医療事故と警察の介入
某所で話題になった「Guidelines for the NHS: In support of the Memorandum of Understanding - Investigating patient safety incidents involving unexpected death or serious untoward harm」であるが、私の印象としては、この協定および指針が発行された背景には、NHSに対する信頼回復のため、関係機関との連携を改善し、監視機能(お上による調査も含めて)を透明化・迅速化させようとする意図があるように思える。こういった動きは、NHSに限らず、イギリスのすべての公的機関で現在進行中である。また、組織として、サービスの対象となる人や雇用者たちに対するHealth & Safetyを守る責任(日本語では「安全衛生推進」というようです)が明確に定められたため、組織の責任を明確にするためには警察や他機関とのリエゾンが必要になるという事情もある。あるいは反対に、組織が、自身の責任を限定するために、警察による調査を要求するという面もあり得る。
したがって、文書そのものは、必要があったら警察を呼びましょうと促しているわけで、警察の介入が減るとは思えない。むしろ、増えるのではないだろうか。
さらに、NHSがIncident Coordination Group(ICG)を編成・運営するように定められているものの、警察やHealth & Safety ExecutiveがICGを設置するように要求することもできるため、必ずしも警察介入のルートが「統一」されるわけではない。NHSから直接警察に介入を要請することもできるし、ほかにも、患者やその家族が「苦情(complaint)」の形で警察に申し立てるルート、監察医から警察に連絡されるルート等、いろいろ考えられる。
刑事訴追について調べていて一番わかりにくかったのは、医療事故が起こった時に、どの時点で、どのように警察が介入するのかという点であった。臨床部長を長く務めた同僚や、仕事でたまたま一緒になった民事専門の弁護士(barrister)などにも聞いてみたのだが、誰も知らない。残念ながら、刑事専門のbarristerにお目にかかる機会など、ない。
そこで窮余の策として、Medical Protection Societyのhelp lineに電話して、legal consultantに聞いてみた。実際の事例があるわけではないのに、なんでそんなことを知りたいのだと不思議そうだったが、日本では最近いろいろと議論があってと説明したら、きちんと対応してくれた。結局、上記にも書いたように、決まったルートがあるわけではなく、事例ごとに異なるということがわかっただけであったが。
そこで、もうひとつ、気にかかってきたことを聞いてみた。「いろいろなルートで警察が介入する可能性があるなら、医師は、自分の診療行為が刑事訴追の対象にならないか、心配しなくていいのだろうか。」返ってきた答えは、「警察の介入は、あくまで調査・捜査が目的で、刑事訴追に直結するわけではない。故殺罪の訴追対象になるのは、過失がgrossでrecklessであるという条件を満たすケースだけで、ひじょうに稀である。」ということだった。
Guidelineにもあるが、gross negligence manslaughterはfour-stage test(the Adomako test)を満たす必要がある。
- The existence of a duty of care to the deceased
- A breach of that duty of care
- Causing the death of the victim
- Whether that duty should be characterised as gross negligence and therefore a crime
MPSのlegal consultantの話では、4番目の"gross"と"therefore a crime"という点が鍵となるような印象を受けた。
翻って日本では、関係機関(とくにメディア)との間で、「duty of care」の定義の擦り合わせから始めなければいけないような気がする。
Guidelineの中で私が一番感心したのは、media対応(Handling communications)についてきちんと明記されているところである。これこそ、日本の関連機関がまず参考にするべきことだと思うのだが。
No comments:
Post a Comment