々増え、賠償請求額が高額化している昨今、これまでの常識が通じなくなった場合、どうやって対処していくのか、気になった。

 また、不適当と思われる民事訴訟や行政処分に対し、名誉回復のための反訴が必要となった場合の経済的、実務的サポートをどこから受けられるのか、よくわからなかった。(ご存知の方がいらしたら、ご教示いただけるとありがたいです。)

Friday, July 20, 2007

分類ラベル

 これまでずっと先延ばしにしていたのだが、ようやく、分類用のラベルを設定することにした。昨夜、全部のエントリーにラベルをつけるのに、延々2時間かかった。はじめからもう少し計画を立てておくのだったと深く反省。しかし、このブログを書き始めた頃は、ここまで続くとは思っていなかったのだから、しかたがないといえばそれまでなのだけれど。

 古い記事まで遡って読んでくださる方達にとって、少しは使い勝手がよくなるだろうか。

Monday, July 16, 2007

地域・専門科間の格差

 DoHが「good news」と言っている研修ポストの充足率だが、地域、専門科ごとの充足率をみると、ばらつきがあることがわかる。

 たとえば地域。Yorkshireは94%充足しているが、Trentは64%(!)しか充足していない。8月1日のD-Dayには、Trentでは約3分の1のポストに医者がいないことになる。一時的なサービス縮小は避けられないのではないだろうか。(患者さんたちにとってはいい迷惑だし、オン・コールのコンサルタントたちも、気の毒なことである。)

 専門科については、GPの充足率98%から麻酔科の75%まで、大きなばらつきがある。精神科は、平均すると82%充足しているが、STのレベルごとのばらつきがひじょうに大きい。(speciality/sub-specialityごとの充足率はこちら。)

 精神科ST4の充足率は平均で96%だが、sub-specialityによって大きな差がある。General Adult、Older Adult、Child & Adolescentは100%埋まっているいっぽうで、Forensicは79%、Psychotherapyが78%、Learning Disabilityにいたっては59%である。

 ST2の充足率は93%、ST3は89%と、まあまあである。しかし、ST1になると、72%と、がくっと下がる。ST1というのは、初期研修を終えた研修医が専門医研修を始める学年である。FT2(初期研修の2年目)を終え、専門科を選ぶ研修医たちにとって、精神科は不人気なのである。clinical tutorをしている同僚の話では、各Deaneryはリクルートに苦労しているらしい。

 これは、まったく驚くことではない。精神科は常に不人気科目のひとつであった。だからこそ、精神科はずっと、外国人医師に頼ってきた。外国人医師がイギリスに研修のために来た場合、精神科以外の科の研修をすでに始めていたとしても、精神科に専門を変更する人が少なくなかった。研修ポストにつける確率が、UK出身者に人気の科に比べ、圧倒的に高いからである。精神科にジア系・アフリカ系の研修医が多いのは、そのためである。

 あくまで推測であるが、ST2-3の充足率がST1よりもずっと高いのは、UK/EEAの卒業生に加えて、すでに研修を開始していたアジア系・アフリカ系の研修医が多くいるためだと思われる。ST1に応募した中に外国人医師の割合は少ないはずなので、不人気の影響をもろにかぶっているわけである。

 これまでは、UK卒業者の数が研修ポストの数を圧倒的に下回っていたため、UK卒業者は、希望する地域で、希望する科の研修を受けることができた。しかし、UK卒業者の増加、政府による研修ポストの削減、非EEA出身者の閉め出しにより、UK卒業者(といくらかの外国人医師)により、全部の研修ポストを埋める必要が出てきた。

 UK卒業者でまだポストを得ていない研修医たちは、UKに残って研修を続けたい場合、希望する科を変更しなければポストをとれない人が出てくる。ご親切なことに、ラウンド2の告知のページには、麻酔科、産婦人科、小児科、精神科、老年医学科の5つが、ポストにたくさん空きがある科として、特別に名指しされている。(見覚えのある科が並んでいますが。)

 政府は、これまでのような、足りなければ外国人医師で埋めればよいという逃げ道をみずから塞いでしまっている。不人気科のポストがラウンド2でも埋まらなかった場合、いったいどうするつもりだろうか。

 希望しない科に変更してまで医師としての仕事を続けるのか、外国に逃げて希望の科の研修を続けるのか、それとも、さっさと見切りをつけてキャリアを変更するのか。研修医たちがどういう選択をするのか、見守っていきたい。

Sunday, July 15, 2007

Life in the UK

 久しぶりに、試験勉強をしている。Life in the UK Testなるものを受けるためである。

 このテストは、UKのCitizenship(市民権)を申請する人を対象に、2005年の移民法変更時に義務化された。2007年4月より、Indefinite leave to remain(いわゆる永住権)の申請者にも対象が広げられた。

 私は、この9月の頭で、労働許可証による滞在が5年になるので、永住権の申請資格ができる。労働許可証は2011年まで有効なのだが、移民法がころころと変わる上、申請にかかる費用も、毎年信じられないくらいのスピードで上がり続けているため、申請資格ができ次第、さっさととってしまうつもりなのである。

 このLife in the UK Testは、全国に計90カ所ある試験センターで、コンピュータを使っておこなわれる。二者択一、あるいは四者択一(あるいは正答が2つ)形式の24の質問に対し、45分の制限時間を使って答える。正答率75%が合格ラインだそうである。

 質問の答えは、公式ハンドブックである「Life in the United Kingdom - A Journey to Citizenship」に「すべて」載っている。公式ハンドブックは全部で145ページで、下記の9章と、巻末の用語集からなる。


     1章 The making of the United Kingdom

     2章 A changing society

     3章 UK today: a profile

     4章 How the United Kingdom is governed

     5章 Everyday needs

     6章 Employment

     7章 Knowing the law

     8章 Resources of help and information

     9章 Building better communities

 試験問題が出るのは、2-6章からだけだそうである。

 試験の目的は、英国に定住する外国人たちに、英国の文化や社会制度に対する理解を深め、英語の知識の向上を図ってもらい、より強固で一体感のあるコミュニティの形成を促すためとある。

 よそさまの国にずっと住むことをお許しいただこうとしている身で、文句を言うのは美しくないが、それでもちょっとぼやきたくもなる。私は、英国の文化も社会制度も、常々興味を持って理解しようと努めているし、英国のコミュニティに敬意を払い、機会を見つけては参加している。英語を使って仕事をし、イギリス人を指導する立場にある。なぜ、こんな試験を強制されなければならないのだろうか。ためしに、インターネットで見つけた模擬試験を、同僚のJと一緒にやってみたら、私の点数のほうが、イギリス人で物知りのJより高かったのだ。

 そうはいっても、どうせ受けなければいけない試験なら、文句を言うよりも、楽しんでしまったほうがいい。ハンドブックを一度、通しで読んでみたが、生活に必要な一通りの情報がコンパクトにまとまっていて、なかなか役に立つ。(1カ所、アメリカ英語の表現を見つけたけれど。)ぜひ、イギリス人やEEA出身の人たちにも読んでもらい、英語力と社会に対する知識の向上に努めてもらいたいものである。

Saturday, July 14, 2007

またまたスピン

 あっという間に7月も半ばである。研修医が新研修制度の下で一斉に新しいポストに移るD-Dayの8月1日は、もうすぐそこである。

 ようやく、イングランドにおける、MMC/MTASラウンド1の最終結果ラウンド2の詳細が発表された。6月26日付のデータによると、29,193人の応募のうち、応募資格を満たしている人が27,849人であった。研修ポストの総数は15,600で、ラウンド1でそのうち13,168のポストが埋まった。平均の充足率は85%である。空いているポストについては、10月31日まで、地域ごとにラウンド2の選考がおこなわれることになっている。

 Department of Health(DoH、保健省)は7月12日に出した声明の中で、「大多数の研修ポストがすでに埋まっている。リクルート・プログラムに問題があったにもかかわらず、高い充足率を果たせたことは、患者さんやNHS、Deaneriesにとっていいニュースである。」と言っている。

 例によって、DoHお得意のスピンで、突っ込みどころが満載である。

 本来、ラウンド1は4月に終わり、ラウンド2が6月に終わって、全部のポストがD-Dayまでに埋まっているというのが、MTAS当初の計画であった。選考方法を変えざるを得なくなってからもしばらくは、DoHは、8月1日までにはラウンド2を終えると言い続けていた。ラウンド1の結果が出たのが7月も半ばというのは、大失態である。

 だいたいにおいて、85%は「高い充足率」なのだろうか。D-Dayには、15%のポストに研修医がいないというのに、喜んでいいものだろうか。

 さらに、応募資格を満たしている研修医のうち、14,681人がポストがないのにもかかわらず、空いているポストは2,432しかない。DoHは、年度末までにさらに1,000の研修ポストを用意すると言っているが、それでも、11,000人以上の研修医がポストをとれないことになる。

 声明の終わりのほうまで読んでいくと、UKの卒業者についてのデータが付記されている。UK卒業者の応募総数は13,600人で、そのうちの9,336人(68.6%)がすでにポストを得ているそうである。

 この付記の意図について、いささか理解に苦しむ。DoHは、UK卒業者にはきちんと配慮していると宣伝したいのだろうか。応募資格を満たしているかぎり、出身地による差別的扱いはしないというのがラウンド1の申し合わせであったはずである。

 UK卒業者の合格率68.6%に対し、非UK卒業者の合格率は26.9%である。非UK卒業者の中には、EEA出身者と、HSMP(Highly Skilled Migrant Programme)ヴィザ保持者を主とする非EEA出身者の二通りがある。非EEA出身者の応募資格をUK/EEA出身者と差別化することの合法性については、Judicial Reviewの控訴審で審議される予定で、その結果が出るまでは、差別的扱いはしないという通達が出ている。EEA出身者に関しては、UK卒業者と同等の扱いをすることは既定路線である。UK卒業者を優先的に採用すれば、法律違反である。

 非UK出身者が研修目的で来るのをコントロールする仕組みをきちんと導入できない中、いまだに4,264人のUK卒業者がポストがない。仮に、ラウンド2のすべてのポストがUK卒業者にまわるとしても(そんなことはまずあり得ないが)、832人が研修できない。全UK卒業者のうち6%強である。政府は、医師数を増やすべく、医学部の定数を一気に増やしておいて、卒業者の6%以上が研修の道を閉ざされる結果を招き、みずからのmedical workforce planningに関する無能さをさらけ出している。

 問題なのは、無能なのがworkforce planningだけではないというところであるが。

Saturday, July 07, 2007

Le Tour de France

 この週末は、さまざまなスポーツ・イベントが目白押しである。WimbledonにBritish Grand Prix、クリケットにラグビー。そして、Le Tour de France

 Le Tour de Franceの104年の歴史で初めて、ロンドンでレースが行われた。私は自転車レースはまったく興味がなかったのだが、「初めて」というところに惹かれて、Prologueと呼ばれるタイム・トライアルを見に出かけた。

 コースは、ロンドンのど真ん中に設定された。政府機関が立ち並ぶWhitehallをスタートし、Big Ben、Parliament Square、Westminster Abbey、Buckingham宮殿、Wellington Arch、Serpentine湖といった観光スポットを抜けて、The Mallで終わる7.9kmのコースである。

 私は、The MallのSt James公園側、ゴールから250m手前の巨大スクリーンの向かいでレースを観戦した。ゴール近くでは実況が行われていたが、フランス語なので、何を言っているのかまったくわからなかった。

 ものすごい混雑を予想していたのだが、あちこちに置かれた巨大スクリーンの前をのぞくとそれほどひどくなく、沿道には2-3列の人垣がある程度だった。沿道には、スポンサーの名前が書かれた柵があり、最前列の観客たちは、その柵にもたれるようにして、選手が来るのを待っている。準備のいい人たちは、アルミの脚立を持ってきていて、少し後ろに脚立を立て、その上から見物していた。

 選手の姿が遠くに見えると、みんな一斉に、柵をばんばんと叩き始める。柵を叩く音や声援が始まってから約5-6秒すると、まず先導の白バイ、そして選手が続き、そのすぐあとには、予備の自転車を数台積んだサポート・カーが走り、最後に審判車らしい車が通っていく。人気選手の場合は、カメラマンを乗せた2人乗りのバイクが選手の近くを走っている。これらの一団がほんの1-2秒で通り過ぎていき、あっという間に見えなくなる。しばらくすると、結果が英語とフランス語で聞こえてくる。次の選手が来るまで、しばらく休憩。その繰り返しが延々と続く。

 私はずっと2列目あたりで、背伸びをしながら見ていたのだが、競技時間が残り30分程度になったところで、前にいた人たちが抜けたので、ようやく最前列に出られた。

 Prologueに勝ってYellow jerseyを手にしたCancellara選手は、私が最前列にたどり着いたあとに出走した。何の予備知識もないままスクリーンを見ていたのだが、彼のコーナーリングは道路の端ぎりぎりのところを通っていくので、見ているだけで怖いほどだった。彼は、前を走る選手が通過してすぐにゴール前の直線に入ってきたので、ものすごく速いんだろうなと思った。成績が発表される。8分50秒(時速54km!)。それまでのトップ選手よりも13秒速い。歓声がわきあがった。

 実際に選手を見たのは、全部合わせてもわずかな時間だったが、なかなかおもしろい体験だった。

 Wimbledonの女子シングルスはVenus Williamsが勝って、British Grand Prixは、英国のHamiltonがPPを取った。熱い土曜日だった。

 そして今日は、ロンドン地下鉄テロ2周年の日でもあった。亡くなった方たちとその家族に心からの哀悼の意を表する。また、今も後遺症に苦しむ人たちが、少しでも生きやすくなるよう、障害を乗り越えていかれるよう、心からの祈りを捧げる。

Thursday, July 05, 2007

テロ事件と外国人医師

 先日、ロンドンとグラスゴーで、連続テロ・テロ未遂事件が起こり、現在までに事件に関係しているとして、8人が容疑者として逮捕された。そのうちの6人が、NHSで働く(あるいは働いたことのある)外国籍の医師であるらしい。

 これに関する日本の報道で、事実誤認ではないものの、必ずしも真実をきちんと伝えていない表現があって、どうも気分がよくないので、ここに指摘しておきたい。例として、東京新聞の記事を引用するが、他にも、似たような内容の記事を目にした。

*******ここから引用

2007年7月4日 朝刊【ロンドン=池田千晶】

外国人医師中心か 英連続テロ犯 待遇不満の指摘も

(前略)

 BBC放送などによると、英国に登録する外国人医師は十二万八千人で全体の約半数。インドの二万八千人を筆頭に南アフリカ、パキスタン、イラクが上位を占める。

 英国では、公立病院で働く英国人医師や看護師らが、給与など待遇への不満から海外に流出するケースが続出。医療サービスは外国人に依存せざるを得ず、労働許可証なしの就労が可能だった。

 ところが、英政府は昨年、移民政策を見直し、医師にも労働許可証が必要となった。その結果、欧州連合(EU)域内からの医師らが優先され、英国の医療制度を支えてきた外国人医師らが締め出される羽目に。ガーディアン紙は「技能を磨く機会を奪われた医師らは不満を募らせていた」と指摘している。

*******引用ここまで

 この記事の終わり方では、待遇に対する不満が、彼らがテロ行為に走った原因、あるいは間接的な理由と示唆しているように受け取れる。それが記者の本意であったとすれば、不誠実である。

 彼らは、イギリス国内にいる10万人を超える外国人医師のうちのごくごく一部である。もちろん、彼らは英国での待遇に不満をもっていたかもしれない。しかし、それとテロ行為をこのように結びつけるのは、行き過ぎであろう。だいたい、彼らが国外で過激派にリクルートされて入国したのか、入国後、過激派に傾倒し、テロ行為に進んでいったのかは、まだわかっていないのだ。

 ほかにも、細かい点をいくつか指摘しておく。

 英国人医師が、英国での待遇に不満を持ち、米国などのより待遇のいい国へ流出しているというのは、6-7年前までのことで、最近のことではない。

 ただでさえ医学部定員が少なかった上に、医師が国外に流出し、英国は、外国人医師に依存してきた。90年代後半から医学部定員の数を大幅に増やし、医師の待遇も改善し、外国人医師も一部は定着し、ようやく医師数が充足しつつあるというのが、最近の状況である。

 労働許可証なしの就労というのは、permit-free employmentのことを指し、医師にかぎらず、他の職種にも適用されている。2006年春に移民法が改正されるまでは、外国籍の医師で、英国で研修ポストにつく場合、work permit(労働許可証)を得なくても、英国で研修することができた。しかし、当然、入国に際しての審査はあり、ビザは必要である。あくまで、雇用者側が申請する労働許可証が不要であるというだけである。医学部卒業者の数が増え、研修医数が充足したため、この措置は、Foundation Trainingという、正規登録前の初期研修のために渡英する医師のみにかぎられることになった。

 もっとも、今回の6人は、locumという期間限定のポストに就いていたし、Brown首相がHighly Skilled Migrantsのチェックの強化についてQuestion Timeで触れているので、彼らはHSMP(Highly Skilled Migrant Programme)で滞在していたのではないかと想像される。これは、高度な技能を持つ外国人を受け入れるための制度で、資格や経験、収入などを点数化し、一定の点数を超える人のみが申請できる。当然、医師にかぎらない。

 EEA出身者を優先されて、非EEA出身の医師が不満を募らせていると書かれているが、これは違う。Shortage Occupation Listに載っていない職種への就労は、常にEEA出身者が優先される。非EEA出身者は、そのポストが英国またはEEA出身者で埋められない場合、または、本人でなければそのポストにつけない特別な技能を有する場合にかぎり、就労できる。

 MMC/MTASに関連して、たしかに、外国人医師は不満を募らせている。政府が、ごく短期間の告知で移民法を変更して、すでに英国で研修を開始し、生活の基盤が英国にある人たちが研修を続けられなくなる事態を招いたこと。General Medical Councilが、研修医が過剰になるのを2年も前に知りながら、新たに研修ポストを求めて英国に来る外国人医師たちにその事実をきちんと伝えず、資格試験を施行し続けたこと。Department of Healthが、MTASの応募資格を、すでに研修を開始しており、正規の滞在資格もあるHSMP保持者に不利になるように突然変更したりしたこと。こういったことに対し、怒っているのである。

 最後に一言。

 医師がイスラム過激派に傾倒してテロ行為に走るという、今回の事件の様相は、一部では驚きをもって受け止められているようだ。しかし、イスラム穏健派の指導者たちは、イスラム過激派が、社会的階層や職業に関係なく、多くの若者を引きつけていると常々指摘している。実際、9.11の実行犯たちも、裕福な家庭の出身で、高等教育を受けていた。容疑者たちが医師であること自体は、驚くことではないのかもしれない。

Wednesday, July 04, 2007

MMC/MTAS ブログ内リンク

 日本人のドクターたちから、私が書いたMMC/MTASの記事が参考になったというコメントをいくつかいただいた。最近の英国での連続テロ・テロ未遂事件に関連してのコメントというのは予想外であったが、読んでもらえるというのは嬉しいことである。(私の同僚は、このブログは読めません!)

 3月の街頭デモから約4ヶ月。時には怒りにまかせて、時には絶望感に襲われながら、MMC/MTASについて少しずつ書いてきたものが、いつのまにか結構な数にのぼることに気がついた(気がつくのが遅いですね)。何を書いたか忘れてしまうこともあるので、リストをつくっておくことにする。

June 2007

  • 心がつぶれるような
  • Demoralising
  • MTASラウンド1の結果
  • May 2007

  • Judicial Reviewの結果
  • さらなる辞任劇
  • 対話するマスコミ2
  • MTAS退場
  • April 2007

  • MTASその後
  • 指導医研修その2
  • 指導医研修その1
  • March 2007

  • 呉越同舟-迷走するMMC-4
  • 優秀な研修医を選ぶとは-迷走するMMC-3
  • 政治的「裏」事情-迷走するMMC-2
  • 迷走するMMC-1
  • 白衣を着て街に出よう