Saturday, May 26, 2007

祝100本目!

 これが100本目のエントリーである。早いもので、初めてのエントリーから1年と3ヶ月弱。ようやく100本目までたどり着いた。

 このブログ自体をセットアップしたのは、実は、そのさらに約1年前にさかのぼる。イギリスで初めて臨床の仕事を始めるにあたり、日々の出来事を記録しておきたいというのが動機だった。

 しかし、現実は甘くなかった。日常業務に慣れるのに精一杯で、とてもブログまで手が回らなかった。そもそも「日記をつける」ということにこれまで一度も成功したことのない私。続かなかった。

 それから約1年。私が仕事にも慣れ、コンサルタントになったことは、大きな変化であったが、それ以上に、日本でもイギリスでも、医師を取り巻く状況がものすごいスピードで変化し始めた。ブログの機能も、単なる記録としての場から、ネットワーキング、議論の場へと進化した。私も、及ばずながら、自分の知りうる範囲で、イギリスの医療について、イギリスで日本人が医療者として働くということについて、外の世界に向けて発信していきたいと思うようになった。また、外の人に向けて書くということで、自分自身が勉強せざるを得ない状況に追い込むことができるという利点もあった。動機が少し変化したら、不思議なことに、書き続けられるようになった。

 そんな折におこった福島大野病院事件。地球の反対側にいた私にとっても、考えさせられることが多かった。前後して、「日本の医療崩壊」が仮定の話でなくなる中で、よく「イギリスの医療崩壊」がとりあげられることに気がついた。多くの医師がブログや医師専用のウェブサイトで議論を繰り広げ、「このままではイギリスのようになってしまう」、「イギリスのようになるのは避けなければ」等々の言葉が見られるようになった。

 ひとつには、近藤克則先生の本の影響が強いのだろう。イギリスの現況と対比させながら、政府の医療費抑制政策に、きちんとしたデータをもとに反論を試みた立派な本であり、ひじょうによく書かれているが、なにせ2002-3年の情報が中心である。NHSで5年という時間は、ふた昔前に等しい。それからもいろいろなことが起こっているが、誰も追いかけようとせず、限られた、古い情報をもとに話をしている。

 もうひとつのネタ元は、インターネット上のNHSに関する悪評であろう。探せば山ほどある。しかし、ほとんどが、NHSで大変な思いをした人たちの主観的な描写であり、それらを全般化するのは無理がある。

 NHSはこの10年間、めまぐるしいほどの変化を経験してきた。ブレア政権が多額の税金を投入して試みたNHS改革は、あまりうまくいっていない。これは、日本のネット上にあふれているような、「サッチャー政権による医療費抑制によりいったん崩壊した制度は、なかなか改善しない」などという一文で簡単に説明できるものではない。原則無料のNHS制度へのイギリス国民の強い愛着、イギリス社会の構造的な問題(手厚い福祉、労働倫理、移民問題)、ヨーロッパ全体に強い労働衛生や権利意識の問題(European Working Time Directiveによる医師の勤務時間の制限)、政府が率先して進めている「New way of working(新しい働き方)」によりひきおこされている、職種間の軋轢、拙速・無節操な計画にもとづく相次ぐ「改革」によるスタッフの疲弊・無力感など、数えきれないほどの理由がある。また、それらにも増して、日々進歩する医療そのものにより引き起こされる問題(先進医療の要する人的・経済的コスト、医療倫理)が大きく影響していることを忘れるべきではない。

 そんな中でも、イギリスの医学教育、卒後教育のレベルは、あいかわらず高い水準を保っている。また、イギリス人(またはイギリスのシステムの中で働く人たち)の創造性(純粋な創造性だけでなく、いろいろな制限の中でやむなく創造的にならざるを得ない部分も含む)は、時に斬新なサービスを生む。

 こういった多様性のある善悪両面が「イギリスの医療崩壊」のひとことで説明されることを、常々残念に思ってきた。

 サッチャー政権のもとで加速したイギリスの医療制度の疲弊は、ある部分、日本の医療制度が今まさに経験していることと重なる。つまり、イギリスのここ10-20年間の歴史や現行の医療現場を知ることは、10年後の日本の医療制度を模索する上で、いい意味でも、反面教師という意味でも、またとないお手本になるはずである。

 浅はかにも、すぐに個人を同定されてしまうようなブログのアドレスにしてしまったので、自己規制が働き、これまで、わりとお行儀のいい記事を書いてきたように思う。ふだん毒舌でならす私としては、いささか物足りないと思っているのだが、なかなか、普段感じていることを記事の内容に反映できないでいる。世の中の動きがあまりに速く、私の頭の回転と筆の速さがついていかないせいでもある。

 そんなことをつらつら考えながら、200本目は、もう少し過激に、かつ建設的な記事になるよう、心がけたいと思う。

 ちなみに、うちの母は、律儀にも、たまにこのブログをチェックして、メールで感想を送ってくれる。目に見える読者が今のところ彼女だけなので、母親相手に書いている気がしないでもない。

 もし他に読んでくださっている方がいたら、ぜひ、コメントを残していってください。感想でも、イギリスの医療制度についての質問でも、記事に関するリクエストでも、何でもかまいません。どうぞよろしくお願いします。母には、会社の入社式についてくる過保護な母親に見えるから、コメントだけは残さないでくれるよう、頼んであります。

2 comments:

Anonymous said...

 はじめまして。Tai-chan先生に紹介されて、こちらの方に参りました。アメリカに比べると日本の制度に近いイギリスの仕組みには興味はありますが、なかなか現地のお話など知ることが出来ず、先生のブログはとても参考になりました。また、引き続きよろしくお願いします。

Nozomi said...

skyteamさま。コメントありがとうございます。(先生のブログ、愛読しております。)

イギリスをはじめ、ドイツやフランスの医療制度は、アメリカの制度よりもずっと日本の制度に近く、いろいろな意味で参考になるのではないかと思うのですが、おっしゃるとおり、情報不足です。WHOやOECDのデータはありますが、これらは数字の羅列で、実際の制度の生きた内容を知るのはなかなか難しいですよね。

まわりにヨーロッパ出身の医師がたくさんいるので、いつか彼らに質問しようと思ってはいるのですが、顔を合わせると、目の前にあるイギリスの制度への愚痴に終わってしまい、いまだ果たせていません。