Saturday, June 24, 2006

枯草熱(こそうねつ)

 イギリスでは、今の時期がHay feverのピークである。Hayはいわゆる干し草として使われる牧草のことで、Hay feverは「枯草熱」と訳されるが、早い話が花粉症(Pollinosis)である。

 花粉症のルーツをたどると、1819年、イギリスのJohn Bostockによる、Hay feverと呼ばれる夏風邪様症状(牧草の干し草と接触する人に起こる、春・秋の鼻症状、喘息、流涙など)の報告が、初めての臨床報告であるそうだ。1873年には、同じくイギリスのCharles H Blackleyが、「枯草熱あるいは枯草喘息の病因の実験的研究」を著し、枯草熱がイネ科植物(牧草)の花粉により生じることを実証した。以後、枯草熱は花粉症と呼ばれ、Blackleyは「花粉症の父」と呼ばれるようになった。(詳しくはWikipedia3443通信をどうぞ。)

 幸運なことに、私は、日本にいる間はスギ花粉症とは無縁だったのだが、ここ数年、この時期(5月から7月)になると、目のかゆみや流涙に悩まされる。

 イギリスの花粉症は、90%がgrass(イネ科植物である牧草)の花粉が原因で、25%がbirch(カバ)によるそうである。花粉飛来のピークは、grassが6-7月、birchが4-5月である。

 私の場合は、いい天気が続くと、ほぼ毎日のように、起床時に涙が流れてきて、目がしょぼしょぼする。あまり重症ではないので、大抵の場合は、朝起きてすぐに抗ヒスタミン剤を1錠飲めば、そのうちに症状は治まり、仕事をしているうちに次第に忘れてしまう。めんどくさがり屋なので、暑ければ花粉など気にしないで窓を開ける。(エアコンがないので、そうしないとやってられない。)具合が悪くなったら、午後に抗ヒスタミン剤をもう1錠飲めば、なんとかなる。花粉予報などもあるようだが、まったく見たことがない。

 3月にもなると、薬屋さんの店頭には、抗ヒスタミン剤がずらりと並ぶ。これらは俗に「Hay fever tablets」と呼ばれ、塩酸セチリジンやロラタジンなどの第二世代抗ヒスタミン剤で、7錠入りのものが1箱2ポンド程度で買える。ブーツやスーパードラッグのようなチェーン店では、時々「2 for 1 / Buy 1 & get 1 free (1箱の値段で2箱買える)」のセールをしているので、私はここぞとばかりに買いだめをする。他にも、目薬や点鼻薬も売っている。なぜか、マスクはお目にかかったことがない。

 うちのチーム・リーダーのJは、今年は特に重症のようで、家庭医に行ってステロイドの注射をしてきたと言っていた。チーム秘書のJも、このところ花粉症のせいでぱっとしない、とこぼしていた。ピークはせいぜいあと1ヶ月。もうちょっとの辛抱である。

Thursday, June 22, 2006

皮肉な理由 − 経費削減その3

 さて、経費削減その3。なぜランベスSLaMが経費削減をしなければいけなくなったか、その理由である。

 ランベスSLaMはこの2-3年、連続して収支の帳尻を合わせたので、他の赤字トラストのように、今年度の予算を削られるというペナルティは受けない。したがって、今回の経費削減は、ランベスSLaMの経理事情とはまったく無縁のところで生じている。

 ランベスSLaMのサービスの多くは、ランベスPCT(Primary Care Trust、一次ケア・トラスト)が購入している。つまり、PCTがSLaMの財布を握っているのである。そのランベスPCTが経費削減をしなくてはならなくなり、その管轄下にあるSLaMや他のトラストから資金を引きあげる(disinvestment)ことをやむなくされたため、そのとばっちりがランベスSLaMに来たのである。

 それには、大きく分けて、2つの理由がある。

 まず、第1の理由。今年度、ロンドンのすべてのPCTは、収入の3%を使うことができない。この3%は言ってみればピンハネで、ロンドンのいくつかの赤字トラストを助けるために使われる。つまり、赤字トラストは臨時収入があるということになる。(これは、いずれ返さなければいけないので、赤字を積み重なるだけなのだが、一服つけるようになることは間違いない。)「皮肉」なことに、SLaMを含めて、ランベスPCTの管轄下にあるNHSトラストは赤字を出していないため、ランベスPCTはこの臨時収入を受けられない。

 2番目の理由。NHSは税金で運営されているため、毎年、地域の人口や医療保健上のニーズにより、Strategic Health Authorities(SHA、戦略的保健機構)を通して、年間予算が各PCTに割り当てられ、PCTから各トラストに分配される。この分配金は、いわゆる「丸め契約」で、各疾患や病態に対しての「治療単価」が地域ごとに決められているものの、何人の患者を診て、どのような治療・検査をしたかという、診療の「量」は反映されていない。(イギリスには、日本の保険医療制度のような診療報酬体系は、存在しない。)

 ところが、政府のNHS改革の最終段階として、「Payment by Results (PbR)」と呼ばれる新しい診療報酬制度が導入された。これは、イングランド全域で、各疾患や病態ごとに、患者1人あたり、または1検査・手術あたりの共通価格(National Tariff)を設定し、医療サービスの量と効率性を費用に反映させようとする試みである。(ここでいう「Results(結果)」は、提供されるサービスのことで、治療の結果を指すものではない。)この制度は、サービスの量(治療した患者数や手術件数等)に応じた費用を払うという「アメ」の側面と、一定の価格内でより効率的な医療をしなければトラストの持ち出しになるという「ムチ」の側面をもつ。2008年には、精神保健トラストを含む、すべてのNHSトラストに導入される予定だが、現在は旧制度から新制度への過渡期で、「Purchaser Parity Adjustment(購入者価格調整)」と呼ばれる移行措置がとられており、PbRは病院トラスト(acute hospital Trusts、総合病院を主体とした、急性疾患を主として扱うNHSのトラスト)のみに導入されている。

 歴史的に、ランベス区では、病院トラストの診療価格はイングランドの平均価格を下回っていた。しかし、PbRの導入によって共通価格を払わなければならなくなり、ランベスPCTは、これまでと同等の病院トラストのサービスを購入するために、これまでより多額の支出をせざるをえなくなった。

 さらに、これまで病院トラストの医療価格が安かったことに助けられて、ランベスPCTは、イングランドの平均よりも高い割合の資金を精神保健サービスにまわすことができた。聞いた話では、イングランドのPCTの精神保健サービスに対する平均支出割合は12-13%であるいっぽう、ランベスPCTは、約20%を精神保健サービスに当てていたという。(イングランドで1、2を争う高い精神疾患有病率を誇る地域を抱えているのだから、当たり前といえば当たり前である。ランベス区と地方の町や村を比べて、同等の精神保健サービスの需要があるとしたら、そちらのほうがおかしい。)

 つまり、ランベス区は、病院トラストの医療価格がPbRにより上昇し、他の分野への支出を減らさざるを得ない上に、これまでイングランド平均よりもずっと多額の資金を精神保健サービスにまわしていたために、減らせる部分が相対的に少なく、さらにやりくりを厳しくしているのである。その結果が、今年度・来年度の、ランベスSLaMの計400万ポンドの削減となったわけである。

 ともあれ、事情はわかった。でも、私の「なぜ」は消えない。なぜ、こんな急激に、新しい政策や制度を次々に導入するの? 導入するならするで、シミュレーションはしなかったの? シミュレーションをしたら、こうなることは予想できたでしょうに。それとも、政府のアドヴァイザーのシミュレーションでは、大成功間違いなしという予想だった?(これは、大いにあり得る。なんたって、政府のアドヴァイザーやコンサルタントは、ことごとく、とんでもない予想をする。たとえば、2004年のEU拡大に伴い、新EU加盟国から職を求めてイギリスに来た移民数は、政府アドヴァイザーの予測の約10倍にのぼり、移民局がパンク寸前になった。)

 現在、ランベスSLaMでは、PCTに対して、今後は3年単位でService Level Agreement(サービス内容合意)を結び、変更がある場合は、最低でも12ヶ月前に通告するように契約方法を変更するよう、交渉を進めている。また、PCTのふところ事情がSLaMへの支出の見直しに直結しないよう、できるだけ早くActivity based contract(PbRの一環で、サービスの質と量に応じた価格を設定し、支払いを受けるという契約方法)を結ぶよう、働きかけている。

 もっとも、病院トラスト以外のトラストの共通価格はまだ発表になっていない。また、Activity based contractを結ぶにしても、サービス価格をどのように決定するのかは、まったく白紙である。価格がわからないのに、どうやったら契約が結べるのだろうか・・・。

 NHSの不思議はまだまだ続く。(今回の「経費削減シリーズ」は、いったんおしまいです。)

Wednesday, June 21, 2006

こちらを立てればあちらが立たず − 経費削減その2

 さて、前回の「経費削減その1」の続き。

 ランベスSLaMの一般成人精神科には、次のようなサービスがある。(司法精神医学サービスを除く。)

  • 一般急性期病棟:5棟(男性専用1、女性専用1、混合2、隔離1:総ベッド数64床)
  • LEO(Lambeth Early Onset,)病棟:1棟 (男女混合:18床)
  • リハビリテーション病棟:4棟(男子専用1、男女混合3:46床)
  • Dove House:1棟(女性のみ:6床)
  • HTT(Home Treatment Team):2チーム
  • AOS(Assertive Outreach Service):1チーム
  • A&T(Assessment & Treatment Team):3チーム
  • R&S(Recovery & Support Team):3チーム
  • SRT(Specialist Rehabilitation Team):1チーム
  • PAMS(Placement Assessment & Management Service):1チーム
  • 精神科コンサルタントによる外来

     LEO:発症早期(2年以内)の患者を対象としたサービス
     Dove House:女性専用の治療共同体型入院施設
     HTT:intensiveな訪問治療(1日に1-3回の訪問)
     AOS:治療に乗ってくれない患者のための「突撃」訪問治療
     A&T:早期かつ短期間(12ヶ月以内)の精神科的問題に対応する
     R&S:慢性期にあり長期的サポートが必要な患者を担当する
     SRT:A&TやR&Sの担当する患者にリハビリテーション・プログラムを提供する
     PAMS:滞在型施設にいる患者を担当する(私のいるチーム

 今回のサービス削減第一弾の最終案は、次のようなものである。

  • 女性専用の治療共同体型入院施設のDove Houseを閉鎖し(6床減)、かわりに女性専用のデイ・センターをオープンする
  • 南と北の2チームあるHTTをランベス区全体を担当するひとつのチームにし、現在の1チーム分のスタッフで運営する(つまり、区全体ではサービス半減になる)
  • リハビリテーション入院施設のひとつを閉鎖する(13床減)
 上記の3つの案は、突貫工事のようなサービス再編成(削減)なので、ランベスSLaMのシステム全体に急激な影響を与えないようなサービスが選択されている。

 ランベスSLaMでは、常に入院ベッドが足りないので、他のサービスの見直しとセットでなければ急性期病棟は減らせない。地域精神保健医療チーム(A&TとR&S)は、一次医療の家庭医から二次医療にあたる精神保健医療サービスへの窓口であり、担当している患者のニーズもさまざまなので、簡単に再編成はできない。また、ちょこっと手直ししたくらいでは大幅な経費削減は望めないので、これまた手つかずである。AOS、LEO、SRTとPAMSは、他のチームとは多少毛色が違い、チームとしてやや特殊な技能が要求されているため、すぐには手をつけられない。

 というわけで、この案は、経済的課題(200万ポンド削減)を果たすため、臨床的課題(必要な精神保健サービスを提供し、患者および社会へのリスクを抑制する)への犠牲を最小限に抑えるという、綱渡りのような攻防の末に作られたものである。

 しかし、話は、そう簡単ではない。なぜなら、経済的・臨床的課題に加え、さらに政治的課題も考慮しなければならないからである。ずっと遡れば、ここ10年間のNHS改革は、ブレア政権の政治的動機に牽引されたものである。

 「経済的」にみれば、たとえば、Dove Houseを閉鎖してしまえば、スタッフの数も減らせるし、建物も売却またはリースでき、経費を削減できる。「臨床的」にみれば、デイ・センターが入院施設のかわりになるはずがないし、だいたい、女性専用のデイ・センターがどれだけ有効な治療を提供できるのか、検証すらされていない。しかし、女性専用の治療施設は、国の医療サービス指針上(「政治的」に)必要なため、なくすことはできない。そこで、病棟を閉鎖し、デイ・センターを開くという、折衷案に落ち着いた。

 HTTに関しては、2チームよりも1チームにしたほうが「経済的に」安上がりである。しかし、ランベス区は広いので、ひとつのチームでは、「臨床的」に満足できる訪問治療を、区全域に効率的に提供することはできない。それならば、一部の地域に限ったサービスをするか、いっそのこと、非効率的なチームなどなくしてしまうという方法もあるのだが、国の医療サービス指針上、HTTがあることが「政治的」に好ましいと規定されているので、非効率的で不十分なサービスであっても、ないよりはましということで、サービスを半減して1チームを存続させることになった。

 リハビリのベッド数は46床から33床に減り、13人の患者の退院先を探さなければならない。彼らは慢性・亜急性の精神疾患に加えて生活技能レベルの低下があるためにリハビリ病棟に入院していたのであり、退院してすぐにアパートで一人暮らし、というわけにはいかない。サポートのある滞在型施設に移るのが望ましいが、ランベス区はすでにイングランドで最多のレジデンシャル・ケア入居者数を誇って(?)おり、これは、精神障害者の自立を促すという「政治的」課題に反するため、問題視されている。また、滞在型施設にかかる支出額も、ランベス区はイングランドで一番であり、こちらも、今回のランベスSLaMの経費削減とは別の方向からの「経済的」圧力がかかっている。リハビリ病棟の全入院患者と、滞在型施設の全入居者の臨床評価をしなおし、移せる患者をところてん式に自立型施設に移してなんとか空床を作り、順送りに患者を転院させていくしかないであろう。この場合、「臨床的」な評価は、あくまで相対的なものとなる。

 また、リハビリ病棟とDove Houseのベッドが減ったので、急性期病棟からリハビリ病棟へ早期転院することが難しくなり、急性期病棟の滞在日数が延びることが予想される。しかし、平均滞在日数が延びるのは「政治的」に好ましくない上、コストがかかり「経済的」にも問題である。退院が滞れば、入院もできない。「臨床的」には、病床数が減ったからといって、入院が必要な人が減るわけではないから、具合が悪くなっても入院できない、あるいは入院を待たなければならない人が出てくる。入院できなければ、治療開始が遅れて、病状がさらに悪化する可能性がある。自殺・他害・事故等のリスクが高まることは当然考えられる。地域で治療するための切り札であるHTTは、スタッフが半減して、現在の受け入れ患者数を維持することすらできなくなるのだから、入院を待つ患者まで担当することは到底できない。しかし、入院待ちの間、または、早すぎる退院のために事故が起これば、「政治的」に大問題になり、当然「臨床」サイドの責任も問われることになるだろう。

 この削減案は、政治的動機によって主導され、経済的理由のために待ったなしの導入を余儀なくされた。しかし、あちらを立てればこちらが立たずで、政治的課題と経済的課題を同時に解決するのは不可能である。そこに臨床的課題が加われば、さらに複雑になり、3つの軸は相矛盾しあう。(もっとも、臨床的事情はまったく無視されているのだが。)どれかひとつを解決しようとすれば、他の2つの課題は達成できない。いずれの課題も、解決するのが絶対条件だというのに。

 いったい、どれが最優先されるんだろうか。臨床的課題でないことは、明らかである。

 このような、政府による相矛盾する課題設定というのは、なにもNHSにかぎったことではない。

 先日、Craig Sweeneyという前科のある小児性愛者が、3歳の女の子を誘拐して性的暴行を働いた罪で終身刑を宣告されたが、罪状認否で罪を認めたため、最短5年で仮釈放される可能性があると報道された。また、終身刑を宣告されたものの、6年以内に仮釈放になっている例が、2000年以降でも53人にのぼることが明らかになった。犯罪行為の深刻さに対して刑罰が軽すぎるという世論が起こり、ブレア首相は「(内務省改革の一環として)刑事罰の見直し案を、国会が夏期休会に入る前までに早急に作成する」と宣言した。

 これに対し、前主任刑務所監査官(ex-chief inspector of prisons)のLord Ramsbothamは、「正直に言って、ブレア首相には口を閉じてほしい」とコメントした。「ブレア首相は最近、次から次へ、あれもやるこれもやると言っている。首相は内務省改革に関して、犯罪者をもっと迅速に逮捕し、より長い懲役刑を与え、刑務所の混雑を緩和する、という3つの優先事項を掲げているが、これらは相矛盾する(mutually conflicting)。」「相次ぐ政策変更は、問題を解決するよりも、新たに問題をこしらえるばかりだ。」

 哀しいかな、「ブレアよ、現場で何が起こっているのか(あるいは、これから何が起こるのか)、考えて発言せよ!」と言ってくれるような医学関係者は、まだ出ていない。

Monday, June 19, 2006

嘘でしょう!? − 経費削減その1

 今年の初め、NHSの赤字や経費削減のニュースが出始めた頃は、よそのNHSトラストのこと、SLaM(South London & Maudsley NHS Trust)は赤字がないから大丈夫、などと呑気に構えていた。ところが4月になり、私の所属するランベスSLaMでも、経費削減の噂が聞こえてきた。4月12日のエントリーに、第一報の頃の感想を書いてある。(この感想は、今読んでみると、いささか的外れである。)

 それから2ヶ月あまり。徐々に経費削減策が具体化してくるにつれ、嘘でしょう、と思うようなことばかりである。

 まず驚いたのが、経費削減が「今年度に実施される」というところ。今年度って言ったって、もう始まってるのに・・・。年度が始まる前に立てるから「予算」と呼ぶのでしょうが。

 次に驚いたのが、削減の規模。ランベスSLaMは、今年度200万ポンド(約4億円)、来年度にさらに200万ポンド削減しなくてはならないのだ。単年度だけで、年間予算の5%である。

 さらに、もっと驚いたのが、予算が減るため、サービス内容を見直し、突貫工事でサービスを再編成しなければいけない。再編成って言ったって、つい4ヶ月前に、3年間の準備期間を経て、ランベスSLaM全体のサービス内容の見直しをして、大改革したばかりでしょうが・・・。

 ドラマ「24」も真っ青の、高速展開、ツイストである。「24」だって、1シリーズは24時間の出来事だけれども、実際に見るのには24週間かかる。サービス削減第一弾は10月1日に施行されるので、あと3ヶ月ちょっとしかないのだ。

 これまでの流れを、簡単に説明しよう。

 3月頭より、SLaMの各区の事務方は、それぞれの区のPrimary Care Trust(PCT、第一次ケアトラスト)と、2006/7年度の予算配分についての話し合いを始めた。これをService Level Agreement(SLA、サービス内容合意)という。PCTとSLaMがSLAに合意して初めて、予算が決定される。通常は、年度の始まる前、あるいは始まってすぐの時期に合意するものらしい。ところが、このSLAの最初の会議で、ランベス区とサザック区のPCTが、予算配分の減額(disinvestiment:投資減額)を通告してきた。PCTはサービスの購入者なので、サービス提供者のSLaMとしては、これしか出さないといわれれば、どうしようもない。(当然のことながら、ランベス区では、いまだにSLAの合意には至っていない。)

 当初、ランベスPCTは、直接の医療サービスに関わらないところ(インフラ設備等)をいじったり、サービスの効率をあげることで経費削減できれば、などという甘いことを考えていたらしいが、それだけで予算の5%も減らせるわけがない。数回の交渉の末、ランベスPCTは、「経費」削減ではなく、「サービス」削減であると認めざるを得なくなった。

 話し合いは、次いで、どのサービスをカットするかということに移った。ランベSLaMは、ついこないだ機構改革をしたばかりで、どのサービスも必要なものであるはずなのに、またサービス見直し・変更である。

 ここで、ランベスSLaMのエグゼクティブは、選択を迫られた。選択肢は2つ。PCTにサービス削減案をすべて委ねるか、SLaMが主導して案を作るか。

 前者を選ぶと、サービス削減の責任をすべてPCTに預けられるものの、とんでもないサービス削減案が出てこないとも限らない。いっぽう、後者をとると、SLaMがあたかもサービス削減に賛成しているかのようにとられかねない。(もともと、サービス削減はPCTが決めたことで、SLaMとしては、受け入れざるを得ないから受け入れるだけで、賛成しているわけではない。)意見は割れたが、結局、サービス削減に伴うリスクをPCTが担うという条件付きで、SLaMが、臨床への影響が最小限になるようなサービス削減案を作り、PCTに提案することになった。(もっとも、サービス削減に伴うリスクを誰が負うかという問題については、PCTが責任回避を続けているため、いまだ合意には至っていない。)

 とはいっても、「第一弾」のサービス削減案は、10月に施行しなければいけない。そこで、PCTが3月に出した第一案を叩き台にして、2ヶ月ちょっとの話し合いの末、最終案がまとまった。(最終案の内容については、次回に詳しく書きます。)来年度の「第二弾」については、SLaMが案を出すことになっている。

 精神保健サービス全体に対する影響を最小限に抑える案とはいえ、現実には、かなりの影響が出ることは避けられそうもない。それでも一般成人精神科では75万ポンドしか減らせない。

 四苦八苦したにもかかわらず、今年度200万ポンド削減するための妙案はひねり出せず、なんとかランベスSLaMで合わせて100万ポンドの削減をし、足りない100万ポンドを、他の区も含めたSLaM全体の資本金から補填することになった。この100万ポンドは来年度返却しなければならず、さらに、通常赤字の分を入れて、来年度は、ランベスSLaMは400万ポンド削減しなくてはならないことになってしまった。

 今のところ、PCTもSLaMも、人員削減をせずに経費削減を進める方針で一致している。空席になっていたポストをカットしたものの、実際の人員削減は、いまのところゼロである。10月のサービス再編成ではじき出されるスタッフは、空いているポストに配置転換されることになっている。

 しかし、来年度に関しては、まったく予断を許さない。サービス再編成・削減のみで400万ポンド削減できなければ、当然、人員削減を視野に入れなければいけなくなる。

 そんなわけで、4月以降、どこの会議でも、主たる話題は経費削減である。

 先日のコンサルタントとシニア・マネージャーの月例会議では、4つの小グループに分かれて、一般成人精神科の管轄の4部門(急性期病棟・Assessment & Treatment Team、Recovery & Support Team、リハビリテーション)でそれぞれ50万ポンド削減するための「革新的な」変革案を考える、というグループワークをした。

 さて、経費・サービス削減やむなしの状況なのだが、「なぜ」、このような多額の経費削減を、待ったなしで行わなければいけないのだろうか。

 これまでニュースで読んできたのは、総合病院を中心にした急性疾患を担当するNHSのacute hospital Trust(病院トラスト)が、累積した赤字を減らすために、経費削減するというものだった。

 SLaMは病院トラストではなく、精神保健トラストである。それに、この2-3年間は、SLaMは収支をとんとんにして赤字を出していない。もし、病院トラストの赤字の補填のために精神保健トラストの予算が犠牲にされるとしたら不公平な話だと、やや憤慨したりもした。

 経費削減、サービス削減の話を聞きながらも、この「なぜ」はいつもつきまとっていた。私が新参者だからわからないのかと思って周りに聞いても、みな、よくわからないようだった。わからないまま、経費削減ありきで話をしている。わからないことを不安に思わないように見えるのは、もっと不思議だった。

 それが、最近になってようやく、経費削減の裏事情が少し見えてきた。長くなるので、続きは次回に。

Sunday, June 18, 2006

ロンドンで見るW杯

 サッカーのW杯が盛りあがっている。多国籍都市ロンドンでは、毎試合、戦っているチームのサポーターたちが、チーム・カラーを身につけて、あちらこちらで応援を繰り広げている。ロンドンには、規模の差はあれ、参加する全チームの国の出身者のコミュニティがあるに違いない。

 今日、夜8時少し前にソーホーに出かけたところ、Frith Streetが車両通行止めになっていて、なにやら騒がしい。何ごとかと思ったら、騒ぎはBar Italiaの前だった。

 Bar Italiaは、ソーホーにあるイタリアン・カフェで、ここのエスプレッソとカフェ・ラテは、おいしい。広くもない店内に大きなスクリーンがあり、セリエAの試合を放映している。店の表にも、通りに面して小さなスクリーンがある。

 今日は、カフェの前の道路いっぱいに集まった人たちが、小さなスクリーンで、イタリア語で放映されているイタリア対アメリカの試合を見ながら、応援していた。店のウェイターは、その人ごみの中をかき分けながら、パニーニを売り歩いていた。警察官が数人警護に当たっていたが、もちろん、彼らも試合を見ていた。サッカー観戦のために通行止めにするなんて、警察も懐が深い。

 家の近所にかぎってみても、オランダの試合があると、中華街とShaftesbury Avenueの間にあるパブにオレンジの服を着た人たちがあふれる。(このパブは、オランダ・パブで、なにかあるとオランダ人が集まっている。なぜかは、よく知らない。)ブラジル戦になると、Charing Cross RoadにあるBar Salsaのまわりで、ブラジル人がサンバを演奏して踊っている。

 さて、日本の場合は、ある企画会社がスポンサーを集めて、ソーホーのスポーツ・パブを貸し切って、日本の出る試合のパブリック・ヴューイングを開催している。聞いた話では、先日のオーストラリア戦の時は、約600人の日本人が集まって応援していたらしい。私も行きたいという誘惑に駆られたものの、ややへそ曲がりの私は、スポンサー付きの企画なのに、入場者から前売り5ポンド、当日8ポンドの入場料をとるというやり方が気に入らず、かわりに、日本人が多く集まる、とあるパブに行った。家の近くのパブに行ってもよかったのだが、ロンドンではどこに行ってもオーストラリア人がいるし、たぶん(オーストラリア人でなくても)オーストラリアの応援のほうが多いだろうから、ちょっと気後れしてしまったのだ。

 明日は日本対クロアチア戦。おそらく、クロアチア人はオーストラリア人ほど多くないだろうし、前回のオーストラリア戦の結果がああだったので、今回は私自身、少し気楽に試合観戦できるだろうから、近くのパブに行く予定である。

 前回のW杯の時は、時差があったせいで、早朝または午前中という、スポーツ観戦にはいまいち盛りあがらない時間に、家でテレビを見ていた。今回は、時差が1時間しかないので「まっとうな」時間に試合を見られる。また、我が家にはテレビがないため、試合をちゃんと見るためにパブに通っているというのも、なんとなく特別な気分がする理由かもしれない。

 こんな楽しいお祭り騒ぎ、毎年あればいいのに。

Saturday, June 10, 2006

熱波と肥満

 5月の半ばから異様に寒い日が続き、いったん奥にしまったセーターを引っ張りだしたりしていたのだが、先週末、突然夏が来た。以来、最高気温27-8度のピーカン天気が続いている。昨日と一昨日はとくに暑く、扇風機が生温い空気をかき回しているだけのオフィスで、汗をかきかき仕事をしていた。

 イギリスの天気は変わりやすく、朝天気がよく暖かくても、夕方には寒くなることが多いので(または、その逆。)、私はいつも、用心深く、温度調節ができるように重ね着することが多い。今回の熱波の始まりの頃も、コートを着て家を出て、帰りには、暑くて、コートを腕にかけて持っているのもいやになった。

 イギリス人は、その点、決断・実行が早い。なぜか、熱波第1日目から、すぱっと夏服に変わる。夏服というのは、女性の場合、半袖やノースリーブのトップに、薄手のスカート・パンツ、足下はサンダルである。男性は、上着なし、ネクタイなしのシャツ1枚に、やはりサンダルを履いている人もいる。クールビズのかけ声など、まったく必要ない。

 仕事以外の服は、もっと露出度が高くなる。女性の場合、腕、デコルテ、お腹、背中、足が、全開になる。(全部をセットで全開にする人はさすがに少なく、いくつかの組み合わせで全開にしていることが多い。)男性は、Tシャツにショーツである。

 イギリス人(白人も黒人も)の女性は、概して、縦にも横にも大きい。胸も大きく、ウエストのくびれがなく、お腹がポッコリ出ている。けっこうスリムな人でも、例外ではない。それでも彼女たちは気にしない。暑ければ薄着になり、体型にかかわらず、着たいものを着る。へそ出しルックは当たり前なので、ポッコリ出たお腹が、ジーンズのウエストの上に乗っかる(そして、時にはそこから垂れ下がる)状態になる。

 男性は、さすがにおへその出た服を着ることはないが、暑い日は、Tシャツを脱いで、平気で上半身裸で歩いている。また、Tシャツの前面が、はち切れそうにせり出している。

 人の体型や着るものにとやかく言うつもりはなく、着たいものを着るという姿勢は好ましく、いつもあっぱれだと思っているが、目のやり場に困ったり、唖然としたりすることも多い。

 いまや、イギリスは世界第2位の肥満大国である。(1位はいうまでもなく、アメリカである。)イギリス人成人の22%(5人に1人!)が肥満、4分の3がオーバーウェイトであるといわれている。

 今日も、朝から暑い。このような日に、街を歩けば、上の数字が嘘でないのは、一目瞭然である。

 この熱波、最低あと1週間続くそうである。薄着の時期は、まだ始まったばかりである。

Saturday, June 03, 2006

Smoke-free policy

 6月1日より、ランベス区SLaM全部門で、Smoke-free policy(禁煙令 -「令」などと言うと、生類憐みの令のようなものを連想してしまう・・・)が施行された。建物内はこれまでも原則的に禁煙だったが、一部の施設内には喫煙所が設けられていた。今回の禁煙令では、禁煙の場所が建物の中だけでなく、戸外や、NHSの建物を離れた地域(コミュニティ)にも広げられた。

 イングランドでは、2007年夏より、すべての公共の場で喫煙が禁止される予定である(Smoking ban)。それに先がけて、政府機関とNHSでは、今年中に完全な禁煙令が実施されることになっている。ランベス区での禁煙令は、その一環である。

 ランベス区SLaMの建物内、および、建物の入り口から15メートル以内は、すべて禁煙となった。ランベス区SLaMが所有する車内も禁煙になる。対象は、NHS職員だけでなく、敷地内に入った他の会社の契約社員(工事やメンテナンスの人たち)や、訪問者、患者もすべて含まれる。

 建物の入り口から15メートル以上離れれば、規則上は喫煙してもいいのだが、戸外に設けられた、ドアのついた喫煙所(日本の駅にある喫煙所を小さくしたようなもの)で煙草を吸うのが望ましいとされている。この喫煙所は、「可能なかぎり魅力のないように(as unattractive as possible)」して、長居したくなくなるようにしなければならない。近い将来、喫煙所をのぞいて、NHSの所有する敷地内全域が禁煙になる可能性がかなり高い。

 この禁煙令の一番の目的は、NHSが喫煙および受動喫煙の害を認め、医療保健機関として、率先してその害を排除し、禁煙を促進することにある。スタッフは、NHSの姿勢を示すために、勤務時間内は、患者や訪問者が見える場所では喫煙しないように指導されている。また、勤務時間内に、ちょっと一服という「喫煙休憩(そんなもの、あったのかしら?)」はいっさい許されず、喫煙したければ、通常の休憩時間を割かなければいけないことになっている。

 私のチームには結構喫煙者がいる。彼らにとって幸運なことに、うちのチーム・ベースに患者が来るのは、クロザピンとデポのクリニックがある時に限られているし、建物の裏にある駐車場は、表からは見えず、外来者は入ってこない。運のいいことに、非常口を出るとすぐ駐車場である。そのため、彼らは、ドアから10数メートル余計に離れなければならないものの、これまでとほとんど変わらずに煙草を吸える。今のところは、だが。

 この禁煙令にも例外があって、精神科の入院患者や、(NHSが所有する)滞在型施設の入居者に限っては、建物内に設けられた喫煙室で喫煙してもいいことになっている。強制入院等で、戸外の喫煙所に自由に行けないというのが、その理由である。観察が必要な患者が喫煙する場合は、喫煙室の外から観察できるような方策がとられることになっている。喫煙室にいる時間は可能なかぎり短くし、喫煙以外の行為(!)はしてはいけない。

 地域精神医療の現場では、患者の家庭を訪問することが多い。もし、訪問するスタッフが非喫煙者で、患者が喫煙者の場合、スタッフは患者に対して、訪問の間は喫煙しないように依頼してもよい。もし患者がどうしても喫煙をやめてくれず、受動喫煙がひどくて健康被害の懸念がある場合、スタッフは訪問を切り上げていいことになっている。そして、すぐに上司に報告し、善後策を検討する必要がある。(善後策って何だろう、といつも思うのだが。患者が喫煙者の場合、担当するスタッフも喫煙者にするのかしら。)

 ちなみに、精神科の患者に対する喫煙の規制については、医療者にも賛否両論がある。規制に賛成する人たちは、精神科の患者を特別扱いして、禁煙を促進しないのは、他科の患者が得られる医療上の利益を与えないことになり、不公平であるという。いっぽう、反対する人たちは、管理上の問題を指摘する。患者が看護スタッフと衝突することが一番多いのは煙草の要求をめぐってであり、吸いたい時に煙草を吸えないと不満を持ち、スタッフに対する暴言・暴力につながることが多く、対応するのが大変になるからである。また、喫煙中は、患者はスタッフとリラックスした会話に応じることが多く、ラポールを作ることができるため、これを規制することにより、治療的な人間関係の構築を得る機会が失われる点も理由に挙げられている。

 この禁煙令の一番の目的は、喫煙による健康被害を食い止めることにあるので、禁煙令の実施と合わせて、患者やスタッフが禁煙するための援助策も導入されている。患者のための禁煙クリニックは、家庭医にも、SLaMにも以前からあったが、スタッフのための禁煙クリニックも始まっている。ニコチン依存の程度に応じて、禁煙カウンセリングや禁煙指導が勤務時間内に受けられる。もっとも、現在進行中の経費削減のあおりで、この禁煙クリニックの存続が危ないというのも、情けない話である。