Friday, December 15, 2006

ベッドの不公平配分

 先日来、ベッドが空くのを待っていた患者Dは、2週間待って、ようやく女子急性期病棟に入院できた。

 この数ヶ月、よくなったり悪くなったりの繰り返しで、何度か入院も考慮した。しかしその度に持ちなおし、入院しなくてもと思い直した矢先にまた悪くなるというのが、彼女の最近のパターンだった。このパターンを繰り返しながら、全体的にはどんどん悪くなってきている。一般的な治療ではうまく症状がコントロールできないのがはっきりしてきたため、クロザピンをできるだけ早く始める必要があると考えていた。しかし、施設にいたままでは、彼女も、入所している施設のスタッフも、薬を変更・調整する間のやや不安定な時期をとても乗り切れないだろうと思われ、本人が入院に同意したこともあり、クロザピン導入のための入院を決めた。つまり、入院しないと薬の調整は始められないというわけだ。

 Dが2週間待っていた間、ベッドがまったく回転していなかったわけではない。やむを得ず入院が長期化する患者を含めても、平均在院日数が3週間なので、当然、ベッドは回転している。しかし、緊急に強制入院が必要な患者や、救急外来から緊急転送される患者がしょっちゅう出てくる。このようなケースが、本人に入院の意思があり、地域にサポートする精神保健医療チームがあるDのようなケースを次々と飛び越えて、空いたベッドにおさまっていく。

 ベッドの配分は公平じゃないと、愚痴のひとつもこぼしたくなるような気分でいた矢先、皮肉なことに、私自身が別の患者の緊急入院を勧めることになった。

 Fは、境界型人格障害の男性。女性問題の破綻をきっかけに、飲酒量が増え、自傷行為や脅迫的な言動が増えていた。今回は、ためていた抗うつ薬をまとめて飲んだと施設のスタッフに自己申告し、救急車で総合病院の救急外来に運ばれた。

 自殺企図や大量服薬等の患者が救急外来に運ばれると、精神科の当番・宿直の医者が診察する。今回は夜間だったため、宿直のSenior House Officer(SHO)が診察し、「うつ病の重度抑うつ状態、自殺企図・既遂に至る危険が高い」と診断し、緊急入院が必要という判断を下し、転院の依頼がなされた。

 これまでのFの自傷行為の経過から、入院は、危機を一時的に回避するのみで、長期的には治療的効果はないことは、チーム内、病棟のコンサルタント、施設の職員とも確認しあっていた。そのため、今回の救急受診に至る前のいくつかの事件の際、入院はまったく考慮されなかった。

 また、Fを何度か診ている私のチームのスタッフ・グレードの精神科医が大量服薬の2日前にFを診察しており、まったく抑うつ症状はなかった。反対に、重度の抑うつ状態で緊急入院が必要と判断したSHOは、Fにそれ以前に会ったこともなく、手元にカルテのない状況での1回きりの診察により判断を下している。

 これらの矛盾する情報を手に、転送依頼を受けたベッド・マネジメント チームは判断に迷い、私に意見を求めてきた。

 私もチームも9割方、Fのいつもの自傷行為と同様、数日すればおさまり、その間、再度自傷行為に及んだり、他害行為に及ぶ可能性は少ないと考えていた。また、最後の診察からたった2日で急に重症の抑うつ状態をきたしたという可能性は、ひじょうに低いと思われた。

 しかし、残りの10%で、万が一という不安もあった。自傷行為の間隔が短くなっておりエスカレートしていること、ふだんなら酒に酔った状態でしか出てこない脅迫的言動が、素面の状態であったこと、脅迫的言動の対象が施設の他の入居者におよんでいること等、リスク因子がいくつかあり、偶発的に事件・事故につながることがないともかぎらない。おまけに、 SHOが「重度の抑うつ状態」と言い切ってしまった。実際に患者を診ていない私たちが「そんなことはない」とSHOの診断を切って捨てるには、なかなか勇気がいる。おまけに、今は金曜日の午後。

 入院を待っている患者が多数おり、Fが割り込むことで、入院が先延ばしになる人が出てくる。しかし、本人との治療契約がうまく機能していないなか、今の施設やチームの状況で、ましてや週末を目前にして、この10%のリスクを管理できるかどうかを考えた末、このリスクはとれないと判断し、危機介入のための短期入院を勧めた。

 治療のためのベッドがなかなか確保できない一方で、危機介入のために、「治療的ではない」と承知しながらも、ベッドを使わざるをえない。結論を出した後も、なんとなくすっきりしない気分が続いた。

 (患者さんの個人情報は、脚色してあります。)

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