口述録音
専属の秘書さんが来てくれるようになってから、ほとんどの書類仕事を、口述録音でするようになった。
いまだに、アナログの大きな口述録音用の機械(dictaphone)を使っている。臨床の仕事を初めてまもなくの頃、eBayを通して買ったものである。うちのNHSトラストでは、テープおこしをする機械がみな、Philips製のテープ(minicasette)仕様である。minicasetteは普通の小さなテープ(microcasette)より大きいので、他のメーカーの機械が使えないのだ。
専属の秘書がいなかった時期は、簡単な手紙などは自分でタイプしていた。タイピングの技術だけなら、私は十分秘書としてやっていけるくらいの腕があるので、別に苦痛ではなかった。
しかし、自分でタイプすると、ついつい文法やスタイルなどの細かいところにこだわってしまい、単なる報告の手紙でも、時間がかかるのが難であった。
口述録音では、いったん口述してしまうと、次に目にするものはすでに全部がタイプされてしまっているので、多少「文学的」に気に入らなくても、筋さえ通っていれば、まあいいかと思える。そんなわけで、文章をいじり回す時間が減り、仕事の効率が上がった。
初めて口述録音したのは、今から2年前、臨床の仕事を初めて3ヶ月目に、地域精神保健サービスのチームに移った時である。外来が週に3-4コマあり、毎週かなりの数の手紙を書かなくてはいけなかった。
始める前は、ただ話すだけで、それを他の人がタイプしてきちんとした手紙に仕上げてくれるなんて、楽でいいと思っていた。しかし、実際やってみると、これが、全然簡単ではなかった。
私は、日本語でも英語でも、ものを書く時は、大まかな構成を決めた後は、頭に浮かぶ順に書いていき、あとから文章を組み直すというスタイルをとっている。だから、Dear Dr Xxxで始まって、Yours sincerelyで終わる手紙を、流れにそって口述するというのは、まったく自然ではない。
その上、英語がそんなに流暢に話せないので、話すより書くほうがずっと楽である。文法や構文に自信はないし、複雑なことを言おうとすると、途中で頭がこんがらがってしまう。
初めの数ヶ月間は、前任者たちの手紙を参考にしながら基本のフォーマットを覚え、下書きをして、それを読むように口述していた。これなら自分でタイプしても手間はかわらないのだが、「ここで練習しなければ一生できるようにならない!」と、ひたすら繰り返し、なんとか下書きしなくても口述できるようになった。
慣れてからも、なにこれ?と理解に苦しむようなおかしな文章が並んでいる手紙が返ってくることが、時々ある。自分で口述したに違いないのだが、つじつまがあっていなかったり、前後の文章と脈絡がなかったりする。同僚たちに聞くと、native speakerであっても、頭が「口述録音モード」になっていないと、あとからタイプされたものを見て首を傾げるようなことがあるらしい。
口述録音・タイピングのシステムを維持するには、書類仕事の量にもよるが、2-3人のコンサルタントに対して医療秘書1人分を配置しなくてはならず、人件費がかかる。経費削減のおり、テープおこしの業務を外注も珍しくない。コンサルタントは、デジタルの口述録音マシンを支給され、口述したものを音声ファイルで保存する。このファイルはインドに送られ、2日後にはタイプされて戻ってくるというわけである。お隣のトラストでは、外注によって、かなりの数の秘書が解雇されたと聞く。
音声自動認識システムがもっと改良されたら、外注業務すらなくなるのだろうか。私の口述録音は、おそらく、コンピュータは書きおこせないと思うけれど。
2 comments:
こんにちは。
私の行っている病院では、どうやらデジタル録音をメールに添付してはるばるインドに送り、そちらでタイピングをする、ということを始めたようです(低賃金で英語が公用語、ということですね)。ところが、各々の医師の癖を良くつかんでいる秘書さんと違いタイプされて帰ってきたのは間違いだらけ、その訂正に再度秘書さんが時間を取られるのがあまりにひどかったためにすぐに元どおり全部秘書さんがやることに戻されてしまいました。
いろいろ口述というのも大変なものですね。
sun-inさま。コメントありがとうございます。
医師の発音の特徴もそうですし、localのmedical jargonに慣れているかどうかも大事な点です。私の秘書さんは、医療秘書として仕事をするのは初めてだったので、よく使う単語や略語、薬の名前などを一覧にして渡したら、ミスが少なくなりました。それでもいまだに???と思うような変換も出てきますが。
インドへの下請けは、イギリスよりもアメリカのほうがずっと早くから取り入れていたようですね。アメリカの医療者専用のオンライン・フォーラムで、経費をぎりぎりまで抑えているため、インドの下請け会社から孫請け、そのさらに下請けの会社が、実際のタイピングを請け負っているという話を読んだことがあります。
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