Sunday, December 03, 2006

カッコウする

 私のいるチームPAMS(Placement Assessment and Management Service)の前身であるPAMT(Placement Assessment and Monitoring Team)が、いったんGPに返した患者Nが出戻ってきた。

 PAMTもPAMSも、対象とする患者は、24時間スタッフが常駐する施設の入居者であることが受け入れ条件のひとつとなっている。担当する患者がサポート・レベルの低い施設に移った場合、3-6ヶ月間様子をみて、新しい環境でやっていけると判断した時点で、地域の精神保健医療チームやGP等、適切なチームにケアの責任を移す。

 Nは60歳代半ばの男性で、10年以上も施設に暮らしていた。若い頃、精神疾患の診断で治療を受けたことがある、長いこと未治療にもかかわらず、症状の増悪もなかった。(なんで精神疾患の「既往」しかない人が、精神疾患をもつ患者を専門とした施設に入所したのかは、また別の問題なので、ここでは触れない。)

 55歳になると、高齢者向けのExtra-care shelter schemeへ申請する資格ができる。このスキームでは、住人たちは各自が独立したフラットに住む。1つの建物あたりのフラットの数は様々だが、共用の食堂とラウンジがあり、管理人が常駐する。1日に1度調理した食事が提供され、必要に応じて、日常生活上の援助(入浴の介助や部屋の掃除)も受けられる。

 Nは運よくこのスキームに受け入れられ、晴れて、自分のフラットを借りることができた。転居後も何の問題もなく、本人も大満足で、PAMSが発足する前にPAMTからGPに卒業していった。

 それから1年ちょっと。以前担当者だったSがふと思い立って、管理人に様子うかがいの電話をした。あろうことか、あまりお行儀のよろしくない人たちが出入りしていて、他の住人から苦情が出ているという。このままではNはフラットの借用権を失うかもしれない。また、ものすごく若い女性の友人がよく出入りしているとも言われた。

 SはさっそくNを訪ねていった。久しぶりにSに会い、Nは喜び、一人暮らしの大変さ、孤独さをひとくさりこぼした。またNは、以前にいた施設のときに知り合った「友人」Dに借金をしており、そのことがまだ片付いていないと言う。借金は、主に大麻の購入代金だったようだ。Dが借金の取り立てに訪ねてくるかどうかについては、Nは言葉を濁してあまり話したがらなかった。

 しばらくして、またSが訪ねてみると、前回とはうってかわって、Nは何も問題がないと言うばかり。しかし、以前あったはずの家財道具の一部が消えている。冷蔵庫は空っぽ。部屋で何かを食べた形跡もない。

 管理人によれば、あいかわらず人の出入りは多く、今度は前とは違う若い女性が出入りしているそうである。

 何が起こっているのかはっきりしないものの、どうも怪しい。確実によからぬことが進行しているというのが、チームの印象であった。(Nの話は、一部変更してあります。)

 そんな折、ガーディアン紙に「邪悪の巣(Den of iniquity)」という記事が載った。

 近年、内務省、警察、地方自治体は、協力して、違法薬物取り締まりを強化している。とくに、クラスA薬物であるコカインやヘロイン売買の前線基地を徹底的につぶしにかかっている。これら売買拠点は、crack den(結晶状コカイン、crack cocainからきている)と呼ばれる。ロンドンのハックニー区では、2004年に14のcrack densを閉鎖に追い込んだそうである。

 売人たちはこれまで、空き家を不法占拠して売買拠点を作ってきた。ここにきて、売人たちは方針を変え、公営住宅のフラットの住人に近づき仲良くなることによって(befriending)、彼らのフラットを乗っ取り、新たなcrack denを作っている。「カッコウする(cuckooing、言うまでもないが、カッコウの托卵から来ている)」のである。高齢者や精神疾患を持つ人のような、弱者(vulnerable adults)が狙われている。

 ランベス区を含めた南東ロンドンを基盤とする、ホームレスのための慈善団体Teames Reachによると、毎年、1000人のクライアント(元ホームレスで、Teams Reachを通して公営住宅に入居した人)のうち30人が、こういった「カッコウ作戦」の標的になるという。

 都会で知り合いも親戚もなく、1人で暮らすのは大変である。精神疾患や薬物問題を抱える人は、仕事を続けることも難しいことが多い。日中行くところもすることもなく、孤独で時間を持て余している。売人たちは、こうしたところにつけこむ。

 フラットを手にすることは簡単ではない。たいていの人は、簡易住宅等に住みながら長い期間待った後、ようやく順番が回ってきて、フラットに入居できる。

 しかし、「カッコウ作戦」にいったん組み込まれると、本人が知らないうちにフラットはcrack denと化す。その過程で、金・女・薬のいずれかで、ディーラーたちは本人に借りを作らせ、本人が利用されていると気がついても逃げられないようにしておく。本人は自分のフラットのコントロールを失い、家財道具は勝手に売りさばかれる。社会福祉事務所が介入しようとしても、売人たちが「友人」と名乗り、本人がそれを確認すれば、なかなか介入しづらい。フラットが完全に乗っ取られ、本人は追い出されてホームレスに逆戻りしているケースもあるという。

 フラットがcrack denであることが住宅公社に見つかったり、警察の捜査が入ると、売人の一部は逮捕されるかもしれないが、根幹は残り、次の標的に移動するだけである。いっぽうで、本人はフラットの借用権を失い、また簡易住宅にもどる羽目になる。もっと悪ければ、「自分の意志でホームレスになった(intentionally homeless)」と判断され、簡易住宅にさえ入れない可能性すらある。

 Nのケースも、この状態に近いのではないかという気がする。さっそく、ランベス区のInter-agency Adult Protection(弱い立場にある成人を人権侵害から保護するための制度)の担当者に報告した。

 イングランドで最大の数の施設入所者を抱えるランベス区は、なんとかして入所者数を減らそうと躍起になっている。PAMSは、そのためのチームである。しかし、私たちが担当しているのは、このような「弱者」である。よりサポートの低い施設に移すのはいいが、移した後どうやってフォローしていくのかというのが、新たな問題である。

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