Thursday, July 05, 2007

テロ事件と外国人医師

 先日、ロンドンとグラスゴーで、連続テロ・テロ未遂事件が起こり、現在までに事件に関係しているとして、8人が容疑者として逮捕された。そのうちの6人が、NHSで働く(あるいは働いたことのある)外国籍の医師であるらしい。

 これに関する日本の報道で、事実誤認ではないものの、必ずしも真実をきちんと伝えていない表現があって、どうも気分がよくないので、ここに指摘しておきたい。例として、東京新聞の記事を引用するが、他にも、似たような内容の記事を目にした。

*******ここから引用

2007年7月4日 朝刊【ロンドン=池田千晶】

外国人医師中心か 英連続テロ犯 待遇不満の指摘も

(前略)

 BBC放送などによると、英国に登録する外国人医師は十二万八千人で全体の約半数。インドの二万八千人を筆頭に南アフリカ、パキスタン、イラクが上位を占める。

 英国では、公立病院で働く英国人医師や看護師らが、給与など待遇への不満から海外に流出するケースが続出。医療サービスは外国人に依存せざるを得ず、労働許可証なしの就労が可能だった。

 ところが、英政府は昨年、移民政策を見直し、医師にも労働許可証が必要となった。その結果、欧州連合(EU)域内からの医師らが優先され、英国の医療制度を支えてきた外国人医師らが締め出される羽目に。ガーディアン紙は「技能を磨く機会を奪われた医師らは不満を募らせていた」と指摘している。

*******引用ここまで

 この記事の終わり方では、待遇に対する不満が、彼らがテロ行為に走った原因、あるいは間接的な理由と示唆しているように受け取れる。それが記者の本意であったとすれば、不誠実である。

 彼らは、イギリス国内にいる10万人を超える外国人医師のうちのごくごく一部である。もちろん、彼らは英国での待遇に不満をもっていたかもしれない。しかし、それとテロ行為をこのように結びつけるのは、行き過ぎであろう。だいたい、彼らが国外で過激派にリクルートされて入国したのか、入国後、過激派に傾倒し、テロ行為に進んでいったのかは、まだわかっていないのだ。

 ほかにも、細かい点をいくつか指摘しておく。

 英国人医師が、英国での待遇に不満を持ち、米国などのより待遇のいい国へ流出しているというのは、6-7年前までのことで、最近のことではない。

 ただでさえ医学部定員が少なかった上に、医師が国外に流出し、英国は、外国人医師に依存してきた。90年代後半から医学部定員の数を大幅に増やし、医師の待遇も改善し、外国人医師も一部は定着し、ようやく医師数が充足しつつあるというのが、最近の状況である。

 労働許可証なしの就労というのは、permit-free employmentのことを指し、医師にかぎらず、他の職種にも適用されている。2006年春に移民法が改正されるまでは、外国籍の医師で、英国で研修ポストにつく場合、work permit(労働許可証)を得なくても、英国で研修することができた。しかし、当然、入国に際しての審査はあり、ビザは必要である。あくまで、雇用者側が申請する労働許可証が不要であるというだけである。医学部卒業者の数が増え、研修医数が充足したため、この措置は、Foundation Trainingという、正規登録前の初期研修のために渡英する医師のみにかぎられることになった。

 もっとも、今回の6人は、locumという期間限定のポストに就いていたし、Brown首相がHighly Skilled Migrantsのチェックの強化についてQuestion Timeで触れているので、彼らはHSMP(Highly Skilled Migrant Programme)で滞在していたのではないかと想像される。これは、高度な技能を持つ外国人を受け入れるための制度で、資格や経験、収入などを点数化し、一定の点数を超える人のみが申請できる。当然、医師にかぎらない。

 EEA出身者を優先されて、非EEA出身の医師が不満を募らせていると書かれているが、これは違う。Shortage Occupation Listに載っていない職種への就労は、常にEEA出身者が優先される。非EEA出身者は、そのポストが英国またはEEA出身者で埋められない場合、または、本人でなければそのポストにつけない特別な技能を有する場合にかぎり、就労できる。

 MMC/MTASに関連して、たしかに、外国人医師は不満を募らせている。政府が、ごく短期間の告知で移民法を変更して、すでに英国で研修を開始し、生活の基盤が英国にある人たちが研修を続けられなくなる事態を招いたこと。General Medical Councilが、研修医が過剰になるのを2年も前に知りながら、新たに研修ポストを求めて英国に来る外国人医師たちにその事実をきちんと伝えず、資格試験を施行し続けたこと。Department of Healthが、MTASの応募資格を、すでに研修を開始しており、正規の滞在資格もあるHSMP保持者に不利になるように突然変更したりしたこと。こういったことに対し、怒っているのである。

 最後に一言。

 医師がイスラム過激派に傾倒してテロ行為に走るという、今回の事件の様相は、一部では驚きをもって受け止められているようだ。しかし、イスラム穏健派の指導者たちは、イスラム過激派が、社会的階層や職業に関係なく、多くの若者を引きつけていると常々指摘している。実際、9.11の実行犯たちも、裕福な家庭の出身で、高等教育を受けていた。容疑者たちが医師であること自体は、驚くことではないのかもしれない。

4 comments:

SUN-IN said...

NHSは、先日「新規雇用時の犯罪歴調査がおざなり」との報道をされたばかり
http://news.bbc.co.uk/1/hi/health/6678827.stm
だったと記憶していますが、、、

外国出身の医師だけには厳しくする、ということなんですね。何だかな、って感じもします。

Nozomi said...

医師登録の際の調査(母国でとった資格や行政処分の有無の調査)や、英国内での犯罪歴の調査(Criminal Records Bureau check)は、登録内容にふさわしい資格があるかどうか、弱い立場(子どもや、vulnerable adultsと呼ばれる高齢者や精神疾患のある人など)にある人を診る立場にふさわしいかどうかをチェックしているに過ぎないので、国家安全のためにNHSがチェックを厳しくするというのは、現実的ではないと思います。

イスラム原理主義に傾倒している、あるいは傾倒する可能性のある人を見つけるために、外国から流入する中東やアジアの人だけに特別なチェックを要求すれば、これはethnic profilingにあたるので、人権法に触れます。また、イギリスで生まれ育った中東系・アジア系のイスラム教信者、ならびにイスラム教に改信した他の人種の人はチェックしないのかという議論も呼ぶと思います。だいたい、圧倒的多数のイスラム教信者は、原理主義やテロ行為とは無関係です。

それにしても、NHSの職員のCRB checkが、2002年以降に就職した人にしか行われていなくて、その理由が予算不足というのは、苦笑してしまいますよね。Enhanced CRB checkは1人あたり36ポンド、Standard CRB checkは31ポンドかかるんですよ。(www.crb.gov.uk)

Anonymous said...

 先生のブログなどを拝見すると、単純なものではないですね。日本では「医師がテロを‥」という驚きのようですが、冷静になってみると、宗教というのはどんな職業についていてもその人の行動の規範となるわけで、殺人やテロについても同じですね。
 そして、先生のブログを読ませていただき、そのあと日本の新聞報道は、ちょっと取材不足?によるものだけではなく、また違うように思いました。
 コメントありがとうございました。

Nozomi said...

こちらの医師たちの中には、医師がテロ行為に走ったということをどのように受け止めるべきか、戸惑っている人もいるようです。困惑のせいか、あるいはあまり関心がないのか、医療ブログではこの話題はあまり盛り上がりませんでした。

医師とテロ行為の相性については、この事件を機にいろいろ考えるところがありました。オウム事件のときは、もっと自分自身に引きつけていろいろ考えていたような感じで、今回は、比較的距離を置いて、観察しながら考えているような気がします。私自身が年を取ったせいなのか、外国に暮らしているせいなのか、よくわかりませんが。