Saturday, April 29, 2006

半隠居祝

 今日は久しぶりに二日酔いである。ゆうべ、遅くまで飲んでいたせいだ。

 ゆうべは、ソーシャル・ワーカーTの「semi-retirement party(半隠居祝)」だった。Tは、40代後半(たぶん)の男性ソーシャル・ワーカーで、ランベス区で22年働いてきて、今は、南西チームのAssessment & Treatment Teamにいる。5月からは、週に2.5日のパートタイムで働くことになるので、彼自身と、ソーシャル・ワーカー仲間たちから、ほぼ同時に、「フルタイムからの引退」を祝う飲み会が提案された。

 Tは、同僚からの信頼も厚い、優秀なソーシャル・ワーカーである。製薬会社がスポンサーになるチームの飲み会には、「非倫理的だ」と、頑として出席せず、Mental Health Act Assessmentのための医師を、患者への態度の善し悪しによって選り好みするという、信念の人でもある。

 Tとは、一度だけ一緒に仕事をしたことがある。私が前のチームで仕事をしていたとき、病欠だった彼のチームのコンサルタントのピンチヒッターで、緊急の家庭訪問に行った。患者は60代の女性で、教科書に出てくるような典型的な躁症状を、丸ごとセットで示していた。未治療の躁エピソードで、患者はほとんど寝ておらず、重度の身体疾患のある、ほとんど動けない夫が、きちんと世話も受けられないまま、彼女の傍らに横たわっていた。家には7匹の猫がいて、彼女が躁状態になってから招き入れたホームレスが2人、同居していた。臨床的にも、社会福祉の面でも深刻な状況だったが、患者は底抜けに明るく、楽しそうで、Tも私も、何度も思わず笑わってずしまうような、おかしな診察だった。これは、その後もTと顔を会わすたびに話題にのぼる、忘れられない、興味深い事例となった。

 この家庭訪問、予定外で、私にしてみれば、他に医者がいないからとTに泣きつかれ、びっしりのスケジュールのなか、なんとか時間をやりくりしたのだった。Tもそれを知っていて、恩に感じてくれているのか、その後もことあるごとに、私に褒め言葉をくれる。

 飲み会は盛会で、5時半頃から、会場のパブに人が集まり始め、いくつかのテーブルにわかれて、ひたすらみんな、飲んで、しゃべって、笑った。(ちなみに、イギリスの飲み会の常で、人はみな、ひたすら飲むだけで、食べるものと言えば、ポテトチップスやナッツくらいである。)

 8時過ぎになって、ようやくTと話すことができた。5月から彼は、ソーシャル・ワーカーとして仕事をした残りの週2日半を、ゲシュタルト療法のプラクティスに使うそうである。ゲシュタルト療法ではそんなに稼げないので、家のローンが払えなくなるかもしれないなどと言いながら、笑っていた。もう、毎日仕事のことでストレスを感じるのは十分だ、これからは、歩いていて、道端の薔薇の香りに気がつけるような生活をしたい、このままこの仕事を続ければ、燃え尽きてしまうかもしれないから、ちょうどいい時なんだ、と言っていた。もしうまくいかなかったら、またフルタイムに戻るという選択肢もあるし、とさらに笑った。

 他のソーシャル・ワーカーに教えてもらったのだが、ランベス区では、勤務時間について、かなり、融通が利く。Tのように、週2-3日のパートタイムで働くこともできるし、フルタイムの週35時間分を、週5日ではなく4日に振り分けて働くこともできる。有給休暇をすべて学校の休暇期間にまわし、子供が学校に通っている期間のみフルタイムで働き、休暇中はいっさい働かない、そのかわり有給休暇はなく、休んだ場合は給料からその分差し引かれる、という制度もある。

 チームの立場からすると、誰かがパートタイムにうつれば、チーム全体としての人員は減る。減った分がすぐに補充されるのは稀だし、だからといって、チームとしての仕事の全体量が減るわけではない。では、どうなるかというと、チームとしてできる範囲ではカバーするが、カバーしきれない時はしきれないので、しかたがないのである。仕事に優先順位をつけて、優先順位の低い仕事は、後回しにされるだけである。

 誰も、他人の選択についてとやかく言わない。粛々として、そういうものと受け止め、自分に与えられた仕事だけに励む。そして、人が足りなかろうと、誰もが、きちんと有給休暇を消化する。また、風邪のひきかけであっても、病休をとることも忘れない。

こんな環境の中、30日の年休と、10日の研究休暇が保証されているというのに、チームが立ち上がったばかりだから心配で休めない、などとほざきながら、もう5月になるというのにまだ1日も休んでいない私は、みんなに「ちゃんと休暇を取らなきゃだめ」と叱られるはめになるのだ。

 それでも、ほんのちょっとだけ無理をして他人の分の仕事をして、興味深い経験ができて、そのあとも、ことあるごとに褒め言葉をもらえるというのは、悪い話ではないと、私は思っている。まだ1年しか働いていないのだし。

 ともあれ、 Tの半隠居生活が、ハッピーなものになるよう、心から祈る。

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