Wednesday, November 01, 2006

50番目

 South London & Maudsley NHS Trust (SLaM)は、本日から、 South London & Maudsley NHS Foundation Trustになった。50番目のFoundation Trust(ファウンデーション・トラスト)だそうである。

 Foundation Trustは、2003年に Health and Social Care (Community Health and Standards) Act 2003のもとに創設された、新しいタイプのNHSトラストを指す。政府のNHS改革の一部で、当初、急性期病院トラストから始まり、2005年から精神保健トラストも申請できるようになった。

 申請するかしないか、あるいはできるかできないかは、各トラスト次第である。財政、クリニカル・ガバナンス(臨床面における統治)、医療サービス等の項目ごとに設けられた基準を満たすと、申請する資格が得られる。申請は、Monitorという、Foundation Trustの管理のためだけに設けられた独立組織によって審査され、Foundation Trustにめでたく認定されると、普通のNHSトラストと異なり、政府のコントロールを受けずに、独自に経営ができることになる。認定後もMonitorが運営状況を定期的にモニターし、一定の基準を満たさないと、認定を取り消されることもあり得る。

 「政府のコントロール」について、もう少し具体的に説明しよう。従前のNHSトラストの場合、たとえばランベス区SLaMの運営費は、ランベス区一次ケア・トラスト(Primary Care Trust、PCT)がSLaMのサービスを「購入」した代金が大部分を占め、これを使って、ランベス区の地域住民のための精神保健医療サービスを担当してきた。PCTがサービスの購入者であるため、SLaMのサービスの内容について、PCTの発言権は小さくなかった。また、ほぼ独占状態であるため、PCTの財政事情がSLaMの予算に直結してしまう。2006/7年度の経費削減がいい例である。ランベス区PCTには、その上のStrategic Health Authorities(SHA、戦略的保健機構)、さらに保健省の計画のもとに予算が配分されるため、直接的ではないにせよ、SLaMの運営は政府のコントロール下にあった。(NHSの仕組みについでは、こちらにまとめてあります。)

 Foundation Trustになると、トラストが主体的に財政計画を立て、サービスを運営できる。Founduation TrustとなってもNHSの一部なので、地元に医療サービスを提供するのが一番の仕事だが、サービスの質・量・内容に関して、地元のPCTと「Activity based contract(サービス内容に基づいた契約)」を結ぶことができる。また、地元以外のPCTと別個に契約してサービスを提供することも可能になる。

 これだけ見てみると、格上げされて、普通のトラストにはない「自由」を与えられたように見えなくもない。ところが実際は、もし運営がうまくいかなくなった場合、これまでのように政府の救済は期待できない。ちょっと聞こえのいい名前を餌に、これまでと同等あるいはそれ以下の運営費を与えられ、多大な「自己責任」を要求されているにすぎないというシニカルな見方もある。

 SLaMのチーフ・エグゼクティブのStewart Bellは、早い時期からFoundation Trustを意識した活動をしていた。トラストを成す4つの区のうち、予算規模が大きい2つの区(ランベスとサザック)が大幅な経費削減をしなくてはいけないこの時期に、初心貫徹でFoundation Trust認定にまでこぎ着けたわけで、その政治的手腕を賞賛する向きもある。

 現場の反応はといえば、様子眺めというのが一番近い状況だろう。Foundation Trustの運営には、サービス利用者やその家族、職員、チャリティ団体や患者団体等の「地元の人たち」が参加する。これを「メンバー」といい、メンバーは選挙で選んだ代表者を運営会議に送り込む。「地元密着」、「いろいろな背景を持つ人たちの参加」を強調するには、メンバーが多いにこしたことはない。これまでに約2,500人のメンバーが集まったが、エグゼクティブたちの再三の呼びかけにも関わらず、4,000人超のSLaM職員のうち、これまでにメンバーになったのは400人程度という。エグゼクティブたちと現場との距離を表しているのかもしれない。

 さて、Foundation Trustは「優良トラスト」の代名詞なのだろうか。これまでに、173の急性期病院トラストのうち47トラスト、74の精神保健トラストのうち5トラストが認定を受けている。この調子だと、そのうちに全部がFoundation Trustになってしまうではないか。そうしたら、政府は次の新しい名前と仕組みをひねり出して、差別化を図るのだろうか。もっとも、その頃どの政党が政党にいて、どんな「NHS改革」を打ち出しているかわからないけれど。

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