評価の季節
年度末が近づいてきた。イギリスの年度は日本同様、4月から翌年3月までが1年である。
この1週間、年度末の勤務評価(appraisal)と、新年度の勤務内容の設定(job planning)の準備に追われている。
job planningとは、各コンサルタントの業務の範囲と内容、それらを勤務時間内にどのように割り振るかを決め、年間の仕事の達成目標をたてる作業である。
appraisalでは、医療サービスやキャリア発展に関して、各コンサルタントが設定した目標を達成できたか、医師として成長しているかを評価し、さらに進歩するためにどのようなサポートが必要かなどを評価者と一緒に振り返り、翌年度にむけた自己発展のための計画をたてる作業である。
この2つは独立したプロセスだが、重なっていたり相互に関連する部分も多い。情報や結果をお互いに提供しあいながら、ひと続きのサイクルとして運営されるのが望ましいとされている。実際にどのようなスケジュールで運営するかについては、それぞれのNHSトラストに一任されている。ランベス区SLaMの場合、両方とも2月下旬から3月にかけておこなわれる。どちらを先にするかは、人によりいろいろのようである。
job planningは、臨床部長とコンサルタントが1対1でおこなう。ここで臨床部長は雇用者を代表しているため、Department of Health等の発表している「よい医療のための水準」と照らし合わせて、コンサルタントが良質な医療サービスを無駄なく提供しているかを中心に評価される。年度目標を達成できない場合、昇給を止められる可能性がある。
いっぽうappraisalは、appraisalの評価者になるためのトレーニングを受けた医師とコンサルタントが1対1でおこなう。ランベス区SLaMでは、評価者は、比較的経験が長い同僚のコンサルタントである。コンサルタント個人の職業人・医師としてのキャリア形成や成長に主点がおかれるため、job planningに比べると、よりsupportiveかつcreativeである。appraisalは、General Medical Council(GMC)のrevalidation(医師登録の更新)に直結している。appraisalで満足する評価が得られない場合、医師登録の更新を拒否される可能性がある。
とまあ、知ったかぶりをして書いているのだが、実のところ、全部、付け焼き刃の知識である。先々週、臨床部長のJから、job planningとappraisalの予約枠を知らせるメールが届くまで、2つの違いもろくに理解していなかった。ミーティングが現実のものとなって初めて、あわてて調べ始めたというわけだ。
こういったお約束ごとは、いまだに苦手である。イギリスの制度に途中から飛び入りしたのがつい2年前で、制度そのものがどういう風に回っているのか、まだ完全には理解していないためである。同僚たちは親切でいつも助けてくれるのだが、いかんせん、ここで育った彼らにとっては、私が何を知っていて何を知らないのかは理解できないようで、結局、自分でインターネットで情報を収集し、速成学習をしてそのギャップを埋めるという作業がどうしても避けられない。
ともあれ、去年の4月頭、当時の臨床部長のAに言われるまま、job planning meetingをした。まぬけなことに、その時はてっきり、私が着任したばかりだからjob planning meetingをするのだと思っていた。まだチームが発足してから日も浅く、チームの運営方針もはっきりしなかったので、これはいい機会とばかり、予定の45分を大幅に越えて、1時間半ほども、チームをどういう方向に向けていきたいかという話し合いをさせてもらった。
さらにまぬけなことに、目標を達成できないと最悪の場合、昇給が取り消しになることなど知らなかったので、張り切って、やや無謀な目標を4点も設定してしまった。
2003年10月以降にコンサルタントになった場合、NHSの新給与体系表が使われる。これは、1から20までのグレードがあり、原則的には毎年1段階ずつ上がっていく。しかし、1、2、3、4、9、14、19年目の終了時の昇給は自動的ではなく、job planning review meetingの結果によっては、給料据え置きもあり得る。そう、私の前には、1年目の終わりのjob planningとappraisalが待っているのである。
今年1年、よく働いたし、チームもよくやってるし、いささか無謀な目標もほぼクリアした。しかし、それを臨床部長や同僚にきちんと論理的に説明し、理解を得て、さらに次の目標を設定しなければいけない。なんといっても、昇給がかかっている。(それだけじゃないけれど。)先週から、試験前の学生よろしく勉強を始めたのも、無理もないでしょ。
さて、コンサルタントの評価にはもうひとつ、 Continuing Personal Development(CPD)というものもある。いわゆる生涯教育のようなもので、精神科医の場合、Royal College of Psychiatristsに登録し、毎年評価のレポートを提出すると、CollegeがCPDの証明書を発行してくれる。以前はCollegeがCPDの内容を評価していたのだが、現在は、peer groupと呼ばれる、コンサルタント数人で作るグループで年に数回ミーティングをし、学習計画やその実践状況を相互に評価しあう仕組みになっている。グループは、キャリアの方向性に共通点があり相互に研鑽しあうことができ、年齢・経験に幅があるメンバーから構成されるのが望ましいとされている。
私の参加しているpeer groupは、経験の長いコンサルタント3人と、私より数ヶ月先輩の若手コンサルタントと私の5人からなる。共通点は、みな臨床だけでなくアカデミックな面にも関心があり、リハビリテーションやリエゾン精神科など、一般精神科以外にキャリアの中心をおくメンバーである。
こちらも、2月中にミーティングが予定されていて、私は、前回のミーティングで承認を得た「学習計画」を清書して、「これまでの成果」のレポートを書かなければならない。
この3つは、NHSのコンサルタントの義務である。書類仕事は苦手だしミーティングはもっと苦手なので、これらが全部終わるまでは、気が重い日々が続きそうである。
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