呉越同舟−迷走するMMC-4
MMC/MTASの混乱に端を発し、政府の方針に反発した医者たちは、各方面から相次いで声明を発表し、12,000人の医師(とそのサポーターたち)がWhite Coat Marchに参加するという形で、医学界の団結を示した。
しかし、この団結は必ずしも一枚岩ではない。主役たちにはそれぞれの事情がある。
Marchを企画したのは、4人の研修医が立ち上げたRemedy UKというグループである。MarchはMTASの混乱の始まるずっと前に企画されたのだが、MTAS騒動に重なり、医師の意思表示の重大な場へと発展した。
これに便乗したのが、British Medical Association(BMA、イギリス医師会)である。BMAはMMCに反対してきたらしいのだが、政府に相手にされなかったりして、力不足が指摘されていた。MTASの混乱に乗じ、BMAはMarch直前に新聞に一面広告を出した。Remedy UK主催によるMarchを告知すると同時に、自分たちは1年以上も前からMTASの準備不足を警告していた、と宣伝した。Marchでも、独自のプラカードを多数用意していた。
BAPIO(British Association of Physicians of Indian Origin)は、イギリスで働くインド人医師たちの会である。彼らも、BAPIOの横断幕とプラカードを掲げてMarchに参加した。そこには、外国人医師(International Medical Graduates、IMGsーEU以外の外国出身の医師を指す)の権利を守れというメッセージが込められている。
昨年の4月、移民法が変更され、EU外から英国に来る医師は労働許可証が必要とされるようになり、Permit-free training visaで研修の準備や実際の研修をすることができなくなった。イギリスの医学部の卒業者の増加とEUからの研修医の流入により、研修医が十分に確保できるようになったため、非EU国からの医師に対する優遇措置が不要になったのである。この時点で、多くのIMGsが帰国を余儀なくされた。主にインド亜大陸とアフリカからの医師である。
IMGsのSHOの多くは、Highly Skilled Migrant Programme(HSMP、高度技術者移住プログラム)というヴィザ所有者である。これは、専門技術をもつ外国人の移住を促すためのヴィザで、当初1年有効のヴィザが発効され、実績によって延長が可能である。
ところが、MMC新制度への移行に先立ち、DHは、IMGsは研修期間をすべてカバーするヴィザを持っていないかぎり、STポストへの応募資格なしとしたのである。HSMPを持ってSHOとして働いていた医師たちの多くがこの条件にひっかかり、応募できない状況になった。
これに対し、BAPIOが、DHとHome Officeを相手に、Judicial Reviewを起こした。高等法院でのヒアリングはMTASの募集開始より少し遅れて始まり、判決は募集締め切り後に出された。かなりの混乱があったが、結局、MMCは、もしBAPIOの訴えが退けられた場合に応募資格がなしとされる医師たちにも、とりあえず応募することを認めた。
判決では、BAPIO側の訴えは、一部を除いて退けられ、DHとHome Officeの勝訴であった。BAPIOは判決を不服として、上訴することを表明した。判決の翌日、DHは、上訴審の結論が出るまでは、対象となる医師たちにSTへの応募資格を与えることを発表した。
これには哀しいサイド・ストーリーがある。判決が出る2ヶ月前、この訴訟の原告の1人であるインド人医師が、Home Officeからヴィザの更新拒否・国外退去の通知を受け取り、自殺している。
HSMPヴィザ保持者が応募を認められたことで、MTASの混乱は大きくなった。HSMPヴィザ所有で今回応募した医師の数ははっきりしていないが、かなりの数にのぼると見られる。その上さらに、旧東欧のEU出身者が多数応募したと見られ、システムのオーバーロード、競争の激化に拍車をかけた。
これに面白くないのは、イギリス出身者たちである。自分たちはイギリスで生まれ育ちイギリスの医学部を卒業したのに、自国で研修できないのはおかしい、IMGsは自分たちの国にもどり研修するべきだというわけである。
さらに、Mums4Medicsである。これは、研修医の母親や家族たちが立ち上げたグループで、今回の騒動で影響を受けるのは、研修医たちだけでなく、彼らの家族も同様である、と主張し、積極的にロビー活動をしている。
美しき家族愛と感動するのは、少し単純すぎる。家族愛の裏には、これまでに自分の子どもたちの教育に時間もお金もかけたのに、ここにきて、研修も終わらないうちに失業の危機というのはどういうことだ、という怒りがある。
保守党党首のDavid Cameronも、騒動を大いに利用している。Marchを前に、Cameronは自身のサイトWebCameronのvideo talkでまずこの問題を取りあげ、Marchの際には演説した。同じ日の午後に駆けつけた党大会では、演説と、その前後に自身が研修医たちと語らうvideoを流し、医師たちを人間らしく扱え、とぶち上げた。この背景には、医学生や研修医を子どもに持つ中産階級・保守層の両親たちからの圧力があるという話もある。
各王立学会も、それまでは一貫して政府やMMCに協力する姿勢だったのに、MTAS以降は、次々にMTAS/MMCを批判する声明を発表した。一部ではさらに批判の度を強め、MMCの見直しまで踏み込んだ声明を出した学会もある。学会にとっては、政府に完全掌握されそうになった研修制度を、少しでも学会の手にとりもどす絶好の機会である。
このように、それぞれの思惑はかなり食い違っている。唯一、根底に共通するのは、「このままでは医師という職業に対する信頼性を維持できない」という危機感である。(Cameronがこの危機感を理解・共有しているとは思えないが。)ここで医師たちが仲間割れしたら政府の思うままで、何も達成できないので、違いは違いとして受け止めながらも、一致している部分によって団結を維持するべきだというのが、今のところの雰囲気であろうか。