Saturday, June 09, 2007

MTASラウンド1の結果

 今年8月からの研修制度の選考のラウンド1の結果が出た。ポストのオファーをもらった研修医は、48時間以内にオファーを受けるか受けないか返答しなければならない。オファーを蹴る研修医が出て空いたポストには、補欠リストの上から順に割り振られていき、6月22日までに、ラウンド1の全ポストが埋まることになっている。

 私の働いているSLaMには、4つの異なる研修ローテーションに所属する研修医が、合わせて100人近くいる。そのうち、なんと、10人しかロンドンの研修ポストのオファーを受けられなかった。

 SLaMは、Maudsley病院とBethlem Royal病院を抱える、イギリスで一番大きな精神保健専門のNHSトラストである。世界でも有数の業績を誇る精神保健研究所とのつながりが強いため、上昇志向の強い研修医があちこちから集まってくる。今現在、SLaMで研修している研修医たちは、すでに厳しい選考を勝ち抜いてきたのである。そんな研修医たちのわずか10%しか、彼らがすでに勝ち得た研修ポストのオファーをとれなかったのである。

 いま、私が一緒に仕事をしているスタッフ・グレードの医師Aは、以前のスタッフ・グレードのHが産休のカバーをしてくれている。Aは医学部卒業後、約6年のキャリアがあり、数ヶ月前、中期研修を終えた。同僚からの信頼は厚い、優秀な医師である。Royal CollegeのMembershipの試験も一発でパスし、いくつかの論文も発表しており、経歴としては申し分がない。今回の選考では、ラウンド1aで、応募した4つのポスト全部(うち2つがロンドンのポスト)で1次選考を通った。ロンドンの1次の合格率が18%だったことを考えると、これはすごいことである。

 しかし、ロンドンのポストのオファーは来なかった。オファーがあった人と比べても経歴に劣るところはまったくなく、面接もうまくいったのに、なぜポストがとれなかったのか。彼は深く落ち込むとともに、ぶつけようのない怒りを感じている。

 このような例は、彼だけではない。Remedy UKのサイトでは、ラウンド1でオファーが来なかった人たちに、経歴を書き込むように呼びかけている(No Jobs in Round 1?)。これを見ると、なぜこの人にオファーが来なかったのかと思うような経歴が、ずらりと並ぶ。医学部を優秀な成績で卒業。国際学会での口頭発表に論文発表、臨床調査(audit)に医学教育、医学関係の修士号・博士号の取得、などなど。

 6月下旬からラウンド2が始まるが、研修ポストがどれだけ残っているのか、いまひとつはっきりしない。つまり、ラウンド1でポストをとれなかったということは、研修を続ける可能性がかぎりなく少なくなったことを意味する。

 オファーが来なかった医師たちは、この週末をどのような気分で過ごしているのだろうか。Remedy UKのフォーラムを見ると、8月から無職になる可能性をふまえて、今週末に、ローンを返済中の家を売りに出すという人が、少なからずいる。また、オーストラリアで研修を続けることや、医師以外のキャリアを模索する人たちもいる。

 運よくオファーをもらった人たちも、複雑な心境でいる。安堵したとはいっても、まわりを見渡せば、オファーをもらった人ともらわない人の能力の差がはっきりせず、素直に喜べないと思う。

 1万人を超える若い医師たちが苦悩し、裏切られたと感じ、傷ついている。イギリスの医療の将来を背負って立つ若い医師たちの記憶に、この傷はずっと残るに違いない。

 この負の遺産に8月以降、もっとも影響を受けるのは、言うまでもなく、患者たちである。

 最初の問題は、8月1日に起こると予想されている。ラウンド2は当初、7月いっぱいで終わり、8月1日にはすべての研修ポストが埋まっている予定であった。しかし、相次ぐシステムの変更で、これが10月下旬までずれこむことになる。研修医たちが8月1日に一斉に移動し、あちこちで研修医が足りずに、NHSのサービスがパンクする可能性がある。

 しかし、それよりも大変なのは、長期的なつけであろう。数年にまたがる世代の研修医の士気を、一気に下げてしまったのだから。一番の責任を負うべき政府と保健省は、今後、彼らの信頼をとり戻すことができるのだろうか。(とり戻そうという気があるのかどうか、疑わしいところであるが。)

4 comments:

Masa said...

マイアミの青い空というブログを書いています。イギリスの厳しい現実、たいへん参考になりました。勝手ながら貴ブログをリンクに加えさせて頂きました。今後ともよろしくお願いします。

Nozomi said...

masaさま。コメントとリンク、ありがとうございます。医療関係の記事にコメントをいただいたのは初めてなので、ちょっと感激しています。

イギリスの研修医をめぐる状況は、悲惨としか言いようがありません。研修医たちが一番の被害者ですが、絶望する彼らを前に何の手助けもできないシニアたちも、無力感を感じています。demoralisingとはこういう雰囲気のことをいうのだと、実感しています。

この問題は、まだまだ二転三転が続くと思いますので、今後も書き続けていきます。

Anonymous said...

nozomi 先生、こんにちは。こちらへは初めてコメントさせていただきます。

MTAS関連の記事を「白衣を着て街に出よう」まで、さかのぼって読ませていただきました。
暴力で訴えるのは良くないのですが、例の事件の背景が良く分かりました。

Nozomi said...

たけるさま。ランダムに書き散らかしている私のブログで、MTAS関連の記事をさかのぼって読むのは大変だっただろうと思います。

4/07/2007付で、MMC/MTAS関連の記事のブログ内リンクを作りました。ご参考になれば幸いです。