コンサルタント
私の職名は、Consultant Psychiatrisit(精神科コンサルタント)である。日本には存在しないものなので、初めて聞いた人からはいつも、「なにそれ?」という反応が返ってくる。
コンサルタントというのは、イギリスの医療システム(NHS、プライベート・セクターとも)の中で、専門医として独立して仕事ができるシニアの医師たちのための職である。
イギリスでは、医師は家庭医(General Practitioner、GP)と各科専門医(Specialist)とに分かれ、卒業後の研修制度が異なる。(家庭医の研修制度については、私はまったく知らない。)
専門医になるためには、初期・中期・後期の卒後研修を経て、General Medical Council(GMC)の一般本登録(Full registration)に加えて、専門医登録リスト(Specialist register)に登録される必要がある。ちなみに、イギリスには医師国家試験がなく、医師の登録・資格審査はGMCがおこなう。Department of Health(DoH、保健省)は医師の管理には関わっていない。GMCに登録しないかぎり、イギリスで医師として仕事をすることはできない。
現在の卒後研修制度では、医学部を卒業すると、まず、GMCに仮登録(Provisional registration)をし、1年間、Pre-registration House Officer(PRHO)として研修する。これが修了すると、仮登録から本登録(Full registration)に変更できる。そして、自分の選択した専門分野のSenior House Officer (SHO)として研修を積み、専門分野の王立学会の会員試験(Membership exam)を受ける。精神科の場合、 SHOは3年間である。
SHOの研修を修了し、会員試験に合格すると、Specialist Registrar(SpR)として、後期研修に移る。精神科では、一般成人精神科専門医のSpR研修が3年間である。一般成人精神科専門医以外にも、Sub-specialityとして、小児・青年期精神科、老年期精神科、学習障害に関する精神科、司法精神科、精神療法があり、Sub-specialityの組み合わせによって、研修内容・期間が異なる。
SpRを修了すると、専門医研修修了証明(Certificate of Completion of Specialist Training、CCST)が交付され、GMCに専門医登録できる。この時点で、初めて、コンサルタントのポストに応募する資格ができる。
2005年から卒後研修制度が変わって、現在は、新旧制度の移行期で、新制度の第1期生がこの夏から専門医研修に入る。新制度では、PRHOがFoundation Yearという名前になり、2年間の初期・一般研修になり、SHOとSpRがひと続きのSpecialist Traineeとなり、後期・専門研修になる。Specialist Trainee終了後は、CCSTのかわりにCCT(Certificate of Completion of Training、研修修了証明)が出される。
研修医の数は、各専門分野の現在のコンサルタントの数、将来の予測されるコンサルタントの数に応じて、厳密に決められている。1対1の指導医を確保するためと、将来、専門医研修を終了した医師の数がコンサルタントのポストの数を大きく上回らないようにするためである。また、王立学会の会員試験の合格率も抑えられている。(精神科は50%程度。)したがって、専門医研修を修了するまでに、何段階かの選抜を勝ち抜かなくてはならない。
いっぽう、医療現場では、研修医の数が限られているため、コンサルタント以外の医師のポストをすべて研修医で埋めることはできない。そこで、キャリア・グレードと呼ばれる立場の医師たちが、その隙間を埋めている。キャリア・グレードのポストは卒後研修制度外にあるため、何年間、どのような内容の仕事をしても、研修期間に含められず、キャリア・グレードからSHOやSpRに横滑りすることはできず、CCSTも得られない。(もちろん、受験資格を満たし、選考に受かれば、途中で、SHOやSpRになることはできる。)
専門医登録され、コンサルタントのポストに応募し、選考に勝ち抜くと、晴れてコンサルタントになる。コンサルタントは、医師のキャリア中唯一、誰からの「指導(supervision)」も受けず、独自の判断を頼りに仕事をすることが許されている。通常、コンサルタントは研修医やキャリア・グレードといった、ジュニアの医師たちとチームで仕事をしており、ジュニアの医師たちは、コンサルタントの指導を仰ぐ権利と義務があり、コンサルタントは、ジュニアの医師を指導する義務がある。
チームが担当する患者の責任担当医(Responsible Medical Officer、RMO)は、常にコンサルタントである。すべての医療行為(薬の処方や投薬、検査、入退院等)は、コンサルタントの名前の下に行われる。たとえば、研修医でも処方箋や検査オーダー票を書くことができるが、伝票を書いた医師とは別に、コンサルタントの名前を記入する欄がある。研修医が単独で外来診察をおこなうこともあるが、その後、コンサルタントとの週1回の指導の場(Supervision session)で、それぞれの患者に関して指導を受ける。こうして、ジュニアの医師たちの臨床行為に関して、コンサルタントは最終的な責任を持つ。
また、精神科の場合、精神保健法(Mental Health Act)に基づいた診察・入院等がある。これらの業務は、精神保健法の12条によって定められた条件を満たした医師(Section 12 Approved Doctor)であれば、コンサルタントでなくても行える。しかし、一部の業務(強制入院中の患者の外出や退院を許可する等)は、NHSトラストの内規として、コンサルタントしか行うことができないよう定められていることが多い。
これらの臨床上の責任に加えて、コンサルタントは、自分の担当する医療サービスに関しては、マネージャーとしての役割も持つ。通常、チームの直接のマネージメント業務は、チーム・リーダーと呼ばれる人たちがおこなうが、コンサルタントは、チーム・リーダーと協力して、サービスの質を維持し、向上させる等の責任がある。
このように、コンサルタントは、NHSの二次レベルの医療で、家庭医から紹介されてきた患者に、専門医療を提供する専門医としての臨床的責任があり、かつ、担当するチームの医療サービスについては、マネージャーとしての管理責任がある。臨床家であるだけでは足りないのである。
コンサルタントを日本語で言い表す場合、「上級専門医」とか「顧問医」と訳されることが多いが、「管理者」としての面が強調されると、「部長医」などという不思議な日本語に訳されていることもあるようである。