Thursday, June 22, 2006

皮肉な理由 − 経費削減その3

 さて、経費削減その3。なぜランベスSLaMが経費削減をしなければいけなくなったか、その理由である。

 ランベスSLaMはこの2-3年、連続して収支の帳尻を合わせたので、他の赤字トラストのように、今年度の予算を削られるというペナルティは受けない。したがって、今回の経費削減は、ランベスSLaMの経理事情とはまったく無縁のところで生じている。

 ランベスSLaMのサービスの多くは、ランベスPCT(Primary Care Trust、一次ケア・トラスト)が購入している。つまり、PCTがSLaMの財布を握っているのである。そのランベスPCTが経費削減をしなくてはならなくなり、その管轄下にあるSLaMや他のトラストから資金を引きあげる(disinvestment)ことをやむなくされたため、そのとばっちりがランベスSLaMに来たのである。

 それには、大きく分けて、2つの理由がある。

 まず、第1の理由。今年度、ロンドンのすべてのPCTは、収入の3%を使うことができない。この3%は言ってみればピンハネで、ロンドンのいくつかの赤字トラストを助けるために使われる。つまり、赤字トラストは臨時収入があるということになる。(これは、いずれ返さなければいけないので、赤字を積み重なるだけなのだが、一服つけるようになることは間違いない。)「皮肉」なことに、SLaMを含めて、ランベスPCTの管轄下にあるNHSトラストは赤字を出していないため、ランベスPCTはこの臨時収入を受けられない。

 2番目の理由。NHSは税金で運営されているため、毎年、地域の人口や医療保健上のニーズにより、Strategic Health Authorities(SHA、戦略的保健機構)を通して、年間予算が各PCTに割り当てられ、PCTから各トラストに分配される。この分配金は、いわゆる「丸め契約」で、各疾患や病態に対しての「治療単価」が地域ごとに決められているものの、何人の患者を診て、どのような治療・検査をしたかという、診療の「量」は反映されていない。(イギリスには、日本の保険医療制度のような診療報酬体系は、存在しない。)

 ところが、政府のNHS改革の最終段階として、「Payment by Results (PbR)」と呼ばれる新しい診療報酬制度が導入された。これは、イングランド全域で、各疾患や病態ごとに、患者1人あたり、または1検査・手術あたりの共通価格(National Tariff)を設定し、医療サービスの量と効率性を費用に反映させようとする試みである。(ここでいう「Results(結果)」は、提供されるサービスのことで、治療の結果を指すものではない。)この制度は、サービスの量(治療した患者数や手術件数等)に応じた費用を払うという「アメ」の側面と、一定の価格内でより効率的な医療をしなければトラストの持ち出しになるという「ムチ」の側面をもつ。2008年には、精神保健トラストを含む、すべてのNHSトラストに導入される予定だが、現在は旧制度から新制度への過渡期で、「Purchaser Parity Adjustment(購入者価格調整)」と呼ばれる移行措置がとられており、PbRは病院トラスト(acute hospital Trusts、総合病院を主体とした、急性疾患を主として扱うNHSのトラスト)のみに導入されている。

 歴史的に、ランベス区では、病院トラストの診療価格はイングランドの平均価格を下回っていた。しかし、PbRの導入によって共通価格を払わなければならなくなり、ランベスPCTは、これまでと同等の病院トラストのサービスを購入するために、これまでより多額の支出をせざるをえなくなった。

 さらに、これまで病院トラストの医療価格が安かったことに助けられて、ランベスPCTは、イングランドの平均よりも高い割合の資金を精神保健サービスにまわすことができた。聞いた話では、イングランドのPCTの精神保健サービスに対する平均支出割合は12-13%であるいっぽう、ランベスPCTは、約20%を精神保健サービスに当てていたという。(イングランドで1、2を争う高い精神疾患有病率を誇る地域を抱えているのだから、当たり前といえば当たり前である。ランベス区と地方の町や村を比べて、同等の精神保健サービスの需要があるとしたら、そちらのほうがおかしい。)

 つまり、ランベス区は、病院トラストの医療価格がPbRにより上昇し、他の分野への支出を減らさざるを得ない上に、これまでイングランド平均よりもずっと多額の資金を精神保健サービスにまわしていたために、減らせる部分が相対的に少なく、さらにやりくりを厳しくしているのである。その結果が、今年度・来年度の、ランベスSLaMの計400万ポンドの削減となったわけである。

 ともあれ、事情はわかった。でも、私の「なぜ」は消えない。なぜ、こんな急激に、新しい政策や制度を次々に導入するの? 導入するならするで、シミュレーションはしなかったの? シミュレーションをしたら、こうなることは予想できたでしょうに。それとも、政府のアドヴァイザーのシミュレーションでは、大成功間違いなしという予想だった?(これは、大いにあり得る。なんたって、政府のアドヴァイザーやコンサルタントは、ことごとく、とんでもない予想をする。たとえば、2004年のEU拡大に伴い、新EU加盟国から職を求めてイギリスに来た移民数は、政府アドヴァイザーの予測の約10倍にのぼり、移民局がパンク寸前になった。)

 現在、ランベスSLaMでは、PCTに対して、今後は3年単位でService Level Agreement(サービス内容合意)を結び、変更がある場合は、最低でも12ヶ月前に通告するように契約方法を変更するよう、交渉を進めている。また、PCTのふところ事情がSLaMへの支出の見直しに直結しないよう、できるだけ早くActivity based contract(PbRの一環で、サービスの質と量に応じた価格を設定し、支払いを受けるという契約方法)を結ぶよう、働きかけている。

 もっとも、病院トラスト以外のトラストの共通価格はまだ発表になっていない。また、Activity based contractを結ぶにしても、サービス価格をどのように決定するのかは、まったく白紙である。価格がわからないのに、どうやったら契約が結べるのだろうか・・・。

 NHSの不思議はまだまだ続く。(今回の「経費削減シリーズ」は、いったんおしまいです。)

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