医師賠償責任保険
mariko先生から、医師の賠償保険についての質問をいただいた。ちょうど、日英の賠償保険の相違について興味があり、日本の賠償保険に調べていたところだった。私の加入している賠償保険(のようなもの)を例に、英国での事情を簡単にまとめてみる。
NHSで働いている医師は、NHSでの診療行為に関する医療過誤(clinical negligence)に関しては、NHSの賠償責任保険により、すべてカバーされることになっている。しかし、NHSでの業務に関することであっても、下記のようなことは、NHSの賠償責任保険ではカバーされない。
- Coroners' inquest(検死陪審)
- Advice on complaints(患者等からの苦情に対する対処)
- Good Samaritan acts(善意による救急医療行為)
- GMC proceedings(GMCの懲罰・資質判定等の対象となった場合)
- Criminal matters arising from medical practice(医療行為により刑事罰を問われた場合)
- Insurance and other medical reports(保険請求などのためのレポート作成業務)
- Ombudsman and public inquiries(第三者・公的機関による調査)
- Ethical matters(倫理問題)
- Press and medica enquiries(メディアからの問い合わせ)
これらをカバーするため、医師は個人で賠償責任保険に加入する必要がある。
私のまわりでは、Medical Defence Union(MDU)かMedical Protection Society(MPS)のどちらかに加入している人が多いようである。
私自身はMPSの会員になっている。MDUとMPSのウェブサイトを見くらべて、MPSに決めた。MDUもMPSもきちんとサポートしてくれると、実例付きで聞いていたので、サービス内容云々というより、MPSのウェブサイトのほうが、知りたい情報を探すのが簡単だったというのが、MPSに決めた理由である。
MPSは保険会社ではなく、会員制の相互扶助組織のようなものである。サービスの条件を具体的に記載した保険証券のような書類はない。かわりに、サービスの範囲は、会員の互選で決められたメンバーから成るMPS Councilの判断に委ねられている。
clinical negligenceに関連した経済的負担をはじめ、上記のような一般的領域は、すべてカバーされる。
明らかにサポートの対象とならない項目としては、非臨床業務に関連した犯罪行為、臨床業務に関する詐欺・窃盗行為、臨床外での犯罪行為に関する賠償金の支払い、雇用に関する問題等が明記されている。
それ以外の、あまり一般的でなかったり、グレイ・ゾーンと考えられるような問題に関しては、個々のケースごとにサポートの可否が判断されることになっている。
サービスは、Occurrence-basedで、会費を払っていた期間におこなわれた臨床行為によって生じた問題については、事例化や請求のあった時期に関わらず、サポートが受けられる。請求時にすでに会員でなかったり引退していても、あるいは故人であっても、サポートの対象となる。
MPSは年会費制で、それぞれの職種(医学生、研修医、GP、専門医)・レベル(研修年次等)ごとに、会費が設定されている。専門医の場合、専門科(7段階)と、NHSの賠償責任の対象とならない業務(プライベート診療やmedico-legal業務など)による年収(15段階)によりレートが決まっている。NHSの精神科コンサルタント(Group 4)で、プライベート診療をしていない私の年会費は575ポンド(約143,000円)である。ちなみに、これが一般のコンサルタントの中で一番リスクが低いと考えられる条件で、年会費が一番安い。
日本の賠償責任保険について、ネットで検索してみたが、MPSのような相互扶助組織型のサービスは見当たらず、ヒットしたすべてが、損害保険会社の提供する賠償責任保険であった。また、それらすべてが、Claims-made coverで、保険期間中に事例が発見・請求された場合のみが対象になるようである。
日本の賠償責任保険では、保険証券に条件が記載されていて、保険額の上限(1件あたりの上限および年間の上限)がある。民事訴訟が年々増え、賠償請求額が高額化している昨今、これまでの常識が通じなくなった場合、どうやって対処していくのか、気になった。
また、不適当と思われる民事訴訟や行政処分に対し、名誉回復のための反訴が必要となった場合の経済的、実務的サポートをどこから受けられるのか、よくわからなかった。(ご存知の方がいらしたら、ご教示いただけるとありがたいです。)