政治的「裏」事情−迷走するMMC-2
MMCおよびMTASは、医師の研修を全国一律化・標準化し、公正・透明な選考・評価を行ういう目的のために導入された。
旧来の研修制度における専門医研修の選考・評価は、公平ではない。ひとつのポストを巡って数十から百人を超える応募があり、選考する側の負担が大きく、その方法は標準化されておらず、不透明である。専門医試験は、現場での臨床能力や、コミュニケーションやチーム・ワークといった人間性を適性に評価するシステムが、不十分である。研修内容はといえば、地域差があり、とくに後期専門医研修では臨床よりも研究面での達成度が重要視されすぎている。現代の医療現場で必要とされる、人間性豊かで臨床能力の高い専門医を育てるためには、その選考・評価方法も現代化しなければいけない、というのが政府の主張である。
しかし、政府の実際の思惑は、もっと違うところにある。以下、常に内輪では話題にのぼることである。関連する情報が時折リークされたりするが、もちろん、政府は表立って認めたことはない。(よって、下記の情報をバックアップできる資料はきちんと提示できません。引用する場合、あくまで、伝聞に基づいた情報、私の個人的見解であることを銘記してください。)
New Labour(Tony Blair率いる労働党)のもと、医学部の定員は増え、研修医の数も増えてきた。しかし、まだ専門医が足りず、地域・専門科による医療格差は縮まっていない。政府は、研修期間を短縮し、専門医の数を早く増やしたい。
しかし、やみくもに専門医の数を増やしてコンサルタントのポストを増やすと、NHSの予算がパンクする。そこで、研修期間を短縮し、コンサルタントのなかでさらにグレード分けし、給与を押さえたい。
コンサルタントのポストを現状の水準に抑えるためには、コンサルタント予備軍の研修ポストを増やしたくない。そこで、新しい制度では、正規の研修ポスト(Run-through training)の数は、これまでのSHO/SpRのポスト数よりも少なく押さえられている。しかし、それではNHSのサービスを回転させる労働力が不足するため、期間限定の研修ポスト(Fixed-term specialist training)や、正規の研修期間にはカウントされないポスト(Career post)が用意されている。相互のポスト間の移動は可能であり、また、Career postで働いた場合、別ルートでの評価を経てCCT(Certificate of Completion of Training、専門研修修了証明)を得ることは不可能ではない。しかし、現実には、Run-throughポストがとれないかぎり、CCTをとれる見込みは限りなく少ない。また、正規のルートによるCCTは、別ルートによるCCTよりも「格」が上になる。一方、NHSは、労働力そのものが減るわけではないので、コンサルタント予備軍の増加を心配することなくリクルートできるというわけである。
また、これまで医師が担ってきた役割(薬の処方や処置)を、専門看護師(Specialist Nurse)に任せる動きも加速している。優秀な看護師の活用、サービスの向上のためと謳ってはいる。しかし実情を見ると、専門医を養成するよりも専門看護師を養成するほうがずっと早い、コンサルタントによるサービスよりも専門看護師によるサービスのほうが運営費用も安い、という運営側の論理がある。
現在のコンサルタントたちは、この動きを必ずしも歓迎していない。(既得権の保持が理由ではなく、研修内容や医療レベルの維持、責任の所在という問題のためである。)政府や一部の学会は、「新しい医師像・医師の働き方」というキャッチ・コピーで、これまで医師の責任であった役割を専門看護師や他の職種のプロフェッショナルに譲り、コンサルタントは困難な事例のケアに専念するよう誘導している。こういった流れを抵抗なく受け入れ、多職種によるチームで、チームのトップではなくチームの一員として仕事ができる、「話のわかる」コンサルタント予備軍を養成したいと、政府は考えている。
これらは、この国で仕事をしていれば、普段からよく聞くことである。王立学会はこの流れを「憂慮する」声明を時折出すものの、積極的に政府に反対することはなく、むしろ改革に協力してきた。これは、90年代に数々の医療スキャンダル(Shipman事件や、Bristolでの小児の心臓外科手術事件等)が相次いで明るみに出たため、医学界としては積極的に「改革」に反対できない雰囲気があり、政府が改革に着手しやすかったためと言われている。
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