Saturday, November 18, 2006

ベッドがない

 先週末、私の患者の1人が急に具合が悪くなった。この半年来、何度か軽い症状再燃をきたし、その度に、Home Treatment Team(HTT)に2-3週間訪問治療してもらって乗り切ってきた。先々週末がGuy Forks Nightで、近所で夜通し花火が上げられていたためにまったく眠れず、一気に悪化したらしい。

 今回もなんとか乗り切れないかと様子を見ていたのだが、木曜日になって事態が一転深刻になてしまった。彼女が自身の加害妄想のために警察に行ったあとで、ほぼ丸1日行方不明になってしまった。幸い、翌日彼女はホームに戻り(彼女は24時間職員が常駐する施設に暮らしている)、少し落ち着いたのだが、本人が同意したこともあり、任意による入院治療は避けられないという結論に至った。

 で、週が明けた月曜日。ベッド・マネージャーに電話をして入院の依頼をした。「女性のベッドはすでに5人待機しているので、彼女は待機リストの6番目になる。」

 ランベス区SLaMでは、地域のチームが入院が必要と判断した場合、まずHTTと一緒に患者を診察し、HTTの介入でも入院が回避できないという判断をして初めて、ベッド・マネージャーに連絡して入院を依頼する。

 ランベス区SLaMには、急性期用の病棟が6棟ある。男性専用2、女性専用1、男女混合1、早期介入用1、精神科救急用(PICU)1である。入院は各病棟持ち回りで受け入れる。ランベス区SLaMが対象とするのは区民26万人なので、人口1万人あたり精神科急性期ベッド4.3床の計算になる。(ちなみに、ランベス区は、ロンドンの中でもエスニック・マイノリティや貧困層の割合が高い区のひとつで、精神科治療を要する患者の割合はイングランドの平均よりもずっと高い。)

 入院経路としては、今回のように地域のチームが任意入院、または、精神保健法に基づいた強制入院を依頼するケースに加えて、警察官に保護されて精神保健法のSection 136に基づいた診察を経て入院になるケース、刑務所で受刑中あるいは釈放時に治療が必要なために移送されてくるケース等がある。これら全部を、ベッド・マネージャーが一元的に管理する。

 入院が本当に緊急の場合、待機リストの順番を飛ばして入院させることもある。緊急の場合、どうしてもベッドが用意できなければ、SLaMの他の区のベッドに空きがあればそれを借りる。それでも対応できない場合、プライベートの精神科病院のベッドを「買う」ことになる。

 さて、私の患者は月曜日に入院待機リストに載った。チームのスタッフは、連日、本人の状態をチェックし、ホームのスタッフが対応できるか確認するとともに、ベッド・マネージャーに待機リストの状況をしつこく聞いていた。時節柄か、具合が悪い患者が多く、ベッドはまったく空かず、待機リストはいっこうに動かない。

 金曜日のお昼過ぎ。ベッド・マネージャーと話をした。「女性専用の病棟がまったく入院を受けられない。今日のコンサルタントの回診が終わったら何人か退院できると思うが、6人は入院できない。」というわけで、私の患者はまだ入院できず、ベッドが空くのを待っている。

 リエゾン精神科や急性期病棟で仕事をしていた頃、よく、チーム・リーダーがベッド・マネージャーと電話でベッドを巡ってやりあっているのを目撃した。なんとかしてベッドを回転させようとするマネジメント側と、無理して入院あるいは退院させた場合に生じるリスクを背負わなければならない臨床側の攻防である。

 ベッド・マネジャーは、週に1-2度、ベッド状況のデータを、マネージャーやコンサルタント宛にメールで送ってくる。

 先週のある1日のベッド状況を見てみよう。

 急性期113床のうち、入院可能なのはPICUの1床のみで、あとは全部埋まっている。それどころか、実際に入院リストに載っている患者は実際のベッド数の130%超。これは、許可を得ずに病院を離れ戻ってこない人(AWOL、Absense without leave)が数人と、退院を前にした試験外泊をしている人がかなりいるためである。外泊中の人のベッドをあけっ放しにしておくような贅沢は許されないということだ。外泊期間も含めて、平均入院期間は約3週間となっている。

 他の区のベッドを借りて入院している女性患者2人。自宅で入院を待っている患者が男性2人、女性4人。精神保健法による診察が予定されていて、診察後強制入院になる可能性がひじょうに高い患者が男性4人、女性1人。

 これは、ごくごく普通のベッド状況である。こんな綱渡りをしながらも、地域のチームと、HTT、Assertive Outreach Serviceなどを使いながら、患者の治療と危機管理をおこなっているのだから、たいしたものである。

 精神科病床34万床を抱える日本で研修を受けた私にとっては、当初は驚きの連続であった。(さすがに、もう驚かなくなったが。)こちらのシステムがたくさん問題を抱えているのは否定しないが、こうした状況で仕事をしていると、とくに危機管理や医療経済の面で勉強になることが多い。

 ベッドを待っている私の患者が、週末をなんとか乗り切ってくれることを祈っている。

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